人間ロキ③

終わった頃には二人とも体が汚れていたのでもう一度風呂に入り、再び体を密着させてベッドに入った。先に眠ってしまったミツバの顔を正面からじっくりと見る。記憶があると打ち明けた今、立場や年齢は変わってしまったがやっとあの頃に戻れた気がして嬉しさのあまり夢じゃない事を自分の顔を触って何度も確かめる。寿命が短い人間でも、ミツバといられるならなんでもいい。

「好きだ」

綺麗な寝顔に小声で何度も告げる。好きだ、好きすぎて、おかしくなりそうだ。ミツバが愛おしすぎて、怖い。絶対俺の方が好きだ。引かれないようにある程度抑えないと。恋人が重すぎて別れたなんてよく聞く。絶対別れたくないからこそ、俺は眠ってしまったミツバにあえて愛を囁き続けた。

早朝四時、厩番の朝は早い。準備をしていた俺は、既に起きてソファで手紙を読んでいるミツバにいってきますと声をかけて部屋を出た。

(なんか難しそうな顔してたな)

兄フタバからの手紙だと言っていたが、戻ってこいとか書かれていたのだろうか。

(魔塔かぁ)

あそこは人の出入りがかなり制限されていて、もしあそこに戻ってしまえば、会うのはかなり難しくなる。申請の手続きを考えれば、俺が行くよりミツバに出てきてもらった方がいいけど、どのみち今より会える時間は減ってしまう。ミツバの事を考えるたびに、俺ってこんなに好きだったんだなと実感する。ちょっと恥ずかしい気もするけど、失ったはずの時間を取り戻せているうちに満喫しておきたい。

「おまえたち、おはよう」

二頭だけがいる厩舎に着き、挨拶を済まして検温や清掃を行う。その後ワラを交換し、馬に鞍をつけ、軽く運動、ブラッシングやシャワーを終わらせた頃でまだ朝の八時くらいだ。

エサやりをやればその後中休みだから、いつもそこで部屋に戻ってミツバと食事をする。

さっきまでずっといたのに、会えると思うと気分が上がる。ルンルンで手を動かしていたせいか馬達を吹いていたタオルを落とし、しかもそれを踏んで滑り転びそうになる。

「わっ」

やばい後ろに倒れる。頭だけは守ろうと手を首あたりに回した所で、誰かが支えてくれた。

「た、助かった」

「気をつけろよ」

「……先輩?」

支えてもらったまま立ち上がり振り返ると、いつも面倒を見てくれていた厩番の先輩がいた。

「久しぶりに顔見にきたらこれだ」

「ごめん、ありがとう。助かった」

「本当良かったよ」

「どうして先輩が?」

「休み貰ったんだけど予定が無くなってさ、暇だから様子見に来た」

「そっか」

「近い距離にいてもなかなか会えないもんな」

「うん……職場が完全に別れてるし」

(だから服がいつもと違うんだ)

言われてみればいつもよりも綺麗なシャツとチノパンを履いている。でも厩番の休みはかなり少ない。その時間を使って会いに来てくれたのは申し訳ないやらありがたいやら複雑な気持ちだ。

「せっかくだし、ちょっと話そうぜ。あとはエサやりだけだろ? 俺も手伝うからさ」

「え? いやでも」

「ちょっと手伝うくらいいいだろ」

二頭なので止める間にさっさと終わってしまい、結局余った時間で、小屋の中にある木造の小さな丸椅子に並んで座り、先輩と話す事になった。何回か世間話を挟んで、本題に入る前に先輩が周囲を気にする。わざわざ休みの日に来たのにはそれなりの理由があるのだろうが、一旦どんな話をするつもりなのか。

「そういえば、いつこっちに戻ってくるんだ?」

仕事の事なのはすぐに分かった。

「戻るつもりはない」

「でも、あいつら……嫌な騎士サマ達はどっかに飛ばされたから、今ならもう安全だろ」

「そうなのか?」

「そこからかよ」

俺にしつこく絡んできた騎士の他にも素行が悪かった騎士は貴族だろうがなんだろうが関係なく、環境が厳しい場所に送られたり、辞めさせられたりしたらしい。騎士の資格を剥奪されたなんて、有名な貴族であればあるほど恥ずかしいはずだ。それだけで家族から見放される可能性すらある。今は実力と素行の良さを重視して騎士が選ばれていて、それなら確かに戻っても大丈夫そうだ。

(てか、ミツバがなんかやってくれたんだよな。あいつスゲーな)

実際動いたのは兄の方かもしれないが、その兄を動かせるミツバが凄い。王宮騎士なんて俺からしたら王族と同じくらい立場が偉いのに、こんなにすぐ一掃出来るなんて凄すぎる。凄すぎる故に先輩はどこか怪しんでいるようだった。

「ロキは本当にミツバ様と初対面だったのか?」

あの時は一応そのつもりだったので頷く。

「じゃあ初対面のロキのためにここまでしたって事だろ。それ、怖すぎじゃね?」

「俺の事は口実で前からしたかったとか」

「じゃああいつらが消えたタイミングでロキを俺たちの所に戻すはずだ。……こんな、専属にまでさせて……変な事、されてるんだろ」

「変な事?」

「体で奉仕、的な」

「……ミツバはあいつらとは違う」

「俺からしたらあいつらと同じに見えるぞ」

それは違う。全然違う。しかし俺が好きだと言っても、洗脳されたとか言わされていると思われるだけだ。詳しく話すにも前世の記憶がどうとか言うのも余計に話をややこしくする。

「俺は自分の意思でここにいる。それに、ミツバは俺の嫌な事はしない。だ、大事に、してくれる。これだけは分かってほしい」

「……そっか……。あいつらの時と違うなら、とりあえず良かった。でも、何かあったら……」

「話は終わったかな」

先輩が肩に腕を回そうとしたタイミングで、柱の影からミツバがスッと現れた。これには二人とも驚く。先輩なんかは椅子から転げ落ちた。ミツバは爽やかな笑顔を保ったまま先輩を気にかける声をかけて、俺の手を取り立ち上がらせる。

「いや、そこは俺の手じゃないだろ」

「ん? 彼の事? いい大人なんだから一人で立ち上がれるでしょ」

「でも」

「仕事は終わった?そろそろ休憩の時間かなと思って呼びに来たんだ」

先輩を無視してさっさと行こうとするので、それは失礼だと足を止めた。

「ロキ、俺はいいから。ミツバ様……失礼しました」

どこから話を聞かれていたのか分からないからか先輩は深く頭を下げて、厩舎を出て行った。

「ミツバ、先輩は俺を心配して来てくれたんだ。いい人だよ」

「知ってる。職場で一番仲のいい人だよね? まぁ休みの日にまで様子を見に来るほどロキを気にかけてるとは知らなかったけど」

声音は優しいのに少しトゲがある言い方をする。怒ってる……よな?昔より感情を隠すのが上手くなってしまったせいでいまいち分かりにくい。ハッキリと言ってくれた方が俺的には分かりやすくていい。部屋に戻って食事を始めてもミツバはどこか不機嫌そうで、でも会話はいつも通り進んだ。これだけで終わるなら俺も何事もなかったように出来たのに、その日の夜から異変が起きた。うなされている声で目を覚まして慌てて起き上がる。間接照明に顔を照らされているミツバの顔を覗き込み、顔も苦しそうだったのでパニックになった。この場合はどうしたらいい? 起こしてあげたいけど、うなされている人に声をかけるのは悪いとかどうとか聞いたこともある。

(でもこんなに辛そうなのに、無視なんか出来ないだろ)

魔法でちょうどいい室温になっている部屋で大量の汗を流しながらうなされているミツバを見て見ぬ振りは出来ず、俺は肩を揺らして必死に起こした。

「おいミツバ! 起きろ! ミツバ! 起きろって」

「っ……っ、……ロキッ」

「うおっ」

声に反応したというより、俺を呼ぶかのような叫び声でこちらが驚く。

「……ここは……ロキ?」

「その、大丈夫か?」

「ロキ」

まだ寝ぼけている状態なのにミツバは俺を正面から抱きしめて逃げられないように押し倒した。苦しいし重いけど、それで安心するならいいか。

「嫌な夢でも見たのか」

「……ん……最悪な夢だった」

「そっか」

「……もう寝たくない」

「……俺が見張っててやるから寝ろよ」

「また起こしてくれるの? 僕よりロキの方がちゃんと寝なきゃ」

目を覚ましてきたようで受け答えがハッキリしてきた。そうなると色々冷静になるらしく、俺を心配させないように強がって体を離した。

「汗かいたから流してくる。先に寝てて」

結局夢の内容を聞けないまま日が変わり、翌日も翌々日もミツバは夜中うなされるようになった。流石に一週間も続けば何かの病気を疑い、夕食の時に思い切って聞いてみた。夢の話を隠したがるからはぐらかされると思ったけど、俺が心配しているのを知っているからか観念したように重い口を開く。

「洞窟にいた時の夢を見るんだ。最後の……一人になった時の夢」

最後ってことは。つい唇を噛んでしまう。それじゃ、うなされているのは俺のせいだ。

「そんな顔しないで。ロキと再会してからは見なくなった夢だったんだよ。でも最近急にまた、あの時の……ロキが消えちゃった時の夢を見るようになった。疲れてるのかも。この部屋に引きこもっているだけなのにおかしいよね」

目の下にクマを作ってるくせに無理矢理笑って和ませようとする姿がより痛々しい。俺のせいなのに、なんにもしてやれない。

(全部俺が悪い)

「ロキはこんなに近くにいるのに、時々凄く不安になる。抱きしめて眠っても、何してもダメなんだ。欲張りになっちゃったみたい。でも、時間が解決してくれるはずだから」

俺と再会してから見なくなった悪夢を再び見るようになったきっかけが不明のままなのに、放置してもいいのだろうか。

(いつからだ? いつからうなされてた? 俺なんかしたか?)

同じ毎日の繰り返しだから何も、そこまで考えて先輩の顔を思い浮かべた。あの日、先輩が厩舎に遊びにきた。もしかしてその出来事がミツバのトラウマを刺激したのか?

(俺と先輩の仲を気にしてたしあり得る)

そんな事ぐらいでと茶化す気にはなれず、必死に解決策を探す。俺だって、ミツバが急に消えたらトラウマになる。自分を責めてしまう可能性もある。また消えてしまうかもという恐怖が蘇ってきて悪夢を見たのだとしたら、俺は、俺はどうしたらいいんだよ。

「ミツバが苦しいのは嫌だ。時間が解決してくれるって、それがいつになるかも分からないのに、なぁ、俺、魔法も使えないし、バカだし、医療の専門知識もないし、ただの人間だけど、俺に出来ることがあったらなんでも言ってくれ。その間に方法があるか調べてみる。安眠枕とかさ、あと匂いとかも大事なんだろ」

「……ありがとう。でもロキがずっと横にいてくれるだけでいい」

「他にも何か試そう」

「……うーん、難しいなぁ。不安なのは確かなんだ。ロキがずっと、僕と一緒にいてくれるって分かれば……ああ、でもちゃんと気持ちは伝わってるんだよ? それでも足りないって話。要は欲張りなんだ」

(足りないって言われても、それじゃ、やっぱりずっといれば安心する、のか? 本当に時間に任せるしかないのか?)

「死ぬまで一緒にいるって約束出来るのに」

悔しくてつい呟く。そして小さな声で返事が返ってきた。

「死んでもずっと一緒にいたい」

「ミツバ」

「ありがとう。じゃあ約束してくれる?」

指切りを教えてもらい、言われた通りにする。それでもミツバがうなされる日が続き、俺の方も心配で寝られなくなった。仕事中も気が散る時が増え、ずっとミツバの事を考えてしまう。俺の事をよく見ているミツバも気付いて心配してくれるが、結局どちらも解決策が見つけられずにいた。再会したらハッピーエンド、とはいかないもんなんだな。

一日の仕事を終え、夕食前に風呂で体を清めて部屋に戻る。そこでは俺を待っていたミツバが何故か正装に着替えている所だった。いつもラフな格好をしていたから、ちゃんとした正装を見るのは大広間で再会した時以来だ。

「どっか行くのか?」

「カズハ兄さんが時間を作ってくれたから、ちょっと会ってくる。すぐに戻ってくるから、先に食べてて」

「ん? 一緒に食べてくるから着替えてるんだろ?」

「王族と会うには話をするだけでも色々気をつけないといけないらしいんだ」

着せてくれる使用人達に聞こえるように言い、終わってすぐに慌ただしく部屋を出ていく。いきなり部屋に残された俺は食事の用意をしようとする使用人達を止めて、ミツバが来るのを待つ事にした。三十分、一時間が経ち、何度も腹が鳴る。これは長くなりそうだ。水で空腹を紛らわしていたら、急に懐かしい気配を感じて驚きでグラスを床に落とした。懐かしくて、鳥肌が立つような恐ろしい。感じているのは俺だけのようで他の使用人達は淡々とグラスを片付けていた。

「ロキ様、お召し物が」

「え? ああ」

ズボンが濡れてしまい、新しいズボンを渡される。本当はそのまま着替えさせたいのだろうが、彼らはミツバからの命令を守って俺には一切触れない。渡されたズボンを見下ろし、しばらく固まっていると俺が怒っていると勘違いをして慌てて謝られた。これには俺が慌てる。

「ちが、えっと、ミツバの所に連れて行ってほしいんだけど」

「それは」

懐かしい気配に怯えてしまい、無性にミツバに会いたくなった。とにかく会いたい。早く会いたい。カズハの許可も必要だから厳しいだろう。実際一度断られたが、せめて近くに行きたいとお願いしたら、渋々了承してもらえた。

案内されるまま別邸から本邸に行き、厳重なセキュリティを何度も突破して目的の部屋に近づく。俺なんかがここを堂々と歩けるのは全てミツバのおかげだ。二人きりでいると忘れそうになるけど、この国でミツバの権力は相当なものだ。二つ隣の部屋に通され待つように指示される。一応俺の事を伝えに行くようで、やめて欲しかったけど規則だからと断られた。護衛と執事に見守られた状態で数分待ち、突然息が苦しくなり謎の圧迫感を感じた。

(なんだ?)

そして体が重くなり四つん這いの状態で床に手をつき、なんとか堪える。周りの人間達は既に気絶して床に倒れており、先程感じた気配を強く感じ、まさかと思い気力だけで立ち上がりミツバ達がいる部屋の扉を開けた。周囲の人間が皆気絶していてくれたおかげで難なく中に入れる。そこには床に倒れる勇者、カズハとそれを立ったまま見下ろすミツバがいた。よく見ればミツバの口元に血がついている。勇者の方はどうだ。近くで確認しようとして防がれた。

「ミツバ、その血はっ、何があったんだ! 勇者は」

「喧嘩しちゃった。落ち着いて、兄さんはきぜ」

「落ち着いてられるかっ! 兄弟でも相手は勇者で、王族だぞ! 本人が許しても罪は免れない! そもそも、い、生きてるのか? どうしようっ」

「……確かに、捕まって幽閉くらいはされるかも。死んでいるとしたら、死刑かなぁ」

想像したら貧血で倒れそうになる。せっかく、やっと会えたのに、そんなのってあるかよ!

いつもの俺なら、罪を償うべき状況であれば、きっと諭すような事を言うだろう。しかしいざミツバが死刑になる状況になった時、いかに死刑を回避出来るかで頭がいっぱいになった。一緒に生きるって決めたんだ。支えてくれるミツバの手を両手で握り、覚悟を決めて顔を上げる。

「逃げよう!」

「ロキも来てくれるの?」

「当たり前だ! お前が置いて行っても勝手について行く! 今度は俺がお前を守るから! だから、死なないでくれ」

「……うん」

今になって置いてかれる方の気持ちがちゃんと分かった。こんな緊迫した状況なのに、ミツバは恍惚とした表情で俺を見つめ抱きしめ、耳元で囁く。

「少し遠くまで飛ぶから、気持ち悪くなるかも。目を瞑って、気持ち悪かったらそのまま吐いていいよ」

言葉の通り不快な浮遊感が襲いめまいがしたが、吐く前に腕の中であっさり気絶した。


♢♢♢


滝の音が聞こえる。かなりの水量が勢いよくぶつかり流れているような音。こんなの昔洞窟で暮らしていた時に使っていた滝壺に行った時以来かもしれない。洞窟? 今はもう王都暮らしで滝の音が聞こえるはず……そもそもこれは滝の音なのか? なんだ、なんの音だ。どうして。どこかの寝室で目を覚ました俺はすぐ、椅子に座りこちらを見ていたミツバと目が合った。

「おはよう。気分はどう? 寒くない?」

「お……はよ。気分は……特に」

覚醒してくると色々思い出す。

(そうだ、俺たち逃げてきて……)

「僕の口に何かついてる?」

「いや、血流してただろ。でも、自分で治せるんだっけ」

「こんな時も僕の心配からしてくれるんだ」

ベッドから確認した外は明るくよく晴れていて、そんなに長い事眠っていたのだと知る。

「この部屋はどこだ」

かなり広い寝室で家具が全て新品のように新しい。しかしよく見るとアンティーク物を魔法で綺麗にして新品にしたような感じだ。内装は派手さがある王宮とは違い、全体的に落ち着いていて、自分が知っている部屋のどれとも違う、新しい部屋だ。ラフな格好をしたミツバが俺に水を渡しながら、ここが今は地図から消されている古城だと教えてくれた。

ミツバが魔塔から姿を消した後各国を転々とした事があり、その時隠れ家にしていた場所の一つがこの古城らしい。城の外観はボロボロだが、室内は魔法を使い住めるような状態にしたので、窓を開けずとも綺麗な空気が吸える。

(やりすぎな気もするけど)

ミツバってそんなに潔癖だったっけ。埃をかぶっていた家具も全て新品同然まで綺麗にされたから、妙に違和感を抱く部屋になっていたわけだ。改めてミツバの魔法能力は凄い。

「この場所なら身を隠せると思うよ」

「俺はお前がいるならどこでもいいけど」

「ついでにここはペトラ王国って所なんだけど知ってる?」

「知ってる……って国から出てるのか……魔法って……なんでもありすぎるだろ」

ペトラ王国、勿論知ってる。貿易が盛んな海洋国で移住先としても人気の国だ。

「移民大国だし、ここは特に人の出入りが激しいところだから、見られてもいちいち詮索もされない。それにこの城は森で隠されているから地図を持っていても辿り着くにはかなり大変だ。怪しい動きを察知したらその間に逃げればいい。ちょうど真後ろは海だから、飛び込むフリでもすれば誤魔化せるよ」

「海……じゃあこの音は」

慌ててベッドを抜け出し窓に張り付いて外を見たら、木々の奥に真っ青な海が広がっていた。

滝の音だと思っていたけどあれは波の音だったのか。ちゃんと海を見るのは初めてで子供のように興奮してしまう。

「海が近いから寒いよ」

寝巻き姿だった俺に薄い羽織をかけながらミツバも窓の外を見る。

「でも窓開けてみる? 少しだけ潮の匂いがするんだ」

開けてもらい外の空気を思いっきり吸うと確かに独特な匂いがした。これが海の匂い。なんだか不思議な感じだ。そしてミツバの言う通り夏の日中なのに、少し風が冷たい。俺のために魔法で部屋の温度を上げようとした所をこれくらいは平気だからと防ぎ、大人しく着る服を増やす。魔法は凄いけど、それだけ魔力、すなわち体力を消耗するものだと元魔物の俺はよく理解している。甘えてばかりはいられないのだから、もっとしっかりしよう。勇者への罪悪感を抱きながら自分よりも大きな手を握る。ほとんど無意識だったけど、すぐに強い力で握り返された。俺がミツバを守るんだ……とか意気込んだものの、穏やかな日々が続いた。

王宮にいた時以上に二人きりの時間が増え、会話して、城の周りを散歩して、一緒に料理をして食べて、同じベッドの中で眠る。この毎日の繰り返しだ。お互いの気持ちを知っているからこその恥ずかしさはあるけど、幸せの方が大きい。城の中の管理はミツバがしてくれているおかげで快適で、食材だけは下山した所にある街の業者に運ばせている。肉、野菜、魚、各業者が週に一回届けてくれてるのだが、認識阻害魔法のおかげで会っても問題ないようになっていた。彼らはきっちり仕事をこなせるが、城から離れると自分達が誰の依頼でどこに届けて、誰と会ったのか等俺たちに関わる記憶があやふやになる。それは元の店も同じで、この魔法は記憶を曖昧にしてそれをおかしいと思わない魔法だと聞いた。

険しい道なのに彼らが来られるのも魔法を使っているからだった。なんでも魔法、魔法、魔法、もういちいちミツバに確認するのはやめて、俺は普通に生活するようになった。そうなると時々俺もミツバの為に何かやってあげたくなる。

(でも、今の俺に何が出来る?)

一緒に風呂を済ませ、先にベッドで待っていた俺をミツバは当然のように押し倒した。お互いお揃いのバスローブ姿、俺の方だけ腰紐を解かれる。

俺たちはここに来てから、最後まではしないけど、必ず毎日性的な触れ合いをしていた。それは昼夜問わず、お互いを求める。夜はもうどうせすぐ脱ぐからとバスローブを愛用するようになり、着たばかりのバスローブは既にベッド下に落とされてしまう。照明がついている状態で全部丸見えなのは恥ずかしいけど、昼も似たような感じだからこのまま続けさせた。

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