第23話

「近くに奴隷市場があるから、見てく?」



 リアが指で方向を差し示しながら、ごく平然と言う。


 わかってはいるけど、言葉の圧が強いんだよな……。


 昔では普通に使われていた禁止用語を、今の時代にバンバン連発されるような居心地の悪さを感じる。


 リアはしかも、綺麗な女の子だし。



「……俺はリアのこと、すごくやさしい女の子だと思ってるから」


「え、な、なんで? そんな言葉が出てくる文脈あった?」



 困惑しているリアをよそに、俺は奴隷市場とやらを見に行くことに頷く。


 いつまでも異文化にビビっているわけにはいかない。



 というわけで。


 リアに連れられて、奴隷市場とやらを見に来たが、想像よりも多少はマシな風景だったかもしれない。


 なんかこう、奴隷っていうと首輪をつけられて、薄っぺらい服を纏っているガリガリの少年少女って感じだ。


 だが、奴隷市場ではシンプルだが綺麗にしてある布の服を着て、健康そうな男女が座って値段を掲げていた。


 その表情に悲壮感はなく、一見普通の男女のように見える。



「そりゃそうでしょ。汚い奴隷なんて、だれも買いたくないし」



 リアの意見に、なるほど、と頷く。


 商品だから綺麗にしなきゃいけない、というのはどこも同じらしい。


 そして気になるのが、売られている奴隷はみな小さい子供ばかりだった。



 それに関しては、「労働力になる子は需要あるからね~」とのことだった。


 確かに小さい子供よりも、ある程度分別が付いた年齢のほうが需要がある、というのはなるほど、という感じだ。


 本人たちも自分に価値があるのはわかっているらしく、楽しそうに周りの子たちとおしゃべりをしていて、店主らしき人物はお客さんに向かってニコニコとしていた。


 


「……ん?」



 売られている子たちは小さい子ばかりで、彼らは楽しそうに固まって話し込んでいる。中には、「俺! 力強いよ! お得だよ!」と客にアピールしている子もいる。


 しかし、そこから離れた端っこで、体育座りしている子がいた。


 その子は細い女の子で、頭を抱えて座っている。 


 髪は銀色で首元に届くくらいの長さで、肌は全体的に浅黒かった。


 ほかの子たちは小奇麗な服を着せてもらっているのにもかかわらず、その子は薄ぺっらい布の服。


 おまけに鎖が繋げられていた。


 年齢は周りの子たちより一回り二回り大きく、俺の世界で言う中学生くらいに見える。



 俺が想像する、奴隷の姿だった。



「……リア。あの子は?」


「うん? ……わ。ひどいな。なんだろう、あの扱い。ちょっと店主! いくらなんでもあの扱いはひどいんじゃないの!」



 リアがすぐさま顔を赤くして、その子を指差して店主に訴える。


 その子はそれでも全く反応せず、ただじっとしていた。


 慌てて、店主がやってくる。



「あぁ、あれですか。いや、あれはですね、ちょっと事情がありまして……」



 汗をかいた店主がしどろもどろになっていると、ほかの子たちが一斉に騒ぎ出す。



「ルーはね、化け物なんだよ!」「化け物の子!」「売れ残っても仕方ないの!」「あんなのより俺のがいいぜ!」「近付かないほうがいいよ、化け物が移る!」


「化け物?」


「こ、これこれ……」


 


 騒ぎ出した子供たちを、店主は抑えようとする。


 それでも止まらない子供たちにため息を吐き、そしてこちらを恨みがましい目で見た。



「そうです。化け物なんですよ。見てもらったら、わかります」



 店主はその奴隷に近付いて、腕をグイっと引っ張った。


「あっ……!」とその子は痛がったが、店主は構わず腕を取る。


 そしてその瞬間、リアが絶句したのがわかった。



「…………………………」



 その子の頭には、二本のツノが生えていたのだ。


 そして、口から覗いた歯の一部は鋭く、牙のようになっている。


 目の奥の色は濃く、光は失われていた。


 店主はその子の腕を掴んだまま、こちらに顔を向ける。



「わかるでしょう。こいつはね、魔物と人間の子なんですよ。本物の化け物だ。俺だってこんな奴の世話はごめんだったが、押し付けられてこのとおりですよ。買って頂けるなら、お安くしときますよ」



 店主は卑屈そうな笑みを浮かべている。


 リアは固まっているし、通行人は「うわ」「うわー……」と頬を引き攣らせて歩いていく。


 奴隷の子も、辛そうに目を落としていた。


 化け物の子。


 魔物と、人間のハーフ。


 実際に魔物と対峙し、あの凶暴さに恐怖を覚えている俺からしても、あの存在と人間の間に子供がいるのは信じがたかった。



 けれど、目の前の少女は明らかに異形だし、魔物の子、と言われれば納得せ座を得ない。


 それでも縋るように、女神アリスに問いかける。



「……女神様。この世界では、魔物とのハーフは歓迎されていないんですね?」


『……えぇ。忌み子、禁忌の子として扱われます。最低限の人権はありますが……、ひどい差別を受けています。この状況を観ればわかると思いますが……』



 普段の軽口もなく、女神アリスは辛そうに答える。



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