魔王誕生①
魔王誕生
僕は魔塔を出てからも魔王について調べ、最終的に小さな島国にたどり着いた。この島国の中にはいくつか村があるものの、人口減少と共に村の数が現在進行形で減っている。その中の一つで既に廃村となってしまった荒れた地を歩き、一つの家の前で立ち止まる。レンガ造りだからか他の木造の家よりも形が残っているが、いつ倒壊してもおかしくない雰囲気があった。しかしここに来るまでに、寿命と引き換えに強力な力をつけていた僕からしたら、体に結界を張るなんて簡単な事だ。中に入り、荒れ放題の室内を一つ一つ丁寧に調べ、隠し扉を見つける。
(ここだ)
特定の呪文で開く扉を、かかっている魔法を解除する事で難なく開けて、出てきた地下への階段を降りる。扉を壊す方が楽だけど、中のものまで壊れてしまったら困る。実際は階段だったので壊しても良かったが、それだけ僕は慎重になっていた。階段下には一つの部屋があり、再び扉の魔法を解除し入るとそこは広い書斎だった。魔法を使い部屋の中を明るくして埃まみれの書類をあさる。ここまで来れば目的の物を見つけるのは簡単だった。
「……あった」
手に取った日記の中には、魔王の文字が。その下には実験の詳細と結果が事細かく明記してある。
「……やっぱり、そうか」
この一冊で、全てが分かった。
やっぱり彼もまた異世界転生者だったのだ。
魔王の誕生した場所や理由はいまだに解明されておらず、魔塔や各国が研究している。その中で僕は一つの可能性を考え、そしてここにたどり着いた。異能を持つ勇者が異世界転生者なら、魔王もそうなのではないか。異世界転生者イコール勇者と捉える世界では、この仮説は簡単なようで難しい。だからその方向で研究が進まないのだ。
彼らにこの日記を渡せば、僕たちの身が危なくなる危険もある。普通に考えれば強い力は使い方次第で脅威にもなり得ると分かりそうなものだが、彼らは勇者だから大丈夫だろうと絶対的な信用をしている。その勇者が簡単に魔王になれるとも知らずに呑気なものだ。
この家の持ち主は魔塔を追い出された研究者だった。
優秀だったが、禁忌魔法に興味があり、隠れて人体実験をしていた事がバレて魔塔から永久追放され、放置も危険だからと国の専門機関で拘束していたはずなのに、そこから逃げて行方をくらませていた。その研究者は逃げてからも禁忌魔法に手を出し、そして禁忌魔法に一番近い存在、魔王を作り出した。
独自で異世界から人を呼び、魔王を作る為に何度も実験を繰り返す。内容を見ると魔王に同情したくなるほどだったが、結果的に研究者は自分が生み出した魔王に殺された。
魔王になる為には負の感情が必要不可欠だ。魔王は研究者に対する怒りと憎しみでなれたのだろう。僕の場合はどうだろう、この世界に絶望はしているから素質はある。他にも色々書いてあるが、魔力を増やす為に僕も禁忌魔法のいくつかに手を染めていたから今更なものが多い。
ああでも。
日記の最後に書いてある一文をなぞる。
これだけは試してなかった。最後の一文がこれなら、きっとこれを試した後、魔王が誕生したのだ。ずっと何かが足りないと思っていたけど、やっと分かった。どれだけ力をつけてもあと一歩魔王に近づけなかったその理由が、ここに来て分かった。
「兄さんに、会いに行かないと」
この瞬間、洞窟で似たような事を言ったなと思い出す。あの時の感情が蘇ってきて胸が苦しくなるが、落ち着け、あの時よりもまだ希望がある。
「でも、違う怖さはある」
今更戻ったらどうなることか。禁忌魔法の事がバレていたら、入国してすぐに捕まるかもしれない。
しかし恐怖よりも夢を叶えられるかもしれないという興奮が結局勝ってしまっている。
日記を服の中に隠しさっさと家を出た。
♢♢♢
予想に反し、僕はすんなり入国出来て、城の皆に歓迎された。フタバなら僕の過ちに気付いていそうなのに、カズハには黙っているのだろうか。
あれから更にたくましく大人っぽくなったカズハに連れられ、大広間に入る。さっさと用事を済ませたいから早く二人きりになりたいのに、僕が帰ってきた事が早く周りに広まったせいで周囲がずっと騒がしい。おまけに王族である兄はかなり忙しく、二人きりになれる時間を作るのは難しかった。何度も頼み込んでやっとスケジュールを調整してもらったのに、後ろから聞こえた叫び声で全ての予定が狂った。
声に反応して振り返ると、僕がずっと大切にしていた名前を雑に叫んだ男が誰かの服を掴んでいた。掴まれた方は苦しいのか首を押さえて咳き込んでいるように見える。一瞬の事なのにスローモーションのようにゆっくり時間が流れ、咳き込んでいる黒髪の方が顔を上げた瞬間、僕は考えるより先に体が動き、その場に移動した。驚きで床に座り込む男を無視して、黒髪の方を見る。咳き込む黒髪の方は近くで見るとかなり小柄で華奢だ。そして目が合い、驚く。体も顔も子供で幼いが、そこにいたのはロキだった。何故か僕の愛しているロキがいる。男がロキの名を叫んだ時は期待しないようにしていたのに、いいふうに裏切られた。こんな奇跡があっていいのだろうか。
「えっと……だ、誰?」
「……誰……って……」
明らかにロキなのに、ロキは僕の事を忘れているようだった。ショックだったけど、他人の空似では済ませられないほどロキと似ている人が目の前にいるだけで、僕は嬉しかった。しかも声と名前まで同じだ。
「そっか……、僕はミツバ。君はロキ……くん? とりあえず、立てる?」
「う、ん」
カズハとの予定もどうでも良くなり、昔使っていた部屋に拉致……連れて行って色々話を聞いた。年齢は十四、ちょうどロキが消滅した後に生まれたようで、これはもう生まれ変わり確定だろう。そう確信した時、三十手前になっても風呂場で泣いてしまった。今までの思い出まで一気に溢れてきて、ロキが動揺しているのも気付いていたのに涙が止まらなかった。
(ロキ……ロキ……ロキ)
ロキには、頼り甲斐がある大人の姿を見せたいのに。
「のぼせちゃったのかな。それとも普段の疲れが出たのかも。綺麗に拭いてベッドに寝かせてあげるから、このまま眠ってもいいよ」
「ん……ごめ」
リラックスしているのを利用して眠るように促し、すぐに眠ってしまったロキにホッとして涙を拭う。その時、自分の髭に触れて固まる。慌てて無駄に豪華な装飾がしてある丸い鏡で自分の顔を確認したら、伸び過ぎているボサボサの髪と髭がハッキリと映っていた。
こんな汚い姿で僕はロキと話していたのか?
急に恥ずかしくなり、眠ったロキの世話をしてベッドに寝かせたあと、控えていた使用人達に身なりを整えてもらった。その間にロキに乱暴をしていた男を調べさせ、身なりを整えてから寝室の横の部屋で報告を受ける。
「騎士だったのか」
乱暴していた男が王宮騎士と知り、すぐに騎士団の責任者の一人を呼び素行を聞く事にした。渡された資料を見るだけじゃ意味がない。貴族の資料なんてだいたい似たり寄ったりでいい事が並べられているだけだ。兄へ報告すると伝えれば、流石に嘘は言えないと男の本当の姿を教えてもらえた。
男は普段から態度が悪く、他の騎士をいじめるのが好きで更に子供を犯すのが趣味だった。騎士団の中では立場が弱いのに、実家が大き過ぎて誰も止められず、周りは見て見ぬふりをしていたと。女は色々面倒だからと最近は男を狙うようになり、新人の若い男を部屋に連れ込んでは仲間と遊んでいたらしい。そんな時目をつけられたのがロキだった。
話の途中で資料を握りつぶし、床に捨てる。
騎士団は実力主義だと聞いていたのに、やはり貴族が多いとそういう事もあるのだ。辛そうにしている責任者は元々市民だったからきっと自分からは動けずにいた。これはもう組織そのものを作り変える必要がある。どうせ腐った男は他にもいる。
「カズハ兄さんはこういうの嫌いだから、すぐになんとかしてくれるでしょう。僕が責任を持って報告するので、他にも何かあればここで教えて下さい」
過去の騎士達の悪行を使用人達に文字で記録させて、何人かに証拠を集めて記録と一緒にカズハに届けるよう指示する。
「あと、被害者が分かったらその人達の名前も」
(これは僕から言わなくても自分で調べそうだけどね)
いじめられた者の多くは騎士をやめてしまった。彼らのケアも忘れてはいけない。
「ミツバ様……ありがとうございます!」
「……僕は何も」
本当に正義感があって優しいカズハとは違い、僕はただ、ロキが心を痛めないようにしたいだけだ。
「ついでに、ロキがいつからあの男から狙われていたか知ってる?」
本人の前以外なら昔のように呼び捨てで名を呼ぶ。もし、もし、既に襲われた事があったら。僕は男を――してしまうかもしれない。なるべく冷静を装い聞けば、ロキと仲のいい厩番を呼んでくれた。
部屋に来た若い男はロキの先輩で指導係のようで、僕の前で、ロキの事ならなんでも知っているので全部答えますと自信満々に言った。
その自信満々な様子にどうしても胸がざわつき、ついまた右耳のピアスを触る。確かに生まれ変わったロキについてなら、彼の方が確実に詳しい。気に食わないが、事実だ。
溢れそうになる感情をなんとか抑えて、冷静に聞きたいことを質問していく。話を聞く限り、最悪の事態は免れていそうだった。
「じゃあ前からロキを狙ってたんだ」
「そうです。昔から男色……しかも、あの」
「いいよ。言って」
「子供が好みって噂されてたんで……ロキって実際の歳より幼く見えるから、俺たちみんな心配してたんです。実際危ない時何回もありました」
「……そうか……教えてくれてありがとう」
きっと彼や他の厩番達がロキを守ってくれていたから無事で済んだ。
(感謝するべきなのに)
守れなかった自己嫌悪と男に対する嫉妬で頭が痛くなる。
「怪我って……くそっアイツ! 騎士だからって調子に乗りやがって!」
「彼の処分はこちらに任せてくれ。いい機会だ、一度騎士の制度を見直して、適性がない者は去ってもらう」
実際動くのは権限を持っているカズハだが、カズハを動かせる立場なので間違ってはいないだろう。話を聞ければもう先輩やらは用済みだ。ロキと会いたそうにしていたのを無視して部屋から追い出し、寝室に逃げた。心が狭くて結構だ。僕はロキ以外からの評価なんてどうでもいい。
僕はだいぶ前から狂ってしまった。もうロキから身も心も離れられなくなり、再会してからそれが日に日に酷くなっていった。記憶を失っているロキからしたら軟禁されるような状態は苦痛だろう。身代わりでもいいのかなんて笑っていたけど、誰かの代わりに窮屈な生活を強いられるなんて絶対に嫌なはずだ。
別邸に部屋を変えて、僕専用の馬の世話をさせる事にしたのは僕なりにロキの負担を減らしたかったからだった。馬の仕事をかなり気に入っていたようだから、部屋から近い厩舎で働くだけでも気分が変わるはず。実際楽しそうで、僕もロキとの時間を確保出来たから満足していた、はずだった。あのロキと仲のいい先輩とやらと楽しく話すロキを見るまでは。
全てが順調だった。
ロキに前世の記憶があると知った時、今までの努力が全て報われたような気持ちだった。
最初はまた騙されたような気持ちになって怒鳴ってしまったけど、本当の意味で戻ってきてくれたロキをこの腕で抱きしめた時、この世界の誰よりも幸せだった。おまけにそういう意味で相思相愛だと知り、驚いた。きっとあの頃は僕が子供すぎて言い出せなかったのだ。それに、ロキだけは自分自身がいつか消滅する事を知っていたから……、今だから僕たちは愛し合える。僕がずっと望んでいた世界がやっときたんだ……なのに、不安が僕の心を蝕んでいく。
先輩と仲良く話すロキを見て不安の正体を知った。
昔のロキは魔族だった事で人間達と深く関わらないように生きていた。だから僕だけが唯一長くそばにいられた。でも今のロキは違う。あの先輩やロキを養子にした家族、施設にいる友達、ロキと長く過ごし、ロキが大事に思う人がたくさんいる。これからも増えていく。
そしてロキが何気なく口に出した死についても考えてしまう。生きている限りいつか死は訪れる。五十年後や明日の可能性もある。当たり前の事が怖くなった。
ロキから他に大切な人が出来たから別れたいと言われたら? どちらかがすぐに死んでしまったら? 毎日ずっと考えていたせいで悪夢を見るようになり、幸せなはずなのに悪夢で眠れられない毎日を過ごした。心配してくれるロキは何も悪くない。でも悪夢は自分ではどうする事も出来ない。
(あの男が消えたら、少しはマシになるかな)
一度本気で先輩を消そうとして、悲しそうなロキの表情が浮かんでやめた。冷静な時ならロキの大切な人は僕も大切にするのに、それくらい追い詰められていた。
「死ぬまで一緒にいるって約束出来るのに」
ロキにここまで言ってもらえても、欲張りな僕はまだ足りない。
「死んでもずっと一緒にいたい」
「ミツバ」
「ありがとう。じゃあ約束してくれる?」
ずっと、ずっと、なるべく長くロキと一緒にいたい。僕の望みは今も昔もそれだけだった。
そして僕の望みを少しだけ叶えられる方法を思いつく。思い出すに近いか。とにかく不可能を可能にする方法が僕にはある。その為に再びカズハに時間を作ってもらい、指定された応接室に向かった。
先に部屋の中にいたカズハはど真ん中にあるソファに座り、優雅に酒を飲んでいた。まだ飲み始めたばかりなようで、僕が使用人達を見ただけで二人きりになりたいのを察して彼らを部屋から出した。そのあと反対側に座るように言われたので大人しく従い、押し付けられた酒入りのグラスを口をつけずに眺める。
「用が済んだらすぐに出ていくよ」
「久しぶりに兄弟揃ったんだ、ゆっくりしていけ。本当は食事をしながら話したかったが、それはキッパリ断られたからなぁ」
「食事は部屋でとりたいから」
「あの少年と楽しくやっているみたいで良かったよ。ほら、俺と同じペースで飲め。そうしたら話聞いてやる」
「ずるい」
「一人で飲むのは一番つまらん」
無理な頼みをしにきた事もあり、カズハの望み通り大人しく酒を作業のように胃に入れていく。途中姿をくらませていた時の事を色々聞かれたが、答えられる範囲で素直に答えた。力をつける為に魔塔を出たのは事実だ。
「そっか。フタバも喜ぶぞ」
「なんでフタバ兄さんが喜ぶの?」
「あいつは魔法オタクだから、強くなったミツバの研究をしたくてたまらないんじゃないか。部屋に引きこもってばかりいないで、時間作って魔塔にも行ってやれ」
「……考えておく」
だんだん酔ってきた兄にワインを注ぎ、僕もまた同じ量を飲む。
(僕は酔わないけどね)
魔法で体内のアルコールを抜くという反則技を使い、酒をジュースに変えてしまう。おかげで一時間近く経った頃には兄の顔は真っ赤になって呂律も回らないような状態だ。
「兄さんってお酒弱かったっけ」
「強い方だぞ。でもワインがどうも体に合わなくてな。味は好きなんだよ」
ワインが合わないとか言われたが、テーブルの上に転がっている空き瓶の数からしてカズハはかなり酒に強い。アルコールを消さなかったら僕なんか一本目でダウンしていた。つまみが無くなるタイミングで一度水を飲ませる。もう十分質問には答えてやった。もういいだろう。
「兄さんは僕の事どう思ってる?」
「……大事な弟だ」
本題に入った事でカズハは少し姿勢を正し、僕としっかり目を合わせてきた。
「僕も大切に思ってるよ。でももっと大切な人が出来たんだ。その人とずっと一緒にいるために、協力してほしい」
「あの少年をどうしてそこまで大切にするんだ。お前達はあの大広間で初めて会ったんだろ?」
ミツバがロキを寵愛しているのは城中の皆が知っている。
「一目惚れ、だよ」
「……一目惚れだとして、じゃあ俺は何を協力すればいい?」
「少しでいいから兄さんの血を分けてほしい」
「……俺の血? そんなもん何に使うんだ」
(魔王になるためだよ)
見つけた研究資料によると、異世界転生者を魔王にするには、他の異世界転生者の体液が必要らしい。研究者は異世界転生者の体液を他の異世界転生者に接種させた結果、魔王をつくることに成功した。実験の犠牲となった異世界転生者の数を考えると少し胸が痛む。体液にも色々あり、一番効果が出るのは血だと書いてあった。必要な血の量は成人男性が貧血を起こす程度の量だから、うまくいけば軽症で済む。
ロキと再会して一度は魔王になるのを諦めた。
魔王になってロキを蘇生させる目的が消えたからだ。でも今は、少しだけ長くロキと生きたい、ただそれだけの為に魔王になろうとしている。魔力がある限り永遠に生き続ける魔物になれば、今よりはロキといられる時間が増えるはずだ。
「何に使うかを言ったら絶対怒られるから言いたくないな」
「……じゃあ駄目だ。怒られるような事はするな」
「どうしても、必要なんだ」
「少年とずっと一緒にいる為に俺の血が必要だって? どっかの禁忌魔法の儀式みたいで嫌な予感がする」
「相変わらず勘が鋭いね」
「……人の命は、限りがあるからいいんだ。限りがあるから、その時間を大切にする。しなきゃいけねぇ。強引に時間を引き伸ばす事が本当に幸せなのか?」
「僕がやろうとしている事を分かってるみたいな言い方だ」
「なんとなく、な。あーせっかくいい感じで酔ってたのに酔いが覚めてきた」
カズハが新しい酒に手を伸ばそうとしたので、先にその酒を奪い手の届かない場所に置く。話はまだ終わってないよ。
「兄さんのその考えを否定するつもりはない。僕もそう思っていたよ」
(ロキを失うまでは)
実際に大切な人を失って分かった。僕はどんな手を使ってもロキともっと生きたかった。死を受け入れられず、ロキを蘇生させる事だけを目標にして生きていた。禁忌だろうが運命に逆らう事になろうが、ロキといられるならどうでもいい。悪魔にでも魔王にでもなんでもなってやる。僕はロキを失ったあの時から、既に人間を捨ててしまったのかもしれない。
「兄さんの気持ちは分かった。貰えないなら、奪うだけだ」
「おい」
「今なら、僕の方が強いよ」
魔導具を持たないカズハと、魔王になる為に血を吐くような努力をした僕と比べたら、正直力の差がありすぎる。勿論、僕が上だ。
立ち上がり逃げようとしたカズハが呆気なく気を失い床に倒れる。
「ごめんね。兄さん」
倒れた兄の首筋に小さな傷を作り、そのまま口をつけて必要分の血を吸う。カズハの魔力が体に入ると酒に酔ったように目がまわる。体温が高くなり汗をかく。そしてギリギリまで吸った所で、確実に体の何かが変わった。足りなかったピースが埋まるような、不思議な感覚がある。魔法で止血をして立ち上がり顔色が悪くなったカズハを見つめた。気絶しているだけなのに、こうやって見ると死んでしまったような絵面だな。それは何故かこの部屋に来たロキも思ったようで、一緒に逃げる事を提案された。正義感があるロキからしたら、殺人犯を庇うのはかなり精神的に負担があるはずなのに、ロキは僕を守る事を選んだ。一緒に逃げて、生きる事を選んでくれた。ロキから仕事や家族、あの仲の良い先輩を奪ってしまうのに、僕は喜んでしまった。ロキと二人きりになれるなら、今は誤解をさせたままでいい。カズハが目を覚ます前に、僕はもしもの為に用意してあった古城に連れて行った。
♢♢♢
ある程度綺麗にしていた室内を、ロキが寝ている間に全て魔法で新築同様に綺麗にする。魔王になれた今の実力を試してみたかったのに、清掃はすぐに終わってしまう。それがある意味魔王の魔力の凄さを証明しているのかもしれない。ロキと過ごす場所に選んだこの古城はペトラ王国という国にあり、一番見つかりにくい場所を選んだつもりだった。フタバとカズハが本気を出せばいずれは見つかるだろうが、その時はまた逃げればいい。魔王が誕生しても、世界は、僕たちの生活は穏やかなものだった。
ロキの寿命が来るまでは確実に一緒にいられる安心感と二人きりの生活が幸せすぎて、悪夢はその日から見なくなった。うなされていた僕を心配していたロキは喜んでくれたが、それはロキの自由を制限したからであって、僕は再会してからずっと恨まれても仕方ないことをしている。毎日体を触るのもまだ体が幼いロキには負担があるだろう。最後までしてなくても、元々淡白だったロキからしたら僕に付き合って毎日射精してればかなり疲れるはずだ。これじゃあ最後までするようになったらどうなるんだ。体が出来るまでゆっくり待つ。そして追手に襲われる事もなく穏やかな日が続き、ロキは十八歳になった。
成長するロキとは違い、魔王となった僕の成長は既に止まっている。二十代後半の今なら歳を取らなくても気付かれないが、これが何十年も経てば、いや、その前にロキには気付かれる日が来る。
(最近ちょっと怪しまれてるけど)
魔力が膨大だからか、食欲が日に日に増してそれに対してロキが怪しんでいるように見えた。
魔族は食べなくても生きていけるって言ってたけど、魔力が強い魔王や手下達は普通に食べ物からエネルギーを得るって話だったから、そこと僕を繋げているのかも。ええ、じゃあ意外と早くバレてしまう?
(バレたらどんな反応するのかなぁ)
流石のロキもこれには怒りそうだ。怒るならまだいい。僕が魔王になった理由に引いて、古城から逃げようとするかもしれない。そうなったら僕は、逃してあげられる?
(無理だ)
だからこそ、渡り廊下で言われた時は涼しい顔をしながら冷や汗をかいていた。
「ミツバから魔王みたいな気配を感じるから、魔王になったのかもとか変な妄想したんだよ。笑えるだろ」
「なんだバレちゃったか」
「だよな……っ、え?」
「僕は魔王だよ、ロキ」
さぁ、どう出る。
早く食材庫で冷えた体を抱きしめてあげたいけど、僕はロキの反応をジッと待った。
「……嘘だろ?」
「魔王だよ」
「……いつの間に、どうして、魔王になれる、ものなのか」
最初はそうか、戸惑うよな。魔王になる方法なんて魔族で魔王の手下であったロキにすら分からない。
「魔王になる方法はあるよ。でも、気配でバレるって不思議だね。ロキは普通の人間のはずなのに」
そういえば魔王になった時もロキは何故か僕の所に来た。他の人間は魔王の魔力に押しつぶされて気絶していたのに、元魔族なら耐性があっても不思議じゃないが。ここで初めてロキの体を透視してみる。感覚でなんとなくやってみたが上手くいくものだな。
ロキの体には何故か僕の魔力が入っていた。人間の体は魔力を入れても溜められず放出してしまうものなのに、ロキは魔力を溜めている。そのせいで僕の魔力を感じ取ってしまったのだ。
何故ロキだけに。一つの可能性にたどり着き一人で納得する。
「本当に、魔王なんだな。何のために?」
魔王になった理由を聞かれてる?
「好きな人と長くいたいって願うのは当然の事だよ」
「……そうだよな」
「……え?」
「ミツバばっかりずるい」
これは、どういう反応だ? 予想していたものとは違ってきている。
「ずるい?」
「願うのは当然の事なんだろ。俺だって、もうお前と離れたくない。だから今は、死が怖い。成長する体が怖い。お前を置いて死ぬのはもう嫌だ」
頭を鈍器で殴られたような衝撃が襲ってきた。僕と同じように、ロキもあの別れを経験してるんだ。でも、それじゃあ、僕と同じ気持ちって事?
「ロキ、あのさ」
「ミツバはいい加減、俺がお前を……あ、愛してるって認めろ!」
顔を真っ赤にして叫ばれて分かった。そこまで言われてやっと、だ。心のどこかで疑っていたのを見抜かれていたのか。
「……うん、ごめん、なさい」
「分かればよし」
「じゃあ、怒ってはない?」
「黙ってやったのは腹立つけど、その理由は理解出来るからさ、まー、いいよ。でも、ずるいとはずっと思うかも」
「その話なんだけど、僕に考えがあるんだ。ロキと僕だから出来る事だよ」
「考え? なんだよ、早く教えてくれ」
「ロキは多分僕の魔力を体に溜められる。だから僕の魔力に反応出来たんだ。それをもっとやったら、魔族になれるんじゃない?」
「俺がまた魔族に……でも、溜めるって俺たち一緒に暮らしてるだけで」
「ここに、僕の体液を入れたから吸収したんだと思う」
指先で首から腹の真ん中をなぞる。
「体液……っ」
そこまで言えば鈍いロキでも気付いたらしい。
「試してみる価値はあるけど、どう?」
あとはロキが決めてくれ。返事はすぐに返ってきた。
「俺もお前とずっといたい。死んでも一緒にいたいけど、まずは死なない方を試してみる」
「僕の魔力で魔族になったら、僕が消えたらきっとロキも消えちゃうけど、いいんだね」
一度魔族になればもう人間には戻れない。そして僕の魔力で生きる存在になると、昔の魔王とロキのような関係性になる。生きるも死ぬも、一緒だ。
「いいよ」
「……じゃあロキの為にも勇者にだけは気をつけないと」
「でも勇者は」
「カズハ兄さんは生きてるよ」
「えっ!」
「そこはどうでもいいかな」
「よくないって! ちょ、おま、まだ話の途中っ」
「善は急げってね」
どうでもいい話は置いておいて、瞬間移動を使い先程綺麗にしたばかりのベッドの上にロキを押し倒した。
「ミツバ……もしかして、最後までする、のか?」
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