魔物ロキ③

酒に酔ったようなフワフワとした気分になる。大丈夫だからと伝えたいのに、呂律がうまく回らない。あれ、やっぱりおかしいな。

「風邪……違うな、ロキ……。おめでとう」

「……おめ?」

「完全に魔物になれたよ」

「……これで、ミツバと、ずっと、一緒?」

「うん。そうだよ。ずっと一緒だ」

「そっか、やっと」

もっと大人になってからとか考えていたけど、今はもう変われた事が嬉しくてどうでもいい。

俺たちはその後何度も絡み合い、寒空の下で変化を喜びあった。


♢♢♢


翌日から俺は魔物になった影響で何日か寝込み、その間ミツバがずっと世話をしてくれた。

正直常に酒で酔っているような感覚があるだけだったので世話なんていらなかったのだが、大袈裟に心配するミツバを安心させる為にベッドで大人しく世話を受け入れた。今日も朝からベッドの上で朝食を食べさせてもらい、心配そうに見てくるミツバに笑いかける。

「やっぱり熱もあるのかも」

「ちゃんと風邪引かないようにしてくれてたからそれはないだろ。それに風邪ならミツバの治癒魔法で治ってるはずだ。本当にフワフワするだけで気持ち悪くないんだって。むしろ気持ちいいというか、それももうほとんど消えて普通になってきたけどさ」

「それもそうか、ロキ相手だとどうも冷静になれなくて」

治癒魔法が効かないのが、病気じゃないなによりの証拠だ。実は、一度ミツバがいないタイミングでうなされたのだが、あれは言わないでおこう。それに今日は寝起きから特に気分がいい。

「いつもより体軽い気がする。散歩とか行きたい」

「もう少しベッドにいたら?」

「大丈夫だって」

「……分かった。待ってて」

服を着替えさせてもらい、厚着をして二人で中庭に出る。だいぶ雪が積もったようで歩きにくいが、あえて魔法を禁止して外の景色と空気を楽しんだ。

「あんまりはしゃぐと本当に熱が出るよ」

「ん〜、分かった」

はしゃいでいた自覚はあるから、ベンチを見つけて雪を退かした後、俺が左、ミツバが右側に座った。雪が太陽の光を反射するせいで眩しい、ついつい細めになって、それでも見つめていたら、何故か俺を見つめていたミツバが髪を触ってきた。部屋の鏡で確認したけど、俺の髪は完全に赤髪になった。魔物になった、戻ったというべきか、とにかく変化した実感が湧く。

「俺って魔物だと髪赤くなるんだな」

「これは僕の趣味だよ」

「……趣味、とは?」

え? え? と見つめ合う。おい、今、なんて言った?

「だって僕も魔王になったけど、見た目は一緒でしょ?」

「……確かに」

「赤くなったらいいなぁって思ってたから、魔力にそういう効果が込められてたんだと思う。でも魔物になったタイミングと被ったのは偶然だけどね。僕の願望が無ければ黒髪のままでも魔物になれたんじゃない?」

魔物の証が、まさかのミツバの趣味だった。赤髪の方が見慣れてるからいいけどさ。

「……赤髪が好きなのか」

「誤解しないで。ロキならどんな姿でも大好きだけど……どうせなら……。許して」

「……許すも何も、別に。あっ! って事は、俺の見た目歳取らせる事も可能だったって事か?ミツバなら出来たんだろ?」

「言いたくない」

話をそらす為か、髪の次は右耳を触られる。耳を触られて思い出す。

「ミツバ、そろそろ」

「分かってる。返すよ」

「おう」

「改めて言わせて。おかえりロキ」

ミツバは俺がずっと気になっていた右耳のピアスを外すと、俺の耳に穴を開けて付けようとした。当たり前のように魔法で痛みを消そうとしたので待ったをかける。

「魔法は無しでやってくれ」

「嫌だ」

「お前が味わった痛みを俺も味わいたいんだ」

「……痛み?」

寝込んでいる時、一度凄くリアルな夢を見てうなされた。

今よりも小さな体をしているミツバが洞窟で一人泣いている夢だ。俺の着ていた服を抱きしめて永遠と泣いている。その後何かの拍子に針を持ち、乱暴に耳に穴を開けた。

今思い出しても泣きたくなる悲しい夢だが、あれは……ミツバの魔力の中に入っていた記憶なのではと疑っている。確認はしないけど、とにかく俺はあれをただの夢では済ましたくない。


今から受ける痛みは、あの時ミツバが感じた痛みに比べたら微々たるものだ。それでもこのピアスを付けてもらうには痛みを伴う必要がある。ミツバは、ああだこうだと俺を説得しようとするも、俺が首を横に振り続けたら諦めたように頷いてくれた。

「それじゃ……やるよ」

「一気にやってくれ」

魔法で穴を開けられ、ピアスを入れられる。鈍いような痛みがずっと続くが、ミツバが上手いからかわりとあっさりと終わった。

「どうだ。俺が戻ってきた気分は」

「最高だっ!」

子供のように無邪気に笑うミツバに抱きしめられ、俺も笑いながら大きい体を抱き返した。


♢♢♢


春になり、雪が全て溶けたタイミングで古城に一通の手紙が届いた。

最初に開封して中身を見た俺は、俺を追って玄関に来たミツバにもその手紙を見せる。

送り主はまさかの元勇者、ミツバの兄であるカズハからだった。生きていたのは知っていたけど、この場所がバレていた事には驚く。手紙の内容はかなり短い。

『気が向いたら、二人揃って顔を見せにこい』

これだけだ。

(二人って、俺の事、だよな)

「この場所知られたみたいだから引っ越そうか」

「え? でも、捕まえるつもりならこんな手紙出さないで、こっそり来るはずだろ」

魔王が結界を張っている古城の中にいる俺たちを見つけるのは流石の元勇者も大変なはずだ。捕まえるつもりなら、見つけた時点で騎士と魔法使い達を引き連れてここに来るだろう。流石の俺でも分かる。

「……敵意が無いのは分かってるけど、僕はまだこの時間を楽しみたいんだ。兄さん達に会ったら絶対ロキとの時間が減る」

「でも俺たちはもう」

「うん。僕が魔力を失って死ぬまでは永遠に生きられる。でもそれとこれは別。大丈夫、いつか……、行くよ」

ミツバは手紙をポケットにしまいこみ、俺を横抱きに持ち上げて何故か寝室の方に運び出した。

「さぁ、二人の時間を楽しもうか」

「ったく」

とか呆れたような事を言いつつ、俺もまた二人の時間を楽しみたくて、ミツバに身を任せた。

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