第3話 転

「これはケヤキかな。大きいねー」


 そう言ってミキが指差した木は確かに、他と比べても大きなものだった。


「ケヤキって大きな木なの?」

「そうだよ。それで、この木も秋になると綺麗だねー」

「へえー」

「けやきって名前にはね。目立つとか、とても優れているとか、そういう意味がこめられてるんだって。凄いよね!」

「凄い木だ」

「うん、この木は……樹齢は何年くらいなんだろう?」

「切り株を見れば、その木の年齢が分かるって言うよね。年輪ってやつだったか」

「そうそれ! でも私たちがこの木を切るわけにはいかないね」

「それは困った」

「確か木の年齢の調べ方は他にもあるんだけど、今度お母さんに聞いてみるね!」

「ミキのお母さんは木に詳しいんだ?」

「そうだよー。今そういう仕事をして居るわけじゃないんだけど、大学時代に勉強してたんだってさ」

「へえ。凄い」

「私は大学行けるかも怪しいかも」

「どの大学を目指すの?」

「それは決めてないけどね。できれば君と同じ大学が良いかなー」

「じゃあ一緒に頑張ろう」

「うん! 頑張ろう!」

「そのための休息もできているしね」

「今日はちゃんと休憩になってる?」

「なってるよ」

「なら良かった!」

「ミキがいるおかげでたっぷり癒された」

「さっきも私に癒されるって言ってたね」

「うん」

「何度聞いても嬉しいな。君のためにマッサージとか覚えちゃおうかな」

「それよりは勉強に集中した方が良いのでは?」

「そうかもしれないけどー。でも私は君のために、マッサージ覚えたいなー」

「どうしても?」

「どうしても!」

「なら仕方ないか。僕も一緒にマッサージを覚えたいな」

「私にマッサージしてくれるの?」

「そう……なるのかな?」

「へえー。君、エッチなこと考えてない?」

「考えてないよ」

「うぉ!? 即答! それはそれで複雑な気持ち?」

「どうして複雑な気持ちになるのさ?」

「君の彼女としては? ちょっとくらいはエッチな目で見られてても良いというか、異性として少しは意識してほしいというか」

「ああ、そういうこと」

「君から見た私って魅力に乏しい?」

「そんなことはないよ。むしろ魅力的だよ」

「エッチな目では見ないのに?」

「うーん。異性として意識しないわけじゃないんだよ。ただ、マッサージと結び付かなかった」

「……君ってそういうところあるよねー」

「そういうところ?」

「君が素敵ってことだよー」

「素敵かな? 抜けてるなーとか考えてたんじゃない?」

「まー、ちょびっとね」

「ちょびっと考えてたか。素直でよろしい」

「そーそー。私は素直なのだ!」

「ま、そのうちマッサージを頼むよ。楽しみにしてる」

「おー! 楽しみにしてて。君の疲れがぶっとぶ、とびっきりのマッサージを覚えるからねー!」

「とびきりか。痛くはしないでくれると助かるよ」

「善処します!」

「本当、君は元気が良い。それでいて、その元気を分けてもらえる気がする」

「およ? そうなの?」

「君と居ると癒されるし、元気も貰える」

「えへへー。それほどでも、あるけどー」

「君、実は魔法的ななにかを使ってるんじゃないか? 回りにバフをまく感じの」

「私はバッファーだったかー。支援系の魔法使いだね!」

「僕の役職はなんだろう?」

「やっぱり戦士っしょー」

「僕はどちらかといえば魔法使い的なジョブだと思うんだけどな」

「ふむー。後衛職が二人だとバランスが悪いんじゃがのー」

「バランスが悪くたって良いんじゃない? 魔法使いが二人ってのも面白いよ」

「縛りパーティーだね!」

「そうだよ。僕たちは好きで魔法使い二人のパーティーをやってるんだ」

「ふむむー。なるほどねー。私、分かっちゃった」

「何が分かっちゃったの?」

「君の素敵なところ。まー君は他にも素敵なところはたくさんあるけど君はありのままを、ありのままに認めてるんだよね」

「そうかな。僕はさっきから君の言う、戦士の提案を凄く嫌がってたじゃないか」

「それはありのままじゃないからね」

「と、言うと?」

「私は君にこうあってほしいって思う時がある。例えば戦士であってほしいとかね」

「うん」

「でも君は自分がそういうキャラじゃないことを分かってる。だから魔法使いで良いって言うんだねー」

「それって素敵なところかな? 無理して誉めてない?」

「いーや。自分をありのままに認めるって難しいんだよ?」

「そうなの?」

「そーだよ! 私も色々認めたくないんだよー。私の体重とか。勉強をできないところとかー。認めたくはないんじゃよー」

「体重は……問題なさそうに思えるけど」

「私は今の体重でも気にしちゃうんだよねー。ま、その話は置いといて」

「置いとくんだ」

「私ってダイエットとかできないからねー。それでも時々、痩せようと努力してみたりするけど」

「プリンとか食べちゃうんだね」

「そう! って、この話は置いておくんだった!」

「うん」

「勉強をできないところとか含めてさ。私は認めたくないんだよねー。私の場合はそれが原動力になったりもするけど」

「僕の場合はそうじゃない」

「君はありのままの自分を、ありのままに認めてるんだ。だから君はいつも自然体で、そんな君だから一緒に居て落ち着くんだねー」

「だからミキは僕の彼女になってくれたの?」

「そうじゃよ。と言いたいところだけどね」

「違うの?」

「私はそれをさっきまで、はっきりとは分かってなかった。言語化も難しかった」

「なるほど」

「でも君と付き合う前から、私は君に感じてるものがあったんだと思うよー」

「そうなんだね」

「だからね。君はこれからも私の落ち着く居場所で居てね?」

「いいよ。その代わり僕はミキに元気と癒しを要求しようか」

「あはは。じゃあこれは取引?」

「そうかもしれない。でも」

「でも?」

「ミキとは取引とか考えなくて、ただ一緒に居るのが良いと思う」

「取引とか、考えなくて、かー。そうだね!」


 ミキは楽しそうに笑う。そこに彼女との信頼が感じられる。


「私も君とは自然体な付き合いでいたい。私はいつも自然体な君を好きなんだから」

「そうしよう」

「きっとね。私たちって何者かになりたいと思っていて」

「うん」

「でも、私には何かになるために、なんにも足りてないものがあることが認めたくなくて」

「うん」

「だから悩んじゃうんだよね」

「僕も何かになりたいと悩んでる。僕が、今の僕を素直に認められているといっても、僕は何者になるべきかが分からない」

「そうだね。でもさ!」


 ミキはニッと笑う。僕の不安を和らげるように。


「私、君と一緒なら、なんとかなるって思う!」

「それは嬉しい言葉だ」

「そうじゃろう。そうじゃろう。で、君もさ。私と一緒に居て、なんとかなるんじゃないかな?」

「君の言葉を聞くと……僕にもそう思える」


 やっぱり、ミキは元気をくれる。それに癒しも。


「……もうすぐ森林浴も終わりだね」

「うん! そうだね! 最後まで、しっかり癒されていってね!」

「僕だけじゃなくて、ミキもだよ。最後までしっかり癒されないと」

「ういういー。分かってるって。私も全力で落ち着いているとも!」

「全力で落ち着くってどういう状態なんだろう?」

「今の私みたいな状態かな!?」

「それって全力で落ち着いてるんだ?」

「たぶんね!」


 ミキがおもいっきりサムズアップして、それが、なんだか面白くて僕たちは一緒に笑った。


 今日は、色々な気付きがあった日だと思う。きっと僕の心に残る大切な一日になる。


「ミキ」

「なに?」

「帰るまでが森林浴だよ」

「あはは! 遠足か!」


 彼女と一緒に歩くのは楽しいな。


 この道が、どこまでも続いてたら良いのにな。

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