第24話
彼女の言うとおり、この状況を見ていればわかる。
奴隷制度が受け入れられているこの世界でも、この子だけは明らかに差別を受けていた。
この世界の文化的に考えれば、忌まわしい存在なのかもしれない。
だが、異世界人である俺からすればただの小さな女の子だったし、ツノは生えているがそれ以外は普通に見えた。
そんな子がここまでひどい扱いを受けているのは、正直見ていられない。
出生でどうしようもない差別を受けているのなら、この子はこれから先ずっとこんな扱いなのだろう。
「……リア。奴隷、この子じゃダメかな」
「えっ!?」
頓狂な声を上げたのはリアだけでなく、店主も周りの子も同じだった。
選択としてはあり得ないらしく、魔物の子も呆然と俺を見ている。
店主は慌てて、「い、いいんですか? こいつの親は魔物ですよ?」と俺の正気を確かめてくる。
その反応で、いかに魔物の子が疎まれているかがより伝わった。
「俺は、この子がそんなに悪い子だとは思えない。親のことで子を差別するのは、俺の国ではやってはいけないことなんだよ」
俺の言葉に、リアは瞬きを繰り返す。
しばらく呆然と俺と少女を見比べていたが、やがて頭を掻きながら答えた。
「……わかったわ。まぁクウのそういう固定概念に捕らわれないところに、わたしだって救われたんだし。あなたがそうしたいのなら、いいんじゃない。わたしは支持するよ」
「ありがとう。店主、この子を買います」
俺の言葉に店主は口をパクパクさせていたが、迷いながらもゆっくりと頷いた。
最初から最後まで、その奴隷の子は呆然としていた。
宿屋で荷物を回収し、俺たちは家にまで戻ってきた。
少女は呆然とした様子でとぼとぼ歩いていたし、周りの視線が何ともうるさかったので、ここまではろくに話もしなかった。
家に入ってから、俺は彼女に伝える。
「はい。今日からここが君の家。わかった?」
「…………………………」
少女はようやく顔を上げて、信じられない、という表情で周りを見渡している。
そして、俺は言葉を続けようとして……、止まった。
リアに助けを求める。
「……ええと、リア。奴隷の子ってどう扱えばいいの。俺、初めてなんだけど」
「えぇ? ……まぁいいか。ええと、あなた、名前は?」
リアの問いに、少女は「……ルーニャ」と答えた。
リアは腰に手を当てて、ぐるりと家を見渡す。
「それじゃ、ルーニャ。あなたにはこの家の家事全般を任せるわ。できる? それくらい、教えられているわよね?」
「は、はい……、大丈夫です……」
「それならお願い。わからないことがあったら、わたしかクウ……、この男の人に訊けばいいから。あぁわたしはリア、この男の人はクウ。ふたりとも冒険者だから。留守番もよろしくね。食事は朝と晩は作ってほしいわ。いらないときは伝えるから」
淀みなく少女に伝えるリアに、俺は思わず感嘆の声を漏らす。
「おお。さすが。リアって、こういうのって慣れてるんだっけ。スカーティア家は名門って言ってたし、案外お嬢様?」
「うるさいわよ」
ジロッと睨まれ、俺はつい笑ってしまう。
次いで、リアは二階を指差した。
「部屋は、二階の空いている部屋を使って。それ以外は……、まぁ順次伝えるわ。今日は……、そうね。晩御飯を作ってくれる? あとは何もしないでいいから」
「わ、わかりました……」
オドオドとしながら、ルーニャは頷く。
おかしな扱いを受けていたからか、なんとも態度が固い。
今もこの家にいることに、信じられないようだった。
このままでも別に問題なく、家のことはやってくれそうだが……。
そこでふっと気付く。
「ルーニャ。まずはお風呂に入ってきたら? 結構汚れてるしさ」
「あぁそうね。そのほうがいいかも」
「そ、そんな……! ご主人様たちより先にお風呂なんて……! 入れません!」
ルーニャは恐れ多い、とばかりにプルプルと首を振って拒絶してしまう。
まぁそれは確かに、遠慮してしまうかもしれない。
だったら、とリアに顔を向ける。
「じゃあリア、いっしょに入ってあげたら?」
「え。なんで」
「いや、ルーニャが遠慮するだろうから。リアも外に出てたんだし、もういっしょにお風呂入ったらちょうどいいんじゃないかって。まさか俺は無理だし」
「えぇ~……?」
思ったより嫌そうにしている。
ルーニャは慌てて、手をぶんぶんと振った。
「そ、そんな、いいです、いいです……! こ、こんな化け物といっしょに、お風呂なんて……、やめたほうがいいです……っ!」
その言葉に、リアの頬がピクリと動く。
はあ、とため息を吐いて、ルーニャの手を掴んだ。
「あのね、ルーニャ。自分を卑下するのはやめなさい。あなたは魔物とのハーフかもしれないけど、化け物ではないわ。落ちこぼれでもない。周りの意見なんて無視して、堂々としてなさい。もうあなたはうちの一員なんだから」
「……っ」
その言葉はもしかしたら、リア自身のトラウマがあったからかもしれない。
家のことで散々差別的な扱いを受けてきたのは、リアだって同じだ。
ルーニャが言葉に詰まっていると、リアは照れくさくなったようだ。
「さ、お風呂に入りましょう。正直、だれかといっしょに入るなんて久々すぎて恥ずかしいんだけど……、しょうがないわ。ほら、行くわよ」
「あ、は、はい……っ」
リアはルーニャの背中を押して、お風呂場へと消えていった。
それを見送って、ふう、とため息を吐く。
すると、さっきから黙っていた女神アリスがぽつりと呟いた。
『……クウさん。あとで、ルーニャちゃんをあなたの〝観察眼〟で観て頂けますか?』
「〝観察眼〟?」
『……自分のスキルも忘れたんですか? あなたが欲しいって言ったんですよ?』
「いや、そういう意味で言ったわけじゃなくて……、ジト目やめてください……」
嫌な視線を送ってくる女神アリスから目を逸らし、とにかく了解した。
ただ、今はやることがある。
俺は早速準備を始めた。
今までの探索では素材を持ち帰り、それをお金に代えて俺たちは生活している。
その中で、「これは使えるかも」と残しておいたものや、店で仕入れたものがいくつかある。
そういったものが数多くあるからこそ、拠点が欲しい、という話をしたわけで。
俺は早速、素材の前でクラフトの能力を使った。
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