勇者誕生③

快感の波が引いたタイミングで場所を焚き火の前に移動させられ丁寧に体を拭かれた後、二人とも着替える。自分でやりたかったけどなんだか疲れたし、今更恥ずかしがるのも変な気がして好きなようにさせたら全部してくれた。ミツバは座っている俺の背中を抱きしめるように座り、眠気が来るまで二人で焚き火を眺める。

「今度からはちゃんと一人でやれよ」

「……えー……一人は寂しいなぁ……」

「街に出て相手を探すとかさ」

「ロキ以外に触るとか気持ち悪くて無理」

「あのな」

「僕ちゃんと言わなかったっけ。ロキだいすき、ずっと僕のそばにいて」

キスされた時を思い出して顔が赤くなる。あれは、ああいう雰囲気だから出た言葉だろ?

「そんな事言われても……困る」

「嫌なの?」

「……嫌とかそういう問題じゃない……無理なんだ。俺は」

他にいい人がいる、俺への気持ちは多分家族愛を何かと勘違いしている、他にもある。ミツバは俺の右肩に顎を乗せて囁いた。

「俺は魔物だから無理だって言いたいの?」

「……え」

「ロキが魔物ってだいぶ前から知ってたよ。ちょうどいいや、春になったら一緒に引っ越ししよう。近くの街にさ、王宮騎士が常駐するらしいんだ。ここにいたらちょっと危ないよね」

「まままままま待て! いつから! それよりお前、なんで俺から逃げなかったんだ」

「逃げる必要ある? ロキが何者でもいいよ、だから一緒にいたい」

驚きすぎて先程までの恥ずかしさや気まずさが吹き飛ぶ。体を捻って慌てて目を合わせる。

(知ってたって……なんでそんな普通な顔していられるんだよ)

「静かに」

当然のようにキスをされ逃げるように俯く。

「前から変だなぁって思う事はあったんだけど、確信したのはあの人に会った時」

完成したピアスを取りに行った日の翌日、ミツバは用事があると行って一人で街に出かけた。あの時はパン屋の主人のお母さんが街に帰ってくる日だった。

「彼女が帰ってくるって聞いた時、表情がおかしかったから気になったんだ。それで何かあると思ってロキの話を聞いたら……驚いた。彼女ロキと会った事あるんだね。しかもその時の姿が今と同じって知って、理解した。魔物の特徴は前の日噂程度に聞いてたし。あと他にもロキが魔物じゃないかって疑ってる人いたよ。一応上手く誤魔化しておいた」

「理解した時に逃げろよ」

「僕からしたら、ロキ以上に安心出来る人はいないから。ねぇ、魔族は皆特殊な能力あるって聞いたけどロキは何が出来る?」

「……チャームだな」

能力の説明をした瞬間、少しだけミツバの表情が曇る。

「僕にも使った?」

「はあ? なんでミツバに使うんだ? 俺はミツバがいつここを出て行ってもいいって思ってるくらいだぞ」

「そうだねさっき何回も逃げろって言ったもんね。なんだろう、聞いておいてあれだけど凄く傷付いた」

その割に嬉しそうな顔をしている。

「そこまでは、ただ、意思を尊重したいだけでさ」

「……尊重してくれるなら、僕と一緒に逃げてくれる?魔王はどうでもいいけど、ロキが危ない目に遭うのは嫌だ」

(俺と魔王の魂が一緒って事は知らないのか)

それもそうか。街に溢れている情報にも限りがある。返事を欲しがるミツバに、少し時間が欲しいと頼む。今日は色々ありすぎた。

「それって引越しの話? それとも告白の話?」

「どっちも? いや、告白の方は、ミツバが大人になってから考える」

「それっていつまで? 分かってくれると思うけど、僕の体がもう限界」

「大人なら我慢出来る」

「ふーん。分かった。早く大人になりたいな」

「あっ、こら、返事するまでそれ禁止!」

耳を甘噛みしてくるミツバを叱る。うっかり流されたらどうする。ただでさえ正体を知ってもそばにいてくれるミツバに気持ちが傾いているのにやめてくれ。

告白してスッキリしたのか、ミツバは分かりやすくちょっかいをかけてきて、スキンシップが更に激しくなってきた。これは体から先に落とされそうだぞ。今日も昼から盛ってきたので、魚の網を確認してくると言い残して洞窟から慌てて離れた。

(なんだかんだいつも受け入れるから駄目なんだよ!)

求められるとどうしても応えたくなる。

「ああ〜もう頭ぐちゃぐちゃだ!」

川辺でうずくまりそのまま時間を潰す。でも一応網を見ておくか。手ぶらで帰ったら意識したのがバレそうで恥ずかしい。罠を仕掛けた場所を思い出しながら見て回る。そして崖の下に人がいるのを見つけてしまった。

ぐったりしている姿を見て急いで駆け寄る。若い女だった。崖から落ちたのだろう、息はあるものの気絶している。足が明らかに折れていて頭からも血が出ていた。これはもう医者が必要な怪我だ。

(どうしよう)

ミツバの時とは状況が違う。助けるには近くの街にある病院に連れて行くべきだ。早くしないと間に合わない。応急処置をした後、迷わず背負い街に向かって歩き出す。

(ミツバが知ったら怒るだろうな)

ミツバは以前から俺が街に近づこうとするとかなり嫌がった。警戒している俺ならともかく何故ミツバが、と不思議に思っていたが、あれは俺の為だった。その俺が今街の病院まで怪我人を運んでいると知った時、絶対怒る。怪我人を連れて行くのは賛成でも、俺が行くのは反対なのだろう。でも今洞窟に帰れば時間が経ちすぎて怪我が悪化する。怒られるのを覚悟で日が落ちる頃になんとかたどり着き、病院の前に怪我人を置いて、中の人を呼ぶ。金と置き手紙を置いておいたからすぐに察してくれるはずだ。

「はーい……あれ?」

物陰から様子を見守る。出てきた人が怪我人を中に入れるのを見届けてから、その場を離れた。急いで来たから足が少し痛い。どこかで休んでからまた山道に戻ろう。ロキ一人なら夜道も歩ける。川に行くと告げてどこかに行ってしまった俺を、ミツバはきっと心配している。

ちょうど良さそうな岩を見つけたから腰掛けて少しだけ休憩する。そこは民家の裏らしく、楽しそうな会話が聞こえてきた。盗み聞きみたいでなんだか複雑な気分になってしまう。今だけは許してくれ足が限界に近い。

「勇者様はいつ来られるのかしら」

「春に来るのは王宮騎士様だけよ?」

「え? そうなの? 残念楽しみにしていたのに」

「勇者様は魔王討伐の最中だからこの街に来るわけないじゃない」

「こらこらお前たち、夜なんだからあまり騒ぐな。それと、勇者様にもちゃんとお名前があるんだから」

(名前……そうか、名前あるよな)

ずっと勇者と呼んでいたから不便に感じなかったが、そうだよな、勇者にもちゃんと名前あるよな。異世界から来た勇者の名前はどんな感じだろう。

(ドラゴンみたいな凄い名前とかだったら羨ましい)

「勇者様のお名前って確か、カズハ様だったっけ」

「違うわよ、えーっと、ニッタカズハ様」

「勇者様の方が呼びやすいわね」

(ニッタ、カズハ?)

聞き覚えがありすぎる名前に驚く。

(ニッタカズハって……ミツバと似てる)

似ているレベルで済ませていいのか?

ミツバが俺に違和感を感じて魔族と疑っていたように、俺もミツバに対してずっと違和感を感じていた。この世界の常識を知らなすぎる所、記憶が曖昧と言いながら変な知識はある所、気にしないようにしていただけでまだまだたくさんある。その違和感の正体が今分かった。

(兄さんって勇者の事かよ)

異世界の住民なら全ての辻褄が合う。

「俺……勇者の弟拾っちゃった」

ミツバは自分が勇者の弟だと知っているのだろうか。魔王の噂を聞いたなら勇者の名前も耳にしてそうなのに、ミツバの口から勇者の一言も出なかった。勇者の弟と知っていたら俺から離れるだろうし、知らない可能性が高い。じゃあ教えてやらないと。魔王の手下をかなり減らした勇者は今の段階でも国の英雄だ。絶対俺といるよりいい生活を送れる。魔王を倒したらそれこそ英雄の弟として国から愛されるはずだ。喜ぶべきなのに、項垂れるように地面を見つめる。

(全部話したら、賢いあいつなら絶対勇者の所に行くよな。兄弟……本物の家族に会いたいだろ)

俺の事好きとか言っても、広い世界を見ればすぐに自分の視野の狭さに気付いて、他にいい人を見つける。

(俺から逃げてもいいとか言ったくせに、いざミツバが離れていくのを想像したら結局こんな落ち込むのかよ)

現実になりそうになった途端慌てても遅い。とりあえず勇者の弟なのだと教えよう。あとの判断はミツバに任せる。俺はミツバの意思を尊重する。

(ちょっと、寂しいけど、でも、どのみちいつかは別れがくるんだ)

勇者が頑張れば、それだけ俺の寿命が短くなる。未来がある勇者と終わりが見えている俺、ミツバの幸せを考えれば前者側を取るのが一番いい。

「ねぇ、なんか声聞こえなかった?」

「まさか、ちょっと確認してくる」

(ヤバ)

さっきうっかり声が出たのをしっかり聞かれていたらしい。重たい体を引きずり山に戻る。

それから歩き続けて、まだ夜中のうちに洞窟に着いた。

「ロキ! どこ行ってたの!」

松明を持って俺を探し回っていたミツバが俺を見つけてすぐに駆け寄ってくる。

「あのさ」

「話は中で聞くから」

怒っているミツバはなかなか怖い。洞窟の中はいつ俺が戻ってきてもいいように明るく暖かくなっていた。

「こんなに怪我して」

「ずっと山の中歩いてたから」

「座って」

いつもの焚き火の前で軽く治療を受けながら経緯を説明する。その中で何度も勇者の話をしようと思ったのに、ミツバの顔を見たらなかなか言い出せず、そんな自分に戸惑った。

(まだ一緒にいたい)

あと少しだけ一緒にいたい。欲が出て、勇者の弟だと教えるのをやめた。

その罰なのだろう、翌日から俺の体から少しずつ魔力が抜けるようになった。

あれだけ自分の体を満たしていた魔力が抜けて行く。傷の治りが遅い、眩暈がする、ふらつく、足や腰からいきなり力が抜けて転びやすくなる、肌が乾燥してヒビ割れする、徐々に不調が増えていく。雪が溶け始めた頃には寝たきりが増えて、ミツバをかなり心配させた。

(最近心配させてばかりで嫌だな)

引越しも告白も全て曖昧にしたままで苦労させて、こんな自分が情けなくなる。

何が幸せになってほしいだよ。自分のわがままでここに繋ぎ止めて、ミツバの貴重な時間を奪っている。朝から奥の寝床で横になっている俺にミツバは優しく話しかけてきた。

「ロキ、何か食べられそう?」

「魔族は食べなくても生きていられるって知ってるだろ」

「でも、病院行ってくれないなら、それぐらいしか出来ないし」

「……それより、引越しの話だけど」

そろそろ春になる。いつ王宮騎士が街に入ってもおかしくない時期になった。

「こんな状態のロキに無理は言わないよ」

「違う、お前一人で行ってほしいところがある」

「……どこ」

洞窟の奥は朝でも薄暗い。片手で起き上がり、新しい蝋燭を足そうとしたミツバの手を使わなかったもう片手の方で握ろうとして、唖然とした。手首から下が消えている。ミツバも無くなった手を見て驚きで固まった。そして魔力が抜けていくスピードも上がっていく。

(あー……そうか……今日が、そうなのか)

「なんで、なに、これ、ロキ痛みは?」

「大丈夫だ」

「大丈夫って、消えてるのに?」

「多分、今、勇者と魔王様が直接戦ってる」

「その話関係ある?」

「あるから言ってるんだ」

「どうしよう、どんどん消えてる」

「……俺と、というか、俺たちは魔王の魂の一部で出来ているんだ」

「それって」

「魔王様が消えれば俺も消える」

きっと絶望した顔とは今のミツバの顔のような事を言うのだ。あんなに綺麗な顔だったのに一気に老けたような変な顔をしている。こんなことなら、もっと早く俺から遠ざけるべきだった。

(だって、もっと一緒にいたかった)

あと一日、あと一日と伸ばして勇者の存在も隠し、気付けばあと一日すら危うい状況だ。

「ミツバ、お前は勇者の弟なんだ」

「……そうだね」

これには驚く。

「知ってるって言ったら、追い出されそうで黙ってた。……ほら、当たりでしょ。好きな人と一緒にいる事を選んで悪いの?」

「……でも俺はもう……。ミツバ、街に行け。早ければもう王宮騎士が来てるだろ。勇者の弟って言えばきっと保護されて勇者に会える」

「僕はロキのそばにいる」

「……頭のいいミツバならもう分かってるよな? 街に行け。大丈夫、後少しでお前は世界を救った勇者の弟として幸せに生きていける」

「そこに……ロキがいないなら意味ないって、どうして分かってくれないんだよ!」

「……ご、め」

「でもロキの言う通り、兄さんには会わないとね」

「ああ」

「会って魔王との戦いをやめてもらう」

「バカ冗談でも言うな。反逆者として世界の敵になるぞ」

「いいかもね」

「……おい、ミツ、バ……っ」

無理矢理キスをされ言葉を遮られる。

「ちょっと待ってて」

名残惜しそうに唇が離れてすぐ、ミツバが背を向けた。

「待て! ミツバ!」

追いかけようとして勢いよく倒れる。右足が……消えている。

「ミツバ……ミツバっ、ミツバ!」

なんでこんな事に。ミツバの予想とは違う行動に戸惑う。

ミツバには幸せになってほしい、これは本心だ。だから、迷惑をかけるくらいなら。ミツバが勇者を止めるより前に、早く、早く消えたい。

その願いだけは早く叶いそうだった。

魔力が抜けて、手足から徐々に消えていく。

倒れた状態のまま目を瞑る。

それからどれぐらい経っただろう、息苦しさを感じ、悶える前に意識が遠のく。

「ミ……今更だけど、俺」

魔力が完全に体から抜けるのが感覚で分かった。

この瞬間、世界を救った勇者が誕生した。


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