第25話

「ふい~……、あがったわよ」


「お、お風呂あがりました……!」



 しばらく待っていると、ふたりが湯上りの状態でやってきた。


 リアは鎧を外し、その下の真っ黒な布の服を着ている。見慣れた服装である。ゆくゆくは部屋着を揃えることもあるだろう。


 彼女は長い赤い髪を降ろしており、サラサラと揺らしている。その色っぽい姿と、身体のラインが出ている簡素な布の服に、俺は毎回ドキドキしてしまう。



『…………………………』



 まぁドキドキするたびに、「なに見とんねんオラ年頃の乙女やぞ」という顔で女神アリスが睨んでくるので、目を逸らすのだが。


 ルーニャはルーニャで、ボサボサだった髪がすっかり綺麗になっている。薄汚れた身体はしっかり綺麗にしてもらい、頭のツノを除けばごくごく普通の女の子に見えた。


 あとは、服装をどうにかしてくれれば。



「あ、ごめん。渡しておけばよかったな。ルーニャ、その服もうボロボロだから捨てちゃいなよ。代わりに、これを着ればいい」


 


 俺はそう言って、先ほど作ったばかりの布の服を手渡す。


 動きやすく、かつ女の子が着てもよさそうな可愛らしい服をクラフトしたつもりだ。



「もし、趣味に合わないようなら言って。作り直すから」


「あ、いいな。クウ、わたしのも作ってくれない?」


「いいよ。どんなのがいい?」


「家で過ごせる楽なやつ~」



 にへら、っと笑うリアのために、どうしようかな、と思案していると、ルーニャがじっと服を見つめていることに気付いた。


 趣味に合わなかったのかと思いきや、キラキラした目でこちらを見る。



「ここここれ、わたしが着てもいいんですか……っ?」


「ん? うん。君のために作ったやつだから。たぶん、サイズは大丈夫だと思うけど……、合わないようなら言ってよ。すぐ調整できるし」


「こういうとき、クラフト師って便利よね~。なりたいとは思わないけど」


「バカにしてる?」


「褒めてんじゃん~」



 風呂上がりだからか、リアと俺がゆるゆるの会話をしていると、ルーニャはガバッと頭を下げて、「ありがとうございます……!」と言いながら、早速服を脱ぎ始め――。



「うおおおおおおおおおおいッ!」


『うおおおおおおおおおおいッ!』



 俺と女神とはとても思えない濁った声が重なり、彼女の蛮行を止める。


 リアもおかしな格好で止まっていた。


 そのまま、彼女がゆっくりと告げる。


 


「……ちゃんと部屋で着替えましょう。ね? 男の人もいるから」


「あ、は、はい……」


 


 ルーニャはそこで初めて気付いたようで、ポッと顔を赤くして二階へと上がっていった。


 なんとも慌ただしかったが、ようやくそこで落ち着いた静寂が訪れる。


 ふぅ~……、と何とはなしにふたり同時にため息を漏らした。


 そうしてから、リアが静かに口を開く。



「あの子の身体ね、綺麗なもんだったわ」


「え……。急になに……。そういうこと人に言うの、あんまよくないんじゃない? 俺、男なんだけど」


『そうですよ。女の子の裸の情報なんて、絶対人に言うべきじゃないですよ』


「は? ……あ、いや。そういうのじゃなくて。あぁそうか。あなたはずっとそうか……。んー、なんていうか。あの子は魔物とのハーフなわけじゃない」


「……うん」


「クウってなんだか変に常識に捕らわれてないっていうか、わかってなさそうだから言うけどね。魔物の子なんてね、本当に世間から嫌われてるの。あの商人や周りの子の反応が普通。化け物の子だもの。おぞましいって思われてる。正直、わたしもその印象は拭えない……」


「……リアもそういう目で見ちゃうんだ?」


「うん。でもね、さっきあの子とお風呂に入ってね、本当にツノ以外は人間と同じなんだよね。で、なんか拍子抜けしちゃったというか……。家とかさ、親の都合なんてさ、子供には関係ない。そんなこと、わたしが一番わかってたはずなのにな~……、って」



 そう言って、リアは髪をガシガシと搔きながらため息を漏らす。


 そして、こちらの肩をぽんと叩いてきた。



「だから、今はそれに気付けてちょっと嬉しい。ありがとね」


「……俺は何もしてないよ」


「ううん。そうかもしれない。これはわたし自身が気付いた、わたしの功績かな」


「手のひらひっくり返されまくると、それはそれで複雑なんだけど」



 俺の答えに、リアはけらけらと笑う。冗談だったらしい。


 そして、二階からルーニャが下りてきた。


 ぎこちなく、そろそろとした様子で恥ずかしそうにしているものの、観念したように姿を見せた。



「お、かわいいかわいい。ルーニャ、よく似合ってるよ~」


「うん。いいと思う」


「そ、そうでしょうか……、ありがとうございます……」


 


 顔を真っ赤にして頭を下げるルーニャは、とても可愛かった。 


 適度にひらひらした女の子らしい服装は、よく似合っている。


 頭のツノ以外には、本当に人間しか見えないし、奴隷にも見えない。


 思えば、街中で「この人、奴隷だな……」と思うような人はいなかったし、普通は奴隷と言ってもこんなものなのかもしれない。


 ただ、そこで彼女が市場ではツノを隠していたことを思い出す。


 おそらく癖になっているのか、今も時折ツノを手で抑えるような仕草をしていた。



「ふむ……」


 


 俺は残っていた布を掴み、「クラフト」と声を掛ける。


 すると、その布はすぐさま形状を変化させた。


 そのまま、それを彼女に手渡す。



「ルーニャ。もし、外でツノを隠したいんならこの帽子をかぶるといいよ。気にしてないなら別にいいんだけど」



 俺が作った帽子は、彼女のツノの形状にぴょこんと跳ねた帽子だった。


 可愛らしいデザインになっているが、まさかその下に本物のツノが隠れているとは思わないだろう。


 リアも「あらかわいい」と頷いていた。


 そして、肝心のルーニャは……。



「……っ!」



 服のときよりもキラキラした目で、帽子を見つめていた。


 そして、興奮気味に「ご、ご主人さまっ……、こ、これ家の中でもかぶっていていいですか……!?」とこちらに尋ねてくる。



「え、別にいいけど……。そんなに気に入ったの? あ、でもご主人様はやめて……。クウでいいからさ」


「は、はいっ……!」



 聴いているのかいないのか、ルーニャはすぐさま帽子をかぶった。


 ツノが隠れると、そこにいるのは本当にただかわいい女の子だった。


 なぜか、おー、と俺たちはぱちぱちと拍手をしてしまう。


 ルーニャはそれに恥ずかしそうに顔を俯かせている。


 しばらくそんな時間を過ごしたあと、リアが思い出したように口を開いた。



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