第26話

「……あ。ルーニャ、今日の夕ご飯、任せていい?」


「はいっ!」



 リアの言葉に、ルーニャは大きく頷く。


 早速、彼女は夕食の準備を始めた。


 先ほどのリアの言葉から察するに、こういった作業は彼女たち奴隷には叩き込まれているのだろう。


 ルーニャがご飯を作ってくれている間に、俺たちは自分の荷物の整理や、次のダンジョンに潜るための準備を始める。


 そうしているうちに、すぐに晩御飯の時間になった。



「ご飯、できました」



 ルーニャが俺の部屋にそっと顔を出し、そう告げる。


 その表情はやわらかく、奴隷市場で観たものとは別物だ。


 俺は彼女のあとに続くように一階に降りていき、そこに並んだ料理に声を上げた。



「おお、おいしそう」


「ほんとだ。やー、こういうのもいいもんね」



 あとからやってきたリアも、嬉しそうな声を上げる。 


 テーブル上に並んだパンやスープ、鶏肉のソテーなど、おいしそうな料理が湯気を立てている。


 ルーニャは照れくさそうに髪をいじっていて、部屋の隅に立っていた。



 そこで違和感に気付く。



「ん? ルーニャの分は?」


「へっ……?」



 テーブルの上に並んだ料理は、二人分。俺とリアの分だろう。


 そこにルーニャの分は含まれていない。


 だが、そう言った俺のほうがおかしいみたいに、ルーニャは困惑している。


 すると、リアがそっと耳打ちしてきた。



「普通、奴隷はいっしょに食事しないんだって。そういう教育も受けてる。同じ料理だって食べないもんよ」


「えっそうなの? でもそんな決まりがあるわけじゃないでしょ? ルーニャもこっち来て食べなよ」


「えっ……、あの、でも……」


「いいっていいって。あれ、もしかして、ルーニャの分ってない? 俺たちの分だけ? じゃあ、俺のを半分あげるから。皿こっちだよね」



 騒ぎ始めた俺に、ルーニャはただオロオロしていた。


 リアが「ん」と皿を出してくれたので、ありがたく受け取る。


 そこに俺の分の料理を、分けていく。



「……クウ。それだとあなたの分が足りなくなるでしょう。わたしのも分けるから、あんまり渡さない」



 そう言いながら、リアは同じように皿へ自分の分を取り分けた。


 三人分の皿がテーブルに並び、ルーニャは呆然とそれを見つめている。


 リアが「ほら。せっかくのご飯が冷めちゃうから」と席に座るよう促した。


 おそるおそる、ルーニャは席に着く。


 そして、俺とリアは料理に手を付け始めた。



「ん。んまい……。ルーニャすごいな。これおいしいよ」


「ほんとだ……。わー、これいいわね。今度から、家でこのご飯が食べられるんでしょ?」


 


 ワイワイしながら食べていたが、それでもルーニャはなかなか手を伸ばさなかった。


 だが、ゆっくりと食器を持つと、スープを口に含む。


 そして、はっとした様子でスープを見て、そのまま顔をくしゃりとさせた。



「おいしいです、とっても……」



 そう言って、ゆっくりと手を動かし続けた。


 その表情は泣き出しそうなものだったものの、けれど嬉しそうだった。



 


 食事が終わり、そろそろ片付けようかという段階になって。



『クウさん。忘れていませんか? 〝観察眼〟ですよ、〝観察眼〟』


「あ、忘れてた」


「ん? どうしたの、クウ」



 リアに反応されたので、何も考えずに女神アリスの言葉をそのまま告げる。



「いや、ルーニャを〝観察眼〟で見てみようと思って」


「? なんで?」


「なんで……」



 至極真っ当な疑問をぶつけられ、視線を傍らにいた女神アリスに向ける。


 彼女はゆっくりと頷く。



『彼女には、大きな才能が眠っているかもしれないからです』


「ルーニャには、大きな才能が眠っているかもしれないんだってさ」


「なんで他人事?」



 怪訝そうにこちらを見るリアと、わかっておらず首を傾げるルーニャ。


 俺は苦笑しながら、彼女に説明をした。



「俺はクラフト師なんだけど、人を見る目がある。〝観察眼〟っていうスキルがあるから。これで人の才能を見抜くことができるんだけど、ルーニャにそれを使ってもいい?」


「はい……、大丈夫、ですけど」


 


 説明しても、ルーニャは不思議そうにしていた。


 まぁそれもそうだ。俺も正直、女神アリスの思惑が読めない。


 ただ彼女の言うとおり、ルーニャに向かって〝観察眼〟を使う。


 すると、たくさんの彼女の情報が頭の中に入ってきた。



 俺の〝観察眼〟でわかることは、その人の才能の有無や簡単な善悪。


 彼女が魔物とのハーフであること、その魔物の正体、そういった情報は入ってこない。


 そのことに正直ほっとしながら、彼女を見続けていると――。



「……んっ!?」


 


 思わず、俺は立ち上がってしまった。


 リアとルーニャがビクっと身体を揺らし、俺を見上げる。


 それさえも気にする余裕はなく、俺はじっとルーニャを見下ろしていた。



 最初はリアのように、何か剣技の才能でもあるのかと思った。


 しかし、そういった才能は彼女には特にない。どころか、武具の類はまるきり扱えない、というくらいに才能がなかった。


 だが、ひとつのステータスが飛びぬけている。

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