第20話

「わたしは……、スカーティア家……、実家の試験よ。うちは代々魔法使いの家系って言ったはずだけど、一人前と認められるための試験がいくつかあるの。そのうちのひとつが、ダンジョンに潜って二階層の深奥まで辿り着くこと。わたしができそうな試験がそれしかなかったのよ。その試験を突破するまでは、実家に帰ることすらできない」


「……………………」



 なるほど。


 自身の魔法の才能のなさに気付きながらも、ダンジョンにこだわったのはそれが理由なわけだ。


 俺は一階層しか知らないが、それでもリアの力があれば二階層は突破できるように思う。


 ということは、二階層まで辿り着いたら、リアは実家に帰り、このパーティは解散となってしまうわけだ。



「ん? どうしたのよ、クウ」


「あぁいや。なんでも」



 俺は頭を掻きながら、そっと目を逸らす。


 もし彼女とそれきりになるのだとしたら、それはすごく寂しいな、と思ってしまっただけだ。



『現状の利害は一致していますから』



 俺の感情の機微を察したのか、女神様がそう言ってくれる。


 そうだ。とにかく第二階踏破までは、リアは付き合ってくれるのだ。


 今はその話をしなければならない。



「とりあえず、ここからさらに奥に進むには、装備や仲間が足らないってことだよね。具体的に何が足りないの?」


「まぁ、何日間もダンジョンに滞在するわけだから、そのための道具は必要になるでしょ。寝具とか食糧とか。そして、これも重要。わたしたちが数日間ダンジョンに潜る中で、最低限必要な仲間ってなんだと思う?」


「む」



 突然のクイズ形式に、俺は腕を組む。


 正直、俺たちのパーティは足りないものだらけだ。


 何せ、剣士とクラフト師のタッグである。必要な仲間というのなら、大体必要だとさえ思う。


 その中でも一番必要だと思うのは……。



「……後衛職とか? バランス悪いから」


「不正解。まぁ戦力が足りないって意味なら、そうだけど。今必要なのはそうじゃない。でももしかしたら、半分正解かもね。必要なのは、ふたり」



 そう言いながら、リアは指を二本立てる。


 人差し指を可愛らしくくにくに動かしながら、静かに告げた。



「まずは、ヒーラー。回復職。魔法使いでもいいんだけど。わたしたち、今ケガをしたらダンジョンから脱出をせざるを得ないでしょ? 探索の途中でも、中止しなくちゃならない」



 そうなのだ。


 この世界には回復魔法というものが存在し、ケガをしても瞬時に治してもらえる。


 ギルドの外には冒険者専用の回復術師がおり、常に冒険者の傷を癒している。ダンジョンに潜らなくとも、絶対に食いっぱぐれることはない職業だ。



 もし、パーティにヒーラーがいれば、だれかがケガを負っても回復し、探索が続行できる。


 逆に言えば、俺たちはどちらかが大ケガをすれば、探索を打ち切る必要があった。



「でも、リアは回復魔法を使えるじゃないか。何度か、傷を治してもらったし」



 リアはほとんど傷を負うことはなかったが、俺は何度か敵からの攻撃を受けて、ダメージを負っている。


 その際、その傷を治してくれたのはリアだった。


 完治とまではいかないまでも、随分楽になったのを覚えている。


 しかし、それを言うとリアは気まずいような、恥ずかしいような顔で、手で顔を覆った。頬もわずかに赤い。



「いや……、まぁ……。わたしの回復魔法は拙いからさ……、あんまり当てにしないで……。実際、当てにできるほどじゃないし……。剣士がたまたま回復魔法をちょこっと齧ってた……、くらいに思ってくれていると嬉しい……」



 ごにょごにょごにょ、と言われてしまう。そんな恥ずかしがるようなことなんだろうか。



『まぁ、確かにリアさんの回復魔法はそれほどでもありません。序盤の仲間キャラが単体回復魔法を覚えていて、最初は重宝するけど回復職や魔法使いが入った途端に使わなくなることがあるでしょう。あれくらいの気持ちでいたほうがいいですよ』


「わかりやすいですけど、わかりやすすぎて複雑な気持ちです」



 女神アリスの解説に、俺は小声で返す。


 実際、リアの回復魔法は外の回復術師と違って回復も遅いし、傷の治りも浅い。大ケガをしたら、きっと治すことはできないんだろう。


 


「リアとしては、あんまり当てにしないでってことね」


「そういうこと。だれかが戦闘でダメージを負った際、それを治して探索を継続できるか否かはかなりの違いがある。それに、深層でケガを負って動けない、しかも治せない、ってなったら命に係わる。だから、回復術師は必須」



 リアは小さく手を広げる。


 確かにそう言われると、必須に感じた。


 思えば、どのパーティにもヒーラーは入っていたように思う。


 入っていないパーティは、俺たちのように浅い階層しか行かな人たちくらいなのかもしれない。


 逆に言えば、それだけ需要が高い職業と言える。



「そんな回復術師が俺たちのパーティに、入ってくれるのかな……。こんな尖った編成に……」



 俺はそっと、掲示板のほうに目を向ける。


 変わらず、そこには冒険者がたくさんパーティを吟味している。


 どこでも引く手数多の回復術師が、わざわざ俺たちのパーティに入る必要はないような……。



「……そこは一旦忘れましょう。こればかりは、何かできるってわけでもないし。それまでは、わたしの回復魔法で我慢して」



 リアも同じ結論だったのか、小さく首を振る。


 そして、再び彼女は指を立ち上げた。


 今度は一本だ。



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