魔物ロキ①

魔物ロキ


ミツバから魔王になったと聞かされても、正直そこまで驚かなかった。

まぁ……なろうと思ってなれる事には驚いたし、人間から狙われるかもとか色々心配はしたけどな。

でもそれ以上に、魔王なのを気にして離れられる方が嫌だ。

ミツバが少しでも身を引くような態度をとったら、しがみついてでも止めるつもりだったけど、魔王になった理由が俺と少しでも長くいたいからという理由だったからやらずに済んだ。

でも、またミツバより先に死ぬ事が確定して複雑な気持ちになる。

俺だってミツバと出来るだけ長くいたいし、生きるも死ぬも同じがいい。ミツバが魔王になっても、大人しく隠れていれば、生きていた勇者に殺される可能性は低い。

前の魔王だって、俺たち手下を引き連れて国を乗っ取ろうとしなければ生きていられただろう。

それにしても、どうやって魔王になれたんだ? その辺の謎はあるものの、魔王の魔力を感じられる時点でミツバの話が本当だと分かる。

ミツバが長生き出来るなら、俺もなるべく長生きしたい。そうなるのは当然で、珍しくわがままを言った。そして、魔王の力が凄いのか、俺が特殊なのか分からないが、人間だった俺が魔物になれると聞き、試してみたら本当に魔族に近づいていった。その方法がミツバの体液を接種するというのがまた恥ずかしいが、下と上から毎日体液を注いでもらうだけで魔族になれるのだから凄い。しかも昔は大勢の手下に分けられていた魔力を、俺が独り占めしている状況だ。贅沢すぎる。

魔王だと打ち明けられた夏から半年後の冬まで毎日、毎日セックスをした。ミツバも俺も言葉にはしないが、そろそろだと気付いている。あと少しだ。あと少しで俺は人間をやめる。

(昔は人間になりたいとか思ってたんだけどな〜)

俺って好きな人がいたら簡単に気持ちが変わるものらしい。今回は好きな人が事実上、不老不死だからなのも大きい。暖炉の淡い光だけが暗い寝室を照らしている中、一人だけ目が覚めてしまった。俺を後ろから抱きしめて寝ているミツバの腕からなんとか抜け出し、落ちていたパンツと寝巻きを拾う。

「ぃてて」

珍しく熟睡してるミツバを起こさないようにパンツを履こうとして、腰の痛みで小さな声が漏れてしまう。尻もまだ中に何か入っているような違和感がある。でもこの状況がバレたら魔法ですぐに治されてしまうから、下着だけさっさと身につけ、寝巻きは別の部屋で着ようと手に持って静かに部屋を出た。

(痛いけど、別に嫌じゃないし)

痛みや違和感は毎日飽きずに俺を求めてくれている証拠でもあるので、すぐに消されてしまうのは嬉しいけど寂しい。こちらも余韻に浸りたいのだ。

一瞬寝室を振り返り、すぐに背を向ける。古城に逃げてきてからうなされる事も無くなったし、一人にしても大丈夫だろう。下着姿のまま廊下を歩く。冬になっても城の中はミツバの魔法で暖かいが、流石に寝巻きを着たくて空き部屋に入る。廊下とは違い真っ暗な部屋に若干足を止めて、いい機会だと教えてもらった魔法を使ってみた。

「おお」

すると一瞬で部屋の明かりが全てついて明るくなる。

(ミツバの魔力すげぇ)

魔族化計画はかなり順調のようだ。昔の俺よりもちゃんと魔法が使えてる。明るくなった部屋で機嫌良く寝巻きを着て、ついでに部屋の壁にかかってある大きな鏡に近づき、自分の姿を見た。

「こっちも順調……なのか?」

前髪を弄りながら首を傾げる。俺の髪はこの半年でだいぶ赤くなり、昔の俺とほとんど同じような色になっていた。赤髪は目立つから、黒髪のままが良かったけど、魔族になると自然とそうなるのかもしれない。

「ん〜……ぉあ」

上半身を伸ばして鏡を見ていたら、尻から何かが垂れるような感覚がして慌てて下着の中に手を突っ込んで確認した。尻と太ももを濡らした精液が手にべっとりとつく。ミツバは体液に含まれる魔力を与える為に、本来吸収されない精液を俺が吸収出来るようにしてくれているから、基本的に出された精液は垂れないしお腹も壊さないようになっている。

しかし今回はかなり出されたのと、終わってすぐに歩き回ってしまったせいで吸収される前のものが垂れてきたようだ。手にべっとりとついたはずの精液も、少ししたら肌が吸収して、綺麗さっぱり消えてしまった。乾いたというより消えた。手はサラサラしているし、精液の匂いも無い。尻や太ももの違和感も同時に消えた。この感じだと尻の中に出されたものもこれでほとんど消えたはず。サラサラになった手を擦り合わせてもう一度鏡を見たら、髪の黒い部分が減り、完全な赤髪になった。自分で確認出来る所は全て赤いような気がする。ぱっと見昔の俺そのものだ。いや昔よりは肉つきが良くなったし、見た目年齢も少しだけ上、なのだが……ここで大事な事に気付く。

「あっ! 駄目じゃん!」

「何が?」

「だって、うわぁぁっ」

独り言を返され慌てて声のする方を見たら、扉に寄りかかる形で上半身裸のミツバがいた。キスマークや噛み跡だらけの俺とは違い、綺麗な肌を晒して涼しい顔をしている。どうでもいいけどなんか悔しいから俺もあの綺麗な肌に痕を残してやりたい、じゃなくて。いきなり現れるのはもう慣れた。普通に驚いて声をあげたけどな。大事な話が出来たからちょうどいい。

「起きた時いなかったからびっくりした。こんな部屋に用事でもあったの?」

「起こしたくなかったからこっちで着替えてたんだ」

「別に起こしてもいいのに。起きた時いない方が嫌だ。お風呂入れる前に寝ちゃったから体気持ち悪くない? お風呂入ろうか?」

「まぁ確かに汗はちょっと気になるけど」

ほとんど魔族に近い状態でも、魔力がありあまるせいかこの体は洞窟にいた時の俺と違って汗も精液も出る。ミツバの体液以外はそのまま体に残るせいで若干自分の汗が臭う気がした。

そう思ったら昔の俺って本当に手下の中でもかなり底辺だったんだな。魔王からもらう微量の魔力だけで生命維持していたのを今になって実感する。汗を気にしている俺を躊躇なく正面から抱きしめてくるミツバの胸を軽く叩き、目を合わせるために見上げた。

(俺、身長は結構高いはずなのに、まだ目線同じにならねぇのかよ。こいつデカすぎだろ)

「ミツバ! 魔族にするのもうちょっとだけ待ってくれ!」

「……理由は?」

一瞬ミツバが目を細める。

「だって今なったら成長止まるだろ!」

「成長……? そう、だね」

「どうせならもっと大きくなってからがいい! 髭なんかも生やして、こう、渋い感じにもなりたいし、あと三、四年、なんならミツバと同じ年齢になるくらいまで……」

「却下。それにもう間に合わないと思うよ」

赤髪を撫でられそこにキスを落とされる。魔王もだが、魔族になれば老いが無くなりずっと同じ容姿で生きていく事になる。魔力がある限り生きていられるので老いて死んでいく人間とは違うのだ。魔王レベルの魔力があれば容姿も自由自在に変えられるけど、俺がそのレベルになれる保証は無いし、魔族になったタイミングの姿で一生過ごす事になると考えたほうがいい。

つまり、今魔族になってしまったらずっとこの姿のままだ。どうせならもっと大人っぽくなりたい。三十手前で成長が止まったミツバのようになりたかっただけなのに、あっさり却下された。それよりもこいつ間に合わないって言わなかったか?

「なんでだ?」

「感覚の話になるけど、魔力がかなり馴染んでるから、人間よりは魔族寄りになってる。魔法もスムーズに使えるようになったでしょ?」

「そ……うなのか……でも、もうちょっと、せめて声がもう少し低くなってから」

「声変わりはもうしてると思うけど」

「いやいやまだだろ。もっと低くなるはず」

「ロキ、とりあえずソファにでも座ってから」

「決めた! しばらくエロいこと禁止にしようぜ!」

「……は」

拳を握り提案したら冷めた目で見られた。でも俺は知っている。これは驚き過ぎて表情が固まってるだけだ。そんなショック受ける事かよ。

「止めたら全部無駄になるとかあるのか?」

「ここまで来たら魔力が全部抜けるって事はないけど」

「じゃあ安心だな」

「でも魔族には近づいてるから、成長も普通の人間よりも遅いよ?」

「俺たちにはたくさん時間があるんだから大丈夫だって! 待っててくれ!」

「……はぁー」

ここで深く長いため息が聞こえてきた。魔王は肺活量も違うようで、永遠のように長く感じられるため息だった。

「ミツバの事を嫌だって言ってるんじゃないからな?」

「分かってるよ。まぁ……最近無理させてた自覚はあるし、いいよ。キスぐらいはいいよね?」

「それくらいなら」

抱きしめられたまま尻と腰を撫でられ、先程まで感じていた違和感と痛みが消え去った。隠していたつもりなのに、バレバレだったらしい。どうせ今から禁欲するし、このまま放置しておいても自然と治るのに。汗を流す為に風呂に連れて行かれるが、いつもならいやらしい手も、今日は普通だった。早速俺に合わせてくれるのは嬉しいものの若干不安を覚える。

(あれ、これ……ちょっと、物足りないかも)

その不安はすぐに現実のものとなる。


♢♢♢


禁欲生活始まって最初に感じた違和感は一日の長さだ。こんなに長かったっけと首を傾げるほど一日が長い。要は暇なのだ。毎日ミツバと体を合わせていた時間が丸々空いてしまったせいで、趣味も仕事も無い俺は何もしない時間が単純に増えてしまった。

古城の中の掃除をしようにも魔法で綺麗に保たれているし、ミツバと会話しようと近づいたら、顔を見たら触りたくなっちゃうからしばらく距離を置こうと言われてしまい、最低限の会話と接触だけであとは書斎や研究室とやらにこもってつまらない。

「なんだよ。結局体だけかよ」

調理場でスープ鍋の中をかき混ぜながら、どこかの女たちが言っていたような文句を冗談でも言ってしまう。ここに第三者がいれば、今までが異常だっただけでこの距離感が普通だと教えてくれただろうが、残念ながらここには感覚がおかしくなった俺しかいない。

(あ〜この後どうしよう)

とりあえず時間を潰せそうな料理を積極的にやるようになったけど、元々料理は簡単なものしか作れないのですぐに終わってしまう。無駄に時間を伸ばす為に既に完成したスープをかき回しているが、中の具材がどんどん溶けていっているからそろそろ火を止めた方がいいだろう。

朝イチから張り切って作り始めて今は昼過ぎ。夕飯用の肉はあとで焼けばいいから……どうしようまた暇になった。

「ロキ? お昼食べよ」

火を止めた所でミツバが呼びに来てくれた。食事は必ず一緒にとるからこの時間が今は何よりも嬉しい。昼は業者が運んでくれた大量のパンと、さっき作ったスープを食堂で仲良く食べる。俺はこの食堂にも少し腹が立った。今までは仲良くソファがある洋室で食べていたのに、禁欲生活を始めてから無駄に広い食堂で食べるようになった。ここだと食事以外の事をする気にはなれず、いや当たり前なんだけど、そういう行為にならないようミツバが避けているのが丸わかりだ。そして食事中必ずミツバは無理して料理しなくてもいいとか怪我をしそうで心配とか言うけど、俺が時間を潰す方法に料理を選んでいると知っているからかあまり強くは言わない。

食事の時間はすぐに終わり、ミツバが部屋を出ようとしたのを思わず腕を掴んで動きを止めてしまった。

「あっ、ごめ」

「どうかした?」

「夕飯は、何がいい?メインは肉を焼くんだけど、他はさっき食べたスープと、適当にちぎった野菜と、あとは豆を煮たやつと……ってこれいつもの夕飯と同じだよな。ごめん焼くか煮るかしか出来なくて」

「僕はロキが作ってくれるものならなんでも嬉しいよ。でもうーんそうだなぁ……グラタン、とか? でもこっちの世界でもそう呼ぶのかな? あ、作り方知らないや。魔法を使っていいなら出来そうな気もするけど一瞬で出来ちゃうし」

「グラタン?」

「今度一緒に作ろうか」

「……今日は?」

「明日食材が届く日だから、明日にしよう。牛乳とか必要だった気がするんだ」

「牛乳は……朝飲み切ったもんな」

結局今日も呼び止める事に失敗して、ミツバは部屋を出て行ってしまった。俺が望んだ状況のはずなのに寂しい。

(でも別に普通に話すくらいならいいだろ)

性交渉をやめたいだけで他は普通でいいのに、どうしてこんなすれ違うのだろう。でも俺のわがままをきいてもらってるんだから、我慢するために接触を減らしたいと言ったミツバの要望を叶えるのは当たり前だ。

「あ〜〜」

(ミツバに触りたい!)

朝と夜だけのキスだけじゃ物足りない!たった数日でこの禁欲生活が苦痛になってきた。一日の退屈な時間が長いしスキンシップは物足りないしちょっとムラムラするし、俺なんのためにこれをしたかったんだっけ。あと意外に平気そうなミツバもなんなんだよ。あんなに毎日毎日毎日しつこいくらい求めてくるくせに、俺を抱かなくても平気なのか。食堂のテーブルに顔を伏せこのモヤモヤをなんとか堪える。こんな状況で夜一緒に寝るタイミングになったら更に性欲が高まるのは当然で、その日の夜は特に眠れなかった。隣にいるミツバは挨拶のキスをしたらさっさと眠ってしまい、俺はその寝顔を恨めしそうに見つめる。

(……触りたい)

「んっ……」


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