第16話
「危ないっ!」
リアがいつの間にかこちらを見ており、叫んだ。
俺が咄嗟に振り向くと、オオネズミが俺に飛び掛かるところだった。
まずい、と思うのと、クラフト! と叫ぶのはほぼ同時だった。
ガントレットの手の甲、その部分から鋭い爪が伸びていく。
鉤爪、と呼ばれる武器だ。
俺はそれをただ前に突き出した。
そこにオオネズミは自ら突き刺さり、苦しそうに血を吐く。
身体から爪を引き抜くと、オオネズミは間もなく死亡した。
俺はバクバクと動く心臓に手を当てながら、「び、びっくりしたぁ……」と声を上げる。
危うく、大怪我するところだった。
「だ、大丈夫、クウ?」
「あ、あぁうん。咄嗟に武器へ変化させたから……、ありがとう、リア」
鉤爪を見せる。
リアは「変な武器だな……」という顔をしていたが、俺もこんな武器を作るつもりはなかった。咄嗟で必死だったのだ。
でもおかげで助かった。
インゴットとして持ち歩くんじゃなく、ガントレットにしておいてよかった……。
「いやでもこれ、案外便利かもしれないな……」
俺は鉤爪を軽く振ってみる。
ガントレットのように腕に装着しているので、咄嗟に動かしやすい。
なにより、持ちやすかった。
先ほど、リアの使う剣を持たせてもらったが、かなり重かった。腰に携えている間はまだマシだが、警戒しなきゃいけない状況では常に握っている必要がある。
俺の筋力ではそれが厳しいが、これならまだマシだ。
もちろん、戦闘時に毎回適したものに変化させる必要があるが、普段ならこれはいいかもしれない。
俺が内心で喜んでいると、そこへさらにワイルドボアが現れた。
しかも今までよりも、一回り大きい!
俺は慌てて、鉤爪にクラフトを掛けて別の武器に変化させようとしたが、「任せて!」とリアが前に飛び出す。
そのまま、颯爽と剣を振るい、あっという間にワイルドボアを倒してしまった。
リアは剣から血を振り払い、「よし」と笑顔で頷いた。
全く問題になっていない。
「いや、本当にリアは強いな……。すごい才能だ」
『そうですね……。あれだけの剣の腕なら、きっとどんなパーティでも重宝され……』
俺たちがすっかり明るくなったリアを微笑ましい気持ちで見ていると、女神アリスの言葉が止まった。
思わず、顔を見合わせる。
さっきまで笑顔だった俺たちの表情が、すぐさま引き攣り始めた。
「……どのパーティでも通用するのなら」
『わざわざ、クウさんと組む必要はない……?』
その真実に気付いてしまう。
さっきまでのリアはどのパーティからも追放されるような存在だったが、剣士としてなら引く手数多なはず。
クラフト師という微妙職業、しかもたったふたりのパーティに彼女がこだわる必要はなかった。
「どうしたの?」
リアが髪を揺らしながら戻ってくる。
俺は思わず、先ほど気付いた事実を口にした。
「いや、リアはさ……。それだけの才能があるんなら、俺と組む必要はないんじゃないかって」
『あっ!』
俺の言葉に、女神アリスは目を丸くする。
そのまま、ぽかぽかと俺の頭を叩いてきた。
『なんでわざわざ言うんですか! リアさんが気付いてなかったら、このままズルズルとパーティにいてくれたかもしれないのに! 有能の自覚を与えずに囲うのは、リーダーの腕の見せ所なんですよ!』
知らんがな。
あまりにも女神様らしくないことを言う女神様は放置し、俺はリアをじっと見つめる。
だがリアは、おかしそうに笑った。
「なに言ってんの。この才能はクウが見つけてくれたんでしょ。なら、わたしはあなたといっしょにいるわよ。クウはわたしの恩人なんだから。ま、あなたがわたしを追放したいって言うのなら、別だけどね」
途中から恥ずかしくなったのか、笑みは照れくさそうなものに変わり、リアはそっと顔を逸らす。
彼女が頬を掻くの見ながら、俺は胸がじーんとなるのを感じていた。
「アリス様……。やっぱり、俺はクラフト師でよかったと思います。人を見る目は、間違いじゃなかった」
『それに関しては観察眼を使ってなかったと思いますけどね』
「本当に水差すなこの人」
黙っておけば、いい話になったんじゃないの?
とにかく、リアは俺のパーティから外れるつもりはないらしい。
強力な剣士を仲間にして、俺の冒険は一歩だけ目的へと近付いていた。
現在のパーティ編成。
クラフト師ひとり、剣士ひとり。
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