第17話

〝冒険者はどうやって生活していくのか?〟



『基本的には、ダンジョン内で手に入れたアイテムを売却して、それで身銭を稼ぐんですよ。ダンジョンの奥にいけばいくほど、貴重なアイテムが眠っていますからね。魔物の素材も高く売れます。いずれも、ダンジョンの外にはないものですから』



 俺の後ろをパタパタと飛んでいた女神アリスがそう説明してくれる。


 今、俺とリアは倒した敵からアイテムを回収していた。


 ワイルドボアの毛皮や肉なら、金になるというのだ。



「まぁ、大したお金にはならないけど。わたしもクウもお金がぜんぜんないわけだし。一旦はこれを生活費の足しにしましょ」



 そう言いながら、リアは慣れた様子でワイルドボアから毛皮を剥いだり、落としたアイテムを回収していた。


 とはいえ、俺たちが持ち帰れる量には限りがある。


 ほとんど空っぽのカバンの中に、それらのアイテムを詰めていった。



『冒険者の中には、そういった金銭目的の冒険者もたくさんいます。貴重なアイテムが手に入れば、一発逆転! 命を懸ける価値がありますから。もちろん、ダンジョンの謎を解き明かしたい者、武の道を究めたい者、それぞれ理由はありますが。いずれにせよ、冒険者を続けるのなら、ダンジョン内のアイテムを換金することが重要ですね』


「わかりました。説明、ありがとうございます」


『だれがチュートリアルですか』


「何も言ってないじゃないですか……」



 被害妄想を膨らませる女神アリスを放って、俺はアイテム回収を続ける。


 敵を倒すのは一瞬だが、回収にはどうしても時間が掛かった。



「はあ。これくらいにしとおきましょうか。一旦、ダンジョンから出ましょう。ちょっと潜るつもりが、随分と長いこと居ちゃったわね。今、何時くらいかしら」



 リアは額の汗を拭いながら、笑う。


 確かに、俺たちがダンジョン内に入ってから、随分と時間が経ったように思う。


 たったの二戦闘で逃げ出した俺のソロ探索と違って、リアはガンガン奥へと進んでいったからだ。



「リア、だいぶ熱中してたもんね」


「ん。ちょっと申し訳ないとは思ってる……」



 リアは頬を掻きながら、そっぽを向いた。


 なんかもう、剣を振るうのが楽しくて仕方がないようだった。気持ちはわからないでもないけど……。



「とにかく、今はダンジョンに長期滞在できる準備はしてないわけだし。この素材を売って、改めて準備を整えましょう」



 そう言い、改めて物資の回収を再開するリア。



『こうしてお金を貯めて、装備を整え、戦力を増やし、またダンジョンに潜り……、というのを繰り返し、徐々に深層へと近付いていく。クウさんにも、そんな冒険者のひとりになってほしいですね』


「はい……。ですが、まだだれ一人として最深部に行った人はいないんですよね?」


「ん?」



 思った以上に女神アリスへの返事が大きかったためか、リアが顔を上げる。


 俺はごまかすように、彼女にも同じことを尋ねた。



「最深部に辿り着いたパーティはまだいないんだよね。このダンジョンはどこまで続いてるのかなって」


「確か、第四層が最高到達点だったと思うけど。それ以上先はわからないわね。どこまで広がっているのか……。奥に行けば行くほど魔物は凶悪になるし……。最深部には財宝が眠っているっていうけれど、それもどこまで本当なのか」



 リアは天井を見上げ、ぼうっと呟く。


 無機質な洞窟の天井は、太陽を遮っている。街とはそれほど離れていないのはずなのに、ここはおそろしい魔物が蔓延っている。


 ここからさらに降りて行った先の魔物は一体どんなものなのか、想像するだけで震えそうになった。


 俺は女神アリスに目を向けるが、彼女は物憂げに頷くだけだった。




「これだけ回収すれば、しばらく食事と泊まるところには困らない」というリアの言葉を聞き、俺たちはホクホク顔でダンジョンから脱出した。


 パーティメンバーがふたりだけなので、その分、分け前も多い。


 これから装備を整える必要があるし、初日から稼ぎが多いのはとてもありがたいことだ。



「うわ。すっかり真っ暗だ」


「ほんとね。長居しぎたわ」



 ダンジョンから街に出ると、完全に陽が沈んでいる。


 空が暗く染まる中、街には火の光がわずかに灯っていた。


 電気が普及していないこの世界では、ランタンに火を灯して明るさを得ているようだ。


 日本の街とは比べ物にならないほど暗いが、淡い光はどこか温かく感じる。



「はっ!」



 リアが突然、大きな声を上げた。


 切羽詰まった表情で、「まずいかも……」と呟く。



「なにが」


「こういったダンジョンの回収品は、冒険者ギルドが一括で買い取ってくれるの……。個人が個別で売るのは大変だから……。だけど、冒険者ギルドが開いているのは夕方まで……」


「はっ……!」



 閉店時間を過ぎているのでは、という話だ。


 俺たちは慌てて冒険者ギルドに駆けつけてみるが、門は既に閉ざされていた。


 昼の賑やかさはどこへやら、夜らしく静まり返っている。


 その光景を見て、リアは顔を手で覆う。



「や、やらかした~……。冒険者ギルドのことをすっかり忘れてたわ……」


「いや、まぁ……。明日の朝に出直せばいいんじゃないの?」


「……わたし、この装備の材料を買ったからもう素寒貧なんだけど」


「はっ」



 呆れた顔で鎧をコツコツ、と叩くリアに、俺はようやく事の深刻さに気付く。


 俺は慌てて、自分の財布を取り出した。


 女神アリスから授かった、俺の全財産だ。


 リアに「これ、どれくらい分なの?」と訊くわけにはいかず、女神アリスに目線で訴える。



『宿に一泊ならなんとか、っていう額ですね』


「やっっっっっっっす。ドラクエの王様よりひどい」


『は?????? こちとらチートスキル渡してるんですが??????』



 ブチギレている女神アリスを無視し、俺はリアに財布を見せる。



「俺も同じく素寒貧なんだ。でも、宿に一泊なら何とかなる。明日、朝になったら冒険者ギルドに行こう。ご飯は我慢することになるけど……」


「………………」



 リアは俺の財布の中を覗き込み、微妙な顔になる。


 ただ、それしか方法がないと思ったのか、「……とりあえず、宿屋に行きましょうか」とため息を吐いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る