第18話

「これだと、一部屋分しか用意できねえよ」


「え」



 リアに案内してもらい、冒険者ご用達の宿屋に連れて行ってもらったのだが、宿屋のおじさんは無慈悲にもそう言った。


 俺が財布をひっくり返して、「一泊お願いします」と告げたところ、返ってきたのはその言葉だったのだ。


 リアは「……そうよね」と再びため息を吐き、俺は思わず女神アリスに目を向けた。



「アリス様……! 一部屋て! 一部屋分だけの金って! そんな不親切なことあります!?」


『は、はぁ!? どこが不親切なんですか! 装備もギルドカードもスキルも整えてあげたのに、そんな図々しいこと言います!?』


「こんだけ揃えてくれたのに、なんでお金だけ詰めが甘いんですかって話ですよ!」


『しょうがないでしょう!? ほかの装備はともかく、金銭の配布はこっちの世界でも非常にデリケートな問題なんですよ! いろっんな問題があるんですっ!』



 そうなんだ。


 こっちの世界でもなんかややこしいのか……。


 俺がぼそぼそと女神アリスと話している間に、リアは店主に告げる。



「おじさん。それでいいわ。一部屋、貸して」


「あいよ。カギはこれだ。勝手に使いな」


「リアッ! いいの?」


「街中での野宿は禁止されてる。かといって、ダンジョンで寝泊まりする装備はない。これがベストでしょ」



 リアは鍵を受け取り、さっさと前を歩いていく。


 俺が後を追うと、すぐに部屋にたどり着いた。


 簡素な部屋だった。


 四角形の狭い部屋に、ベッドが一床。


 申し訳程度に小さなテーブルと、椅子がひとつずつ。


 それ以外には何もなく、本当に寝泊まりするだけの部屋だった。


 そしてベッドも完全に一人用。


 ビジネスホテルのシングルみたい。



 迷いなく部屋の中に入っていくリアに戸惑いながら、俺は扉を閉める。


 部屋は暗く、テーブルの上にあるランタンにリアは素早く火を灯した。 


 それでわずかに部屋は明るくなるが、その光はむしろ独特の雰囲気を作り出す。


 夜のせいか妙に静かで、俺はぎこちなく彼女に問いかけた。



「リア、いいの? 一応、俺男なんだけど……」


「あーあー、言わないで。あぁもう、ダンジョン内だと男女の寝泊まりなんてそんなに珍しいことじゃないんだから」


「でもここは宿屋で、しかも男女ふたりだけなんだけど」


「なんでわざわざ口に出すの?」



 リアはじろりと俺を睨んでくる。


 ため息を吐いてから、彼女はベッドに腰かけた。


 ゆらゆらと揺れる炎の光が、妙に彼女を色っぽく映す。


 彼女の赤色の髪はとても綺麗で、顔だちも間違いなく美人の類に入る。


 鎧とスカートというアンバランスさだが、そのスカートは短く、白い肌と細い脚がどうしても目に入った。



 さらに彼女は鎧などの装備を外し、床へ置く。


 下には黒いインナーだけしか着ておらず、わずかに汗ばんでいる。


 物凄い美人がインナーとスカートだけでベッドに座っているものだから、男としては思うところはある。



「……視線がうるさいんだけど」


『視線がうるさいですよ』


「あ、ごめん……」



 女性陣ふたりから突っ込まれ、俺はすぐに顔を逸らす。


 それに加えて、女神アリスは俺の周りを飛び回った。



『いいですか、クウさん。彼女はやむを得なくあなたと同室することを認めたんですよ。本当は男性と同じ部屋だなんて嫌でしょうに。彼女の信頼を裏切らないように。パーティの解散理由の大半は、金銭の問題と人間関係のもつれですからね』


「ええい、わかってますよ」



 俺の視線がリアに向かわないように、これ見よがしに俺の前を飛ぶ女神アリスから目を逸らす。


 先ほどまでドギマギしてしまったが、すぐそばで神様が見張っていると考えると、多少は冷静にもなる。


 俺は深呼吸して、リアに目を向けた。



「今日のところはさっさと寝て、明日すぐにギルドへ向かおう。今日はちょっと我慢してもらうことになるけどさ」


「あ、うん」



 急に冷静になった俺に、リアは面食らっていたようだが、素っぽい返事をする。


 それで幾ばくか彼女も落ち着いたのか、そっと髪留めを外した。


 髪がさらりと流れて、ポニーテールがほどかれる。



「………………」


 


 冷静になった矢先に、そういうのはやめてほしいんだけど。


 女神アリスが俺の本当にすぐさまでジト目を飛ばしてくるので、俺は目をつむって視線の抗議を躱した。


 そこで、リアはスッと立ち上がる。


 そのまま、ベッドから毛布を一枚引き抜いた。



「クウ。あなたがベッドを使って。わたしは床でいいから」


「え。いや、いい、いい。俺が床でいいって。ベッドはリアが使いなよ」


「いいって。そもそも、あなたが自分のお金を使って取った部屋でしょう。わたしがベッドなんて使えない」


「それを言ったら、俺だって女の子を床に寝かせて、自分だけベッドなんて使えないよ」


「ここで性別出されると、微妙な空気になるからやめてほしいんだけど……」



 毛布を握ったまま、むうと口を引き結ぶリア。


 気持ちはわからないでもないが、さすがにこの条件は呑めない。


 かといってリアも引くつもりはないようだった。



「わたしはベッド使うつもりないから」


「それなら俺だって。あぁこんだけ揉めるなら、いっそふたりとも床で寝る? ダンジョンではそういうこともあるんでしょ?」


「まぁ雑魚寝はよくあるけど……。ベッドあるのに使わないのはわけわからないでしょ。ふたりとも床で寝るくらいなら、まだふたりともベッドのほうが――」



 リアはそう言いかけ、はたと止まる。


 うん、それは失言だ。


 その考え自体はよぎらないでもなかったが、当然俺は口に出すことはなかった。


 選択肢に上げられてしまうと、双方が対等で、一番眠るのにいい選択はそれなのかもしれない。


 床で眠るくらいなら、ふたりで狭くとも同じベッドで寝たほうがよっぽど疲れは取れる。


 俺の理性が持つのか、女の子と同衾なんて、という問題はあるものの。


 もちろん、リアがそれをいいと言えばの話だが。



『ダメに決まってるんですね、これが』



 まぁ当然、女神アリスの目があるから、そんな選択は取れないのだが。



『ダメですよクウさん相手は若い女の子なんですから男性と同衾なんて許しませんよここはダンジョン内じゃないんですからね絶対ダメです許しませんお母さん許しませんよ絶対引いちゃダメですよもし引いたらスキル没収しますわかりましたか聞いてますかクウさんねえねえねえ』


「わかってますよ……」



 耳元で早口で抗議されるの嫌すぎる。


 俺は小声で返事をしたあと、強引にリアから毛布をひったくった。



「あっ」


「俺は床で寝る。それは絶対。リアはベッドでも床でも、好きにしたら。おやすみ」



 俺は一方的に告げると、部屋の隅で横になって毛布をかぶる。


 戸惑いの空気を感じたが、やがてリアは小さく「ありがと」と呟くと、ベッドに入ったようだ。


 同じ部屋に女性が眠っているという緊張感はあったものの、すぐに眠気がやってくる。


 緊張と疲労は、あっという間に俺を眠りへと誘っていった。



 そうして、俺の異世界転生一日目は、終わっていった。



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