勇者の弟、拾いました。
ねぶそく杉田
勇者誕生①
ベアトーレ王国は、内陸国でありながら人口が多く産業が発達しており、隣国との関係も良好な為貿易が盛んで豊かな国だった。
五十年前、魔王が現れるまでは。
なぜ魔王が誕生したのかは不明だが、魔王は特殊な力で自分の手下を増やし、国を乗っ取ろうとしていた。ベアトーレ国王は優秀な魔法使いを世界中から集め、魔王討伐に尽力するも戦況は悪くなる一方だった。長引けばそれだけ犠牲者も増える。悩んだ国王は藁にも縋る思いで伝説とされていた勇者を異世界から呼ぶ事にした。
そして召喚儀式は成功した。
異世界から来た勇者は短期間で力をつけ、着々と魔物達を減らしていく。勇者一人で戦況は一変した。このままだと魔王消滅もそう遠くない未来に現実となりそうだ。なんて事を、魔王の手下であるロキは他人事のように考えていた。
五十年前、魔王の力がまだ弱かった頃に作られた俺は手下の中でもかなり弱く、いや、同時期に作られた仲間達は皆人間達との戦いで消滅してしまったから、今では最弱かもしれない、とにかくかなり弱い。魔王に与えられた魔力も戦闘向きでは無いので戦地に行けばすぐに消滅するだろう。そんな俺がまだ生きていられるのは、シンプルに戦いから逃げているからだった。俺は魔王への忠誠心が足りず、数十年も峡谷の洞窟でひっそりと一人で暮らしている。本当に出来損ないだ。でも痛いのは嫌だし人を殺すのも嫌だ。俺にとって幸運なのは、出来損ないで魔力の少ないロキの存在を誰も気に留めない事だった。数十年サボっても静かに一人で暮らせるのだから、きっと一生このままだろう。
(ああ、違うな)
勇者が力をつけている今、いつかは俺も消滅するはずだ。
何十回目の冬、外が明るいうちに寝床の洞窟に帰ろうと慣れた雪道を歩く。
「こんな俺でも、一応魔王様の分身だからな」
氷に映る自分の姿が目に入る。
ボサボサの赤髪に三白眼の黒い瞳、目の下の酷いクマ、白を通り越して青白い肌、身長は百七十ほどで痩せ方、近くの街で仕入れた全身黒の洋服のせいで更に細く見える。一度太りたくて、本来俺には必要のない食事という行為をしたのに、体型は全く変わらなかった。今ではもう太るのは諦めた。
手下は皆魔王の魂の一部から出来た分身だ。
魔王のエネルギーだけで生きていけるこの体は食事も排泄も必要ない。その分老いも成長も無理なのだ。だから俺はこの世に誕生した時から五十年近く生きた今でも、十代後半のひ弱な青年のような姿のままでいる。
不老不死とも違う、俺達は魔王によって生かされているだけの存在。魔王が勇者に負ければ、俺がいくら隠れてもきっと消滅する。五十年、長いようで案外短かった。あと何回冬を越せるだろう。死を間近に感じると、一分一秒が大事に思えてくるから不思議だ。人間になったようで少し嬉しい。仲間達と距離を置く代わりに、街で人間と交流をするようになり、今では人間が好きだった。
勿論それは俺の唯一の武器、チャームのおかげで皆が優しくしてくれたからでもある。
チャーム、魅惑、は俺が魔王から与えられた能力で、その名の通り、自分に好意を持たせられる魔力だ。しかしそこは出来損ない。同じ能力を持つ仲間に比べればその力は弱く、強い手下は能力だけで人を瞬時に洗脳し、命を自由に操れるのに比べ、俺は、なんとなく気になるなぁ、優しくしたいなぁと相手に思わせる程度で限界だった。それだけでも十分快適に過ごせるのだから、今はこの能力で満足している。
洞窟の中にある家具や寝具、今着ている服全て人間の好意で貰ったものだ。怪しまれるのを防ぐために日を空けて街に行くようにしているものの、行くたびに人間が好きになる。今日だってロキが痩せているのを気にした老人が手作りのおにぎりをたくさん持たせてくれた。でもそろそろ別の街に行く方がいいだろう。容姿がずっと同じだと気付かれれば、魔物なのがバレてきっと殺されてしまう。魔王が消滅するまではこの世界を楽しみたい。
雪道を歩き、半分凍っている川を見る。この時期でも特定の魚は川にいるはず。せっかくおにぎりを貰ったから、久しぶりに魚を獲って一緒に食べよう。栄養にはならなくても味覚はあるので食事は好きだ。洞窟に荷物を置いてから川に行こうと目を洞窟の方に向けて、足を止めた。洞窟の入り口に何かがある。なんだ、あれは。落石にしては大きい。慎重に近づくと、それが人の形をしている事に気づいて慌てて駆け寄った。
(やっぱり人だ!)
金髪の子供が何故か仰向けで倒れている。
「だ、だ、大丈夫?」
「……ん」
奇妙な服を着ている十歳程の子供は苦しそうに唸り、一度だけ俺を見た。緑色の瞳と目が合う。透き通っていて綺麗な目だった、とか今はどうでもいい。
「よっ、と」
荷物を持ち直し、空いた手で子供を肩に担ぐ。
「苦しいよな、少しだけ我慢してくれ」
子供は華奢に見えたが意外と重い。それでも並の人間より力がある俺からすれば数メール運ぶくらい余裕だった。軽く見たところ熱があるようなので、洞窟についてすぐに毛皮の上に寝かせ、近くで焚き火をする。本当は奥にある寝床用の穴に寝かせてあげたいが、あそこはまだ寒い。体が温まるまでは焚き火の近くにいてもらおう。
暑さと寒さに強い魔族と違い人間は弱い、この五十年で色々学んだのを生かし、我ながら素早く動く。まずは出入り口を半分木の板で閉じて、穴全体の温度を高めよう。換気の重要性を知っているからこそ、一応この洞窟の中には風が通る穴をいくつか作ってある。だから遠慮なく焚き火を大きくして薄着で過ごせるくらいまで中の温度を上げた。火が落ち着けば次は着替えだ。唸り続ける子供の服を脱がせ、濡らした布で汗を拭き、人間から貰った冬服で一番小さいものを着せる。毛皮の服のせいで小熊のようになってしまったが寒いよりはいいだろう。
(外傷は無かったし、とりあえずこのまま様子を見ればいいのかな)
着替えのついでに確認した体は不自然なほど綺麗でビックリした。それに脱がせた服は作りが良く、デザインも初めて見るものばかりだったから、貴族の可能性がある。
「でも、なんで貴族がこんなところに」
近くでとれる湧水を少しずつ飲ませれば、子供の表情が少しだけ柔らかくなった。でも時間はかかりそうだ。治癒能力を持つ魔物でも呼べばすぐ治るだろう。しかし本当に呼ぶほど平和ボケはしていない。
「俺に治す能力があればなぁ。ごめん」
早く良くなるようにと願いを込めて、もう一度水を飲ませた。
次に子供が目を開けたのは翌日の朝だった。少しスッキリしたような顔を見て安心する。
「起きたか。あ、火もうちょっと強くしたほうがいい?」
「誰?」
「俺は……ロキ。この洞窟に住んでる……えーっと、変人ってやつ」
絶対変なやつだと思われるのが分かっていたから先に自分から言っておく。魔族だと気付かれるよりはマシだろう。起き上がるのを手伝おうとして断られる。可愛い顔していて結構気が強そうだ。状態を起こした子供に水が入ったコップを渡せば無言で全て飲み、その後洞窟を見渡してこちらを見つめてきた。視線が痛いなぁ。
「一応言っておくけど、そっちが俺の家の前で倒れてたんだからな」
「僕は兄さんを探していたはずだ」
「そっか。とりあえず俺は悪くないぞ。嫌なら出ていけばいい」
「……出て行けって、ここはどこ?」
「ここはベアトーレ王国の――、――渓谷の、あー、待ってろ、今地図見せてやる」
「……は?」
キョトンとした顔は年相応で可愛い。洞窟の中にはいくつか穴があり、物置にしている所から湿っている地図を持ってきて今いる場所を教えてやる。子供は困惑したような顔で大人しく最後まで聞いていた。
「家はどこ? 名前は?」
「……新田三葉、十歳」
「ニッタミツバ? 変な名前だな」
「新田は名字で、三葉は名前」
「へぇ……聞き慣れない名前。ミツバは貴族か何かだろ。異国から来たのか?」
「異国と言われればまぁ、……ハーフだし。僕はお母さん似だからよく言われる」
「ハーフ?」
聞いた国はどちらも五十年生きてきて初めて聞く場所だった。どっか遠くの国の貴族が誘拐されたのだろう。これは困った。近い所なら送ってあげようとか考えていたけど、流石に国を離れるのは手下としてだいぶ困る。あと誘拐犯だと言われて目立てば、俺が何者かは関係なく速攻で処刑だろう。
「じゃあ体調が良くなったら近くの街に連れていってやるよ。そこなら、ここにいるよりはなんとかなると思う。でも見た目がちょっと」
「見た目が何」
「可愛い子は悪い奴らに高く売れるんだ。だから攫われないか気になってさ」
「可愛いって僕は男だよ」
「男を好きな悪い大人もたくさんいるんだ」
「……ロキは違うの?」
「違う。俺は変なやつだけど、一人で静かに生きていられればそれでいいし、なるべく面倒事は避けたいタイプ」
指差してヘラっと笑えば、そこでやっと子供、ミツバは安心したように肩の力を抜いた。
「じゃあ次は僕が質問してもいい? 倒れた時頭を打ったみたいで……記憶が曖昧なんだ」
「俺に答えられる事ならなんでも聞いてくれ。ご飯はどうする? 先に食べたいなら、これ、昨日のだからちょっと冷たくなってるけど、味は保証する」
渡したコップを取り上げ、葉っぱでくるんであるおにぎりを渡す。俺が食べるよりもミツバが食べた方がいい。
「いただき、ます」
何かを呟いてミツバは躊躇せずおにぎりにかぶりつく。良かった、食事が出来れば回復するのもきっと早い。その後焚き火の強さを調整しながらミツバの質問に答えていく。記憶障害はわりと深刻なようで、この国どころかこの世界の常識や知識がごそっと抜け落ちている。これでは生まれたての赤ん坊同然だ。ついでにミツバは行方不明になった兄を探しているようで、今の状況だとそれもきっと難しい。まずはミツバがちゃんと家に帰られるかを心配した方がいい。質問に全て返した後、ミツバは深いため息をついた。ぼそっと、夢ならいいのにと言ったような気がする。
そうだよな、心細いよな、そんな時に横にいるのが俺なら尚更だよな。
「もう一回寝てもいい?」
「ああ。明るくて寝られなかったら、奥の穴にちゃんとした寝床あるからそこ使えばいい。俺はちょっとだけ出かけてくる」
「どこに」
「すぐそこの川で魚獲ってくる」
人間のミツバは食事が必要だ。おにぎりばかりではいけないとミツバを置いて一度洞窟を出る。本当はもう一回街に行って薬や食料を調達したいが、移動で半日が終わってしまうので、ミツバの状態的にそれは厳しい。
晴れているうちに拾った釣竿で頑張って魚を数匹釣り上げ、昼に一度洞窟に戻る。ミツバは入ってすぐ、焚き火の近くで相変わらず寝ており、昨日よりは楽そうな表情をしていた。その顔を見ていたらなんだか俺も眠たくなり、ミツバの横に寝転がる。毛皮があるのでここでも寝られそうだ。入口から入ってくる換気用の風は俺の背中に当たるようにして、風除けの役目を果たしながら瞼を閉じた。起きた時、ミツバにかけてあった布が俺にかけてあり、かけてくれた本人は焚き火を眺めていた。
「あ、りがとう。体はどう?」
「だいぶ良くなった。その、こちらこそありがとう」
「え?」
「助けてもらったのに、ちゃんと言ってなかったから」
「ミツバはいい子だなぁ。てか、もう夜か」
疲れもあってかなり寝てしまっていたらしい。外も洞窟の中も暗く、慌てて壁に用意してあるロウソクに火を灯していく。これがあるだけでだいぶ中は明るくなる。一通りつけて、焚き火を挟んで向かい合うようにして座り、昼間獲った魚に不器用ながら木の枝を刺していく。ミツバはその間大人しくロキを眺めていた。でもそれだけだと暇なのだろう、ロキについて色々質問をしてくるようになった。
「ロキの事何も聞いてなかった。何歳なの?」
「ごじゅ……じゅ、十七歳くらい」
危ない普通に本当の年齢を言う所だった。お互いのためにも魔族なのは隠し通したい。よく周りから言われる年齢を適当に答えておく。
「じゃあ家族はどこに?」
家族、難しい質問だ。魔王や他の手下達とは魂が同じなだけで、家族と言われれば微妙だろう。
「いない。ずっと一人」
「寂しくない?」
「どうだろ。結構楽しくやってる」
「これからもずっとここで暮らすんだ?」
「まぁ、そうなるだろうな」
住みやすいように改造したこの洞窟はかなり気に入っている。広いし穴の数だけ部屋もあるし、なによりこの辺は人気が少なく静かだ。魚を焼いている途中も質問は止まらず、最後の方になるとどうでもいいような質問が増えてきた。
「結婚とかは興味ある?」
「ないなぁ」
結婚は種の繁栄の為にするもの、昔そう教えてもらったから、俺には縁のない話だろう。
(俺たちは戦うためだけに作られた存在だからな。自我があるだけで恵まれてる)
適当に誤魔化し、焼きたての美味しそうな魚をミツバに渡す。素直に受け取ったミツバが一口食べた後当然のように新しく焼けた魚を渡してきたので一瞬反応に困る。
(そ、っか、そうだよな、普通食べるか)
怪しまれないように受け取り食べる。美味しい。人間らしく振る舞うのは慣れているはずなのに、洞窟の中で気が緩んでいるからか油断すると素で反応してしまう。でもここで誰かと食事をするのは初めてだ。だから素直に嬉しいと言ってしまえば、ミツバは少し目を見開き、困惑したように黙り込んだ。
それからあっという間に数日が経ち、ミツバはすっかり元気になった。これなら街に行く体力もありそうだ。よく晴れた朝、近くの森に入り、二人は焚き火用の薪を集めていた。そのついでに、そろそろ街に一緒に行かないかと提案してみる。
「ちょっと考えたんだけどさ、俺の知り合いに宿屋の店主がいて、その人ならミツバの事よくしてくれると思うんだよ。働き手を探しているみたいだったし、衣食住付きで働きながら、家族を探すっていうのはどうだ?」
宿ならいろんな客が来る、自分なんかと二人きりで洞窟に籠るより家族が見つかる可能性は高い。そしてミツバを任せられる人に心当たりがあるなら、その人に任せるべきだ。すっかり顔色が良くなったミツバは、担いでいるカゴに枝を入れながら、曖昧な返事をした。
「……街には行ってみたいけど」
「じゃあ」
言いかけた所で、大きな鳥が視界に入った。あれは時々街で売られている高級な鳥だ。調理済みのものを何度か貰って食べたが、臭みが少なくかなり美味しかった。おまけに栄養価も高いので、高級食材にも関わらず売り場に出されればすぐに売り切れてしまう。俺が料理を貰えたのは魔力のおかげで普通なら手に入らない。それが今目の前にいる。
(最近魚と薬草と乾燥させた果物ばっかりだから欲しいかも)
貰った米が尽きたせいで最近食べるものが偏っていた。俺は別にいい。ミツバに合わせて食べているだけで、本来は魔王からのエネルギーだけで生きていける。でもミツバは人間だ。そろそろああいう肉も食べさせた方がいい。
(っていうのは分かってるけど、いざ見ると……で、デカいな。それに、なんか、ちょっと、あれを……こ、殺す、のか? 俺が?)
魚を捕まえて調理するのとする事は同じのはずなのに、生き物が変わっただけで動揺する。そういえば魚も最初は殺すのに抵抗があった。それがいつしか慣れて捌けるようにまでなったのだから、鳥だって、大丈夫な、はず。
「ロキ?」
「今日は肉料理だ。ハハハ」
「……顔色悪いよ、大丈夫?」
「あ、待て! ミツバ、そこで待ってろ」
荷物になるカゴを渡し、ナイフをちゃんと持ってきた事を確認してから、逃げる鳥を追いかける。狩はすぐに成功した。かなり大きい鳥だったから、何日かはこれだけで腹を満たせそうだ。ミツバと合流した後すぐに戻り、早めの昼食の準備をする。捌いて味をつけて焼き、残った分は保存食としてミツバが廃材で作ってくれた冷蔵庫とやらに入れる。美味しそうな匂いが洞窟の中に充満する中、俺は目の前に置いた焼き鳥をただ静かに眺めた。
「たくさんあるからどんどん食べてくれ」
「ロキもね」
「俺は……ちょっと」
「そうだ、今日は天気いいから外で食べよう」
何かを察したミツバが料理を持って俺を外に連れ出す。冷たい風に当たると少しだけ気分がマシになった。珍しく二人並んで座る。なんだか今日は距離が近いな。
「気分はどう?」
「え、あぁ、マシになった。ありがとう」
「もしかして、この鳥のせい?」
「……その、ちゃんと狩をするのは初めてだったから、驚いて、情けない所見せたな。ごめん」
「なんで急にする気になったの」
「この鳥凄く美味しいから食べてもらいたくて……ほら、最近同じ物ばっかりだったし。冷めないうちに食べよう」
「僕の為なんだ」
いざそう言われるとカッコつけているみたいで恥ずかしい。でも実際はそうだ。俺なりにミツバの事を大事に思っていりからこその行動だ。
「まぁ、うん」
「そんな顔色悪くしてまで頑張ってくれなくても……ううん……ありがと、じゃあロキに魔法の言葉教えてあげる」
「えっ魔法使えるのか?」
急に魔法使い説が出てきて驚く。
「そーそー、誰でも使える魔法」
「嘘つくな、魔法は」
「じゃあこうやって手を合わせて」
胸の前で手を合わせるように指示されとりあえず真似をしてみる。これミツバが食事の時によくやるポーズだ。この後確か何かを呟くんだよな。
「そして、いただきますって言うんだよ」
「ミツバがよく言うやつだよな……イタ、ダキマス」
「うん。これは料理に関わった人、あとは素材そのものに感謝を表す言葉なんだ」
「感謝の言葉?」
「命をいただきます、ありがとうございますって心を込めて言ってそれから食べる」
心を込めて、か。
「イタダキマス」
殺めた鳥に感謝と謝罪を心を込めてする。口に出しただけなのに、気持ちが少しだけ楽になった。いただきますってめちゃくちゃいい言葉だな。ミツバは毎回感謝していたのか。これはいい。魚のように、鳥も殺して食べる行為に慣れてしまうのが怖かった、でもこの言葉を毎回心を込めて言えば、命の重みを感じられる。まさに魔法のようだ。
「ミツバ、ありがとう」
横を見れば、こちらを見上げていたミツバと目が合う。光を反射してキラキラ光る美しい瞳に俺が映っていて、そこに映る自分は不思議といつもよりマシに見えた。危ない、勘違いするな。相変わらずボサボサの赤髪、地味な顔、ガリガリの体、どこもいつもと一緒だ。少し冷めてしまった鳥を味わいながら食べていく。軽く調理しただけなのに、今までで食べた料理の中でこれが一番美味しかった。
この日を境に、何故かミツバとの距離が縮まったような気がする。
変化はいくつもある、まずは会話だ。
俺にしつこいくらい話しかけてくるようになった。そして普段から物理的に距離が近い。たまに近すぎてぶつかるくらい近い。懐かれている分にはちょっと嬉しいが、寝るときは力強くしがみついてくるので、それはちょっとやめてほしい。急に鍛え出したせいで力がどんどん強くなっているのだ。母方の血が濃いから筋肉がつきやすいとかで、トレーニングするたびに体が大きくなっている。縦にも横にも成長するので数年後には色々抜かれそうで恐ろしい。
あと俺だけだと頼りないからか、狩も率先してやってくれるようになった。罠まで手作りで作って、毎日の食事が豪華だ。
♢♢♢
二人での生活が意外と快適すぎてあっという間に一年が過ぎた。
その間何度かミツバを街に誘うも、留守番がいいと断られていたがそろそろ連れて行きたい。
兄探しは勿論、街の楽しさや素晴らしさをどうしてもミツバに知ってほしかった。
(俺はいつまで一緒にいられるか分からないし)
「あのさ、今日は一緒に行こう」
最近新調した冬服を今日着ようか悩んでいたミツバに声をかける。俺はいつも通り黒っぽいコートと、顔半分を隠すマフラーを身につけてすぐに出られる状態だ。
「僕はいつも通り留守番がいいな」
「今日はその、あれだ、ミツバの誕生日プレゼントを選びたいんだ」
「え……」
ミツバが冬生まれだと知って、これは使えると思った。
どのみちプレゼントはあげたかったし、これなら自然な感じで誘えるだろう。
「俺プレゼントとか初めてだから失敗したくない」
「無理しなくていいよ。それにお金はどうするの」
「あーっ、と、実はこっそり宝石の原石拾って売ってたんだ。だからちょっとならある」
この一年、街の人の手伝いをしてお小遣いを貰い、全ての金をミツバに管理して貰っていた。だから最近自分だけ使える金を稼ぐ為に、少し離れた場所にある採石場から宝石の原石を拾い現金化していた。
「ロキから貰えるものなら、その辺に落ちている石でも嬉しいよ。だからもう僕に黙って危ない事するのやめて。採石場ってあの崖の事を言ってる? あそこはいつ土砂崩れが起きるか分からないから立ち入り禁止のはずだよね」
「……はぃ」
子供に真剣に怒られる。でも優しいミツバは俺の努力を無駄にしないよう、一緒に街に行くと言ってくれた。結局新調したばかりのブラウンのコートを着たミツバと仲良く街まで歩く。休みながら行っても昼過ぎには着くはずだ。様子を見て泊まるのもいいな。金ならある。
「去年はちゃんと祝えなかったから、今年は祝わせてくれ」
最近世話になりっぱなしだから、今日くらいはしっかり大人の余裕を見せたい。見た目は似たような年齢だけど、一応こっちは五十年以上生きている大人だぞ。
「嬉しいけど、ロキは張り切ると空回りするからほどほどにね」
大人の余裕を……見せられるのだろうか。不安になりつつ、俺と手を繋ぎたいと願うミツバはまだまだ子供で、可愛らしい。洞窟の周りにはいくつか大きな街があり、今日は一番近い場所を選んだ。冬にも関わらず街全体賑わっており、住宅街を抜ければ市場や飲食店が並ぶ大通りに出る。魔王との戦いで苦労していても流石は大国ベアトーレ王国、王都から離れている所ですら十分に栄えている。
「すごい」
渋っていたミツバも街を見れば目を輝かせて周りをキョロキョロと見渡す。
あれは何、これは何、と質問が続く。
「分かった、全部答えてやるから、先にご飯食べてその後プレゼント見に行こう」
ミツバが嬉しいと俺も嬉しい。好きな店をミツバと回り、思う存分楽しむ。すれ違う知り合いに挨拶を返しながら、目的の宝石店に着いた。
「あらロキちゃんいらっしゃい。待っていたわよ〜。その子が例の可愛い子?」
「可愛い子? ロキ、この人は何を言ってるの」
「その、可愛いのは事実なんだからいいだろ。――さん、アレもう出来てる?」
ここはロキが宝石の原石を拾って売っていた場所だ。女店主は俺たちを顧客用の上質なソファに座らせ、目の前にある丸テーブルにいくつかの宝石を出した。全て俺が売った物をカット加工したものだ。
「――さんに原石を売る時にお願いしてたんだ。加工したやつを売るなら、一番最初にそれを身につけるのはミツバがいいって」
「ロキちゃんにお願いされた時は誰かにプロポーズでもするのかと思ってドキドキしちゃったわ。聞いたら世話している子供にあげたいって言うし、それはそれで感動したのよね」
「ミツバは顔いいから、アクセサリーとか似合いそうだろ。石を選べば、あとはそれを好きなアクセサリーにつけてくれるらしい。どれがいい? 好きな石を選んでくれ」
王族のようにキラキラしているから、やっぱりダイヤモンドがいいかもな。色で言うとピンク色なんかもも似合いそうだ。しかしミツバが選んだのはルビーだった。こんなに種類があるのに、なんでまた俺の髪色のような色を選ぶ。
「もっと明るいやつの方がいいんじゃないか」
「好きなのを選んでいいって言ったよね?」
「お、う……じゃあ……これで」
「そうだ。ピアスにしたいんですけど、出来ますか」
「穴無いだろ?」
「これを機に開けるつもり」
「じゃあイヤリングはどうだ?」
「ピアスの方が落とさないから。それと片方はロキがつけてね」
「俺ピアスはちょっと。痛いの嫌だし」
「……一緒に頑張ろ。僕の誕生日なんだから、お願い、聞いてくれるよね?」
ハッキリと圧を感じる。こういう時は素直に従った方がいい。結局何故かお揃いのピアスをする事が決定し、一カ月後には完成すると説明を受ける。店を出てすぐ、気が変わる前にとピアスホールが作れる店に連れられ仲良く一緒に穴を開けた。俺はどうせ片方だけだからと右を開け、ミツバは左だけ開けた。人生初ピアス。耳は熱いし髪が当たるだけで痛い。
安定するまでは仮のピアスをずっとしたまま生活しろとか言われたけど、違和感がありすぎて地味に辛い。魔王の手下がこんなんで笑える。
(俺みたいなやつがピアスなんかしてたら、もっと怪しい見た目になりそう)
横で涼しい顔をしているミツバならなんでも似合うからいいけど、もしかして、サプライズした事をまだ怒ってて、その仕返しをされたのだろうか。そうだとしたらそれはそれで子供らしくて可愛い。結局ミツバから何をされても可愛いで許してしまう。
「暗くなってきたね。早く帰ろう」
「あ、待って」
手を握り、帰り道に向かって歩き出そうとしたミツバを引き止める。
「今日はもうこの街に泊まって行こう。知り合いがいる宿がすぐ近くにあるんだ」
「宿……」
いくら近い街を選んだといってもそれなりに距離がある。今から帰れば途中で夜になってしまう。暗闇でも普通に見える俺だけならいいけど、今日は人間のミツバがいる。帰るなら明日の朝がいい。ちょうど以前ミツバに話した宿がすぐ近くにある。店主に紹介するついでに、ミツバの家族について何か情報はあるか聞くつもりだ。目的の宿に着けば入口の前で早速店主に会った。髪が薄くなった頭皮を撫でながら愛嬌のある笑みでこちらに話しかけてくれる。夫婦と住み込みの従業員数名で経営している四階建の立派な宿は相変わらず人気で、チェックインの時間だからか話している間も客が何人も横切って行く。念のためマフラーの向きを調整して、顔をさりげなく隠した。
「ロキ! 久しぶりだな! 部屋余ってるから泊まってくか? お前いつも日帰りだからたまにはゆっくりしていけ! そっちのキラキラした子供は……」
「ミツバだ。後で詳しく話すけど、こいつ兄を……」
探していると言いかけて、ミツバがいきなり腕に抱きついて話を遮ってきた。
「兄をこれからも宜しくお願いしますって言いにきた弟のミツバです。よろしくお願いします」
こいつ、急に弟宣言してどういうつもりだ。素直な店主は絶対今の信じてしまった。
「ロキに弟がいたなんて初耳だ。旅行かなんかで来たのか?」
「はい! 兄さんが街を案内してくれるって連れてきてくれたんです。お言葉に甘えて宿泊させてもらってもいいでしょうか」
「ちょ、ミツバ、待って」
「おうおういい兄弟だ! じゃあこのまま受付済ませるぞ、ついてこい」
「お金はいくらですか?」
「金? タダに決まってんだろ。ロキにはいつも色々手伝ってもらってるからな」
ほらよ、とルームキーを渡され、訂正する前に部屋に押し込められた。中には広い洋室が二つ、内一つは寝室でベッドが二つ並んでいる。
風呂、トイレは部屋にあり、食事は一階の食堂で夜と明日の朝二回食べられる。
「へぇ、綺麗な部屋だね」
床に荷物を置き、ソファで楽にするミツバの肩を思い切り掴んで揺らす。
「なんであんな嘘つくんだよ! あの店主は絶対信じるぞ」
「もう弟みたいなものでしょ」
「でもいつかはここに住み込みで働いて本当の家族を探すのに、そんな嘘ついたら頼めなくなる」
「あ〜前もそんな事言っていたね。でも僕今は兄さんを探すより、ロキといる方が楽しいんだ。だから今はこのままでいいよ。ねぇねぇ夜ご飯は何かな、あ、あそこになんか置いてある」
隙を見て逃げられた。
「はぁ……俺はミツバの事を思って……」
「浴槽あるよ! いつもお湯で髪を濡らしたり体拭くだけだから嬉しいなぁ」
(まぁ、今はまだいいか)
とりあえず楽しそうなミツバを見れただけで良かった。でもいつかの為に、ちゃんと話し合う日も作ろう。今日街をブラブラしているだけでも勇者と魔王の話が耳に入ってきた。どうやら勇者は順調に魔族を減らし、魔王に近づいているようだ。魔族を作るには魔力の消費が激しい。だから作るペースよりも倒すペースの方が早ければ、いずれは魔王にたどり着くだろう。
しんみりするのが嫌で一度顔を横に振る。
「っぃ」
振動で耳が揺れ痛みを思い出す。ピアスを開けたのを忘れていた。
「大丈夫? わぁ、結構腫れてる」
「ミツバは大丈夫か?」
「また僕の心配ばっかりする。僕は大丈夫」
正面から抱きついてきたミツバを抱き返す。予期せぬタイミングでぬくもりを感じ、痛みとは違う涙が少しだけ込み上げてきた。
翌日の朝、朝食を済ませチェックアウトギリギリまで部屋にいた二人は、店主達に礼を言って宿を後にした。ミツバとのお泊まりはかなり良かった。毎日一緒にいても場所が変わると新しい発見があり、楽しい。
「ピアスが完成したら、また一緒にここに来ようか。ミツバ?」
どこかを気にしているミツバの視線の先には女性三人がいた。こちらをチラチラ見て、小声で何かを言っている。
(なんだろ、ミツバが可愛いから噂してるのか)
王族と言われても信じてしまいそうな容姿なので盗み見したくなる気持ちは分かる。女性達は俺達が気付いたと分かるとすぐにどこかに行ってしまった。
この日、ミツバは街が気に入ったようで、完成したピアスを取りに行く時も当然のようについてきた。ルビーが埋め込まれたピアスを店の中で二人同時につける。
(結構いいかもな)
髪と同じ色だからか俺でもわりと似合っている気がした。ミツバの方は可愛さの中に大人っぽさが混じり子供のくせに色気が増している。
「ロキ、どう? 似合う?」
「おお」
「二人とも似合っているわよ。あ、ちょっと待っててね」
女店主は店の入り口で他の客と喋り、何かに驚く。嬉しそうな声だったのでつい見てしまうと、客が帰った後に教えてくれた。
「裏通りのパン屋さん分かる? あそこの主人のお母さん、確か今年で八十歳だったかしら、療養の為に三十年前に引越したんだけど、こっちに戻ってくるらしいわ。まぁ、ロキはあった事ないだろうけど、いい人だからパン屋に寄った時挨拶したら?」
(パン屋の主人のお母さん)
一気に血の気が引く。主人もその母親の方も面識がある。三十年前、俺はその母親の方に良くしてもらっていた。会うたびにできたてのパンを持たせてくれて、俺の体をいつも心配してくれたのだ。私の方が先に病気になっちゃったわ、と明るく笑って街を出たのをきっかけに俺もこの街を出て距離を置き、そして最近来るようになったら、その女性も戻ってきた……彼女だけ歳をとって。彼女に見られたら絶対俺が魔族だと気付かれる。
「その人っていつ戻って来るとか聞いた?」
「明日の午後だって。どうせ今日も泊まっていくんでしょ? ならついでに行ったらどう?」
「……考えておく。ピアスありがとう、じゃあ、また」
本音を言えば彼女に会いたい。しかし、どう考えてもリスクが高すぎる。
(この街に来られるのはもう最後かもな)
寂しいが、別の街に行くようにしよう。大丈夫、こういう事を繰り返して魔物だとバレないように生きてきた。ただしミツバはどうだろう。一人で生かせるのはまだ不安だが、この街を気に入ったなら好きなだけ行き来させてあげたい。それからの事はあまり覚えていない。
ピアスを受け取ったのを最後に、俺はこの街に行くのをやめた。
♢♢♢
ミツバと過ごすようになって四度目の冬、俺は相変わらずだが、最近十四歳になったミツバはかなり変わった。百七十センチある俺と目線がほぼ同じ、鍛えまくったせいで体格は俺より良く、顔も美少年から美形になりつつある。しかしまだまだ子供だ。
体の成長に合わせて広々と寝られる専用の寝床を作ったのに、そこは今物置状態、ミツバはいまだに俺と狭い穴の中でぎゅうぎゅうになって寝ている。
(尻に当たるやつだけなんとかならないかなぁ)
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