魔王消滅③
兄達と国のサポートのおかげで、僕は二十歳になる頃には他の魔法使いと遜色ないくらいに成長し、魔法使いとして働ける国家資格を手に入れた。しかし手に入れた資格は医療に関するものだけだった。
どんなに努力しても僕が使える魔法は治癒系ばかりで、理想の姿からどんどん離れていっている。イライラしたせいで、明らかに不機嫌そうなため息をついてしまう。
原因はいくつかあるのだ。その一つである、神殿からの手紙を王宮にある自室で破いて捨てる。最近僕の力を使いたい神殿からの誘いがしつこい。神殿とは、魔王誕生までは治癒や土地の浄化を理由に国から金を巻き上げ、金払いが悪い国民は見捨てていたくせに、魔王誕生と共に、実は神聖力も魔法も弱まっているとバレて隠れていたような最低な組織だ。王にまで見捨てられた彼らにとって、治癒能力を持ち、世界を救った勇者の弟である僕は、神殿再起の為になんとしても欲しいだろう。今のところ王族の一員となったカズハが目を光らせているから簡単な勧誘だけで済んでいる。二つ目、これは今日も向こうからやってきた。執事を通して、第三王女が僕をティータイムに呼んだ。何回も断っているのにしつこい。
「今日は体調が悪いんだ」
似たような理由で断ってすぐ、返事が分かっていたとしか思えないようなタイミングで第三王女がわざわざ部屋にまで来た。
「今日も、体調が優れないと聞いて来てしまいました」
まっすぐ腰まで伸びでいる薔薇のような赤い髪、赤い瞳に赤い口紅、大きな胸を強調するような真っ赤なドレス姿、鼻が壊れそうなほどキツい香水の臭い。いつも通りすぎて普通に眉を寄せてしまう。
「……ええ、ですから、座ったままで失礼します」
「構いません。私も座らせていただきますから」
体調を理由に断り続けた事が気に食わなくて押しかけて来たようだった。これは困った。一応王女だから相手をしていただけで、僕は元々第三王女の事が嫌いだった。
同い年の彼女は出会った頃から僕にアプローチをし始めて、周りの王女達が婚約や結婚をする中、僕を理由にそれらを断っている。僕からしたらいい迷惑だ。おかげで周りの人間は第三王女の気持ちを知っていた。王も乗り気だが、僕の気持ちを優先してくれるとカズハに約束させられたからか、見守っている状態だ。この世界での結婚適齢期はわりと早い、だからか二十歳を過ぎてからアプローチの回数が増え内容もより過激になってきた。
(別に思われるのはどうでもいい。好きにすればいいけど)
王女のためにテーブルのセッティングがやり直され、気に入っていたテーブルと椅子が女性らしい物に変わってしまう。細かな薔薇の刺繍が散りばめられているのはバラ園を連想させる為か、真ん中に座る王女を際立たせる為の演出か、そのどちらもだろうな。
「こちらの紅茶、最近のお気に入りですの」
「そうですか」
「ミツバ様のご両親にも飲んでいただきたかったわ。最近またお会いして誘ってみたのでしょう?」
「……フタバ兄さんが、ですけど。はい。やっぱり向こうの世界で暮らしたいらしいです」
三年前、兄達が向こうの世界に戻り事情を説明して両親を一度こちらに連れて来た。その時僕も会えた。皆でこのまま一緒に住もうと提案するも断られ二人を元の世界に帰らせて、最近またフタバが顔を合わせて誘ってみたがやっぱり断られた。両親からしたら僕たちが無事であると確認出来ただけで満足らしい。
「残念ですわ。ミツバ様のご両親なら私にとっても特別な方々ですから」
「兄とは家族ですもんね」
「……そういう意味では」
まただ。またこんな勘違いされるような言い方をする。王女の嫌いなところがすぐに出た。
僕が黙っているのをいいことに、毎回いろんな場所で好き勝手に言っているのをちゃんと知っている。こうやっていちいち否定するのは面倒だが、何故か自分に自信を持っている王女を諦めさせるにはハッキリと態度で示したほうがいい。
何度話しかけられてもいつも以上に冷たくあしらっていく。最初は涼しい顔をしていた王女や周りの侍女、執事もどんどん表情が暗くなった。
(今日あたりで完全に諦めてほしい)
「そうだわ、魔族の研究は進んでいますか?」
「……順調です」
「それは良かった。研究がうまくいけば次への対策にもなります。あんな簡単に人を殺せる魔物達なんて生まれない方がいいに決まっていますからね」
冷たくあしらわれたせいで今日は一段と口が悪い。そうさせたのは自分なのに、王女の言葉が不快だった。
「生まれない方がいい?」
「ええ、もう二度とあのような悲劇は繰り返してはいけませんもの」
王女達の立場からすればそうだろう。実際魔族は多くの人を殺した。魔族は敵、それは国民の総意。
「……兄の言葉を忘れましたか?」
「無害な者がいたのは知っていますが、それを言い出したらキリがありません」
でも、兄はちゃんと魔族の中にはロキなような者もいたとハッキリと伝えていたずだ。それを聞いていた王女ならば、もっと魔族を理解して、理解したくないなら、せめて兄の意見を尊重して言葉をもっと選ぶべきだ。
(ロキは、鳥を殺す時ですらあんなに心を痛めていたのに)
命を誰よりも敬い、人に優しく、まっすぐに生きていたロキを否定されて久しぶりに感情が昂った。貴族や王族だって残虐な行為をする生き物のくせに、よくそんな事が言えるな。
(ロキは……ロキは、お前達より立派で誰よりも思いやりがあった)
魔物だからという理由だけで僕の愛した人を侮辱するのか。
右手が勝手に右耳に伸びる。
「その耳を触る癖やめていただけますか?」
「……はい?」
「前からずっと気になっていましたの」
ああ、この仕草の話か。僕が右耳のピアスをよく触っていたのが嫌だったらしい。無意識にする事が多いから、今も指摘されるまで触っている事に気付かなかった。
「触りすぎるのは不衛生ですし、下品です。弱々しくも感じます。ミツバ様にはもっと堂々としていただかないと」
「ご指摘ありがとうございます。でもこれは僕にとって大事な行為なのでこのままで失礼します」
「なっ」
「ただし、不快な思いをさせるのは申し訳ないので、今後はなるべく――王女の視界に入らないように気をつけます」
「大事な行為って、耳を触る事が?」
「正確にはピアスを触っています」
「私と会うよりも大事ですの」
「はい」
即答したら王女の顔が怒りで真っ赤になった。あれは周りに使用人達がいる中で、恥をかかされて恥ずかしいのもあるのだろう。
「よく考えたらそのピアス私を連想するような色をしていますね。まさか、いえ、そんな、この先は恥ずかしくて私の口からは言えません」
この切り替えの速さは流石だと思う。どうやっても僕が王女を慕っている構図にしたいのか。
(疲れた)
目の前の女に嫌われてもいい。どうにでもなれ。良かったな、今日はちゃんと相手をしてやる。殺意に近いものが芽生えていたせいか、思った事をそのまま口にした。
「これは僕の愛している人から貰った物なんです」
(右のは形見、だけど)
詮索されても面倒だからと黙っていたがもういい。付き纏われるくらいならもう相手のプライドを傷つけてでも、自分の心は愛している人のものだと教えてやる。
「愛し……初耳、ですが?」
「あえて言う必要がありませんでしたので」
「っ、じゃ、じゃあ、出会った時、私に熱い視線を送っていたのは?」
「何の話ですか」
「私をずっと見つめて最後に髪を褒めてくださいました」
出会った頃を思い出し、そういえばカズハに呼ばれた晩餐会の最後、去り際に言った気がする。でもそれは王女の赤い髪がロキの髪色に似ていたからで、それだけだ。
「もしかして期待させてしまいましたか。すみません、僕が愛してる人も赤髪なのでつい見てしまいました」
なるほど、この謎の自信には一応根拠があったらしい。それを間に受けて十四歳から今までずっと誤解したままだった。じゃあもう真相を知ったんだから諦めてくれ。
「その時から、その方を愛していたと? どこの誰ですか」
「……さぁ」
「私の貴重な時間を奪っておきながら、その方を守るつもりですか?こんな、こんなの、許しません」
唇を震わせ俯く王女を前にして、いつも通り右耳のピアスを触る。その姿が王女を更に怒らせ、ヒステリックな笑いを見せた後、何かを叫びながら部屋を出て行った。王族として教育を受けている彼女があそこまで感情を露わにするのもかなり珍しい。何人か残った使用人達が派手にセッティングしたテーブルを元の状態に戻してくれる。一気に静かになった部屋の中にその音だけが響いた。
予想通り、王女は国王に僕への処罰を求めた。
誰もが振られた腹いせだと知っていたので周りからは同情の目で見られ、王も王妃も王女への対応に困っているようだ。宥めておくから今まで通りでいてほしいと言われたものの、騒がしくなりこれ以上注目されるのが不快で、僕は魔塔に研究者として入る事にした。
必要な国家資格と国王からの推薦状で即日魔塔に入り、フタバの部屋と似た作りの個室と研究室を貰う。歓迎してくれたフタバが引越し手伝いのつもりで部屋に遊びに来た。
「なんだもう終わったのか〜」
必要最低限の手荷物だけでは引越しなんてすぐに終わる。手持ち無沙汰になったフタバが僕より先にソファで横になってだらけた。
「私物はほとんど無いからね」
「でも、まぁ、あそこだと買わなくても物が揃ってるからそんなもんか。明日から早速研究室使うんだろ? 今日魔塔主から説明あるから二時間後に最上階に行ってくれ」
魔塔は魔法に関してさまざまな研究と仕事がある。僕は研究要員なので研究報告会や経費についての説明がされるようだった。
「ここはわりと緩いから色々好きな事試せるぞ〜。魔王についての資料は専用の部屋に保管してあるから自由に見てくれ」
「うん。あとで行くよ」
魔法が使えるのもいいが、これが一番嬉しい。重要な資料だけは魔塔関係者しか見れないようになっていたので、ずっと機会を伺っていたのだ。
(入る前にもう少し資格増やしたかったけど)
予定より早く入ったが、ここなら神殿と王女でイライラする事も減るのでまぁいいだろう。
制服の黒いローブに袖を通し、新たな生活をスタートさせた。
♢♢♢
それから四年後、僕は一つの答えに辿り着き、その黒いローブを脱ぎ捨てた。
僕には治療魔法以外の能力が無い。禁忌魔法を使うにはフタバが言っていた通り魔王程の魔力が必要だ。魔王の誕生について調べると、初めて目撃された場所はあっても生まれた場所、環境についてはいまだに解明されておらず、しかし、僕は魔王が誕生した場所を見つけた。
魔王だけが禁忌魔法を使えるなら魔王になってしまえばいい。
今から行く場所に、きっと魔王誕生のヒントがある。
消滅した魔王は国、いずれは世界を手に入れるために能力を使い、負けて消えた。でも僕の目的はただ一つ。それなら、魔王の力で叶えられる可能性がある。
(早く会いたいよ)
「ロキ」
消滅から十年かかってやっと、スタートラインに立てたような気がした。
外に出て後ろを振り返る。世話になった魔塔に静かに一礼し、僕は歩き出した。
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