第15話

 ダンジョンの一階層。


 先ほど、おっかなびっくりで俺が入ったダンジョンに、リアはまるで散歩するかのような気軽さで歩いていく。


 どこから魔物が飛び出してくるかわからないっていうのに、そんな洞窟をずんずん進んでいった。



「いや、早……、リア、全く警戒してないんじゃないの……?」


『クウさん、腰が引けてますよ。リアさんがあんなにスタスタと歩いて行ってるのに』


「無理言わないでくださいよ、こちとらチュートリアル明けなんですよ……」


『一番ワクワクするタイミングじゃないですか』


「命の危険がなければね……」



 ぼそぼそと女神アリスと話しているうちに、リアの目の前に魔物が飛び出してきた! 


 俺が仕留めることができなかった、巨大なイノシシ、ワイルドボアだ!



 奴はその巨体を揺らし、リアの細い身体に突撃してくる。


 先ほどの俺はあの猛攻を躱すだけで精一杯で、あっという間にやられそうになった。


 ほかのパーティが通りかからなかったら、もしかしたら死んでしまったかもしれない。


 一方、リアは――。



「ふっ――!」



 リアは剣を抜くと、地上を蹴った。


 突っ込んでくるワイルドボアをむしろ迎え撃つようにして、奴の突撃とぶつかり合う――、かと思えば、奴の攻撃をひらりと躱し、そのままワイルドボアの身体を斬り付けた。


 まるで舞うような華麗さで、ワイルドボアの身体にはあっという間に深い傷が刻まれる。


 ワイルドボアは血を噴き出し、一瞬で絶命した。


 ピッと剣から血を振り払い、改めてリアは剣を握りなおす。



「すごい……、すごいわ……。物凄くしっくりくる……! これがわたしの才能……っ! あぁ、わたしは今、最高の力を手にしているわ……っ!」



 リアは剣を掲げて、頬を上気させてそう言った。


 あの巨大な魔物を一瞬で沈めたのだ、気持ちはわかるのだが。



「まずい。リアが力に心酔して闇落ちしそうなこと言ってる」


『もしくは、自分の力を過信してあっさりやられる咬ませ犬ですね』


「口悪」


『クウさんも大概でしょう……』



 俺たちがぼそぼそとやりあっていると、リアは「わはははー!」と楽しそうに走り出してしまった。


 本当に力に乗っ取られてしまったかもしれない。


 そして、リアに先に行かれると俺としては困るわけで。



「……っ!」


 


 追いかけなきゃ、と思った瞬間、後ろからワイルドボアが現れてしまった。


 ついリアのほうを見るが、彼女の姿は見えなくなっている。


 巨大なイノシシと対峙しているのは、俺ひとり。



「……、やるしか、ないか……!」



 いくらリアが剣の才能に恵まれているからと言って、彼女だけに戦闘を任せるわけにはいかない。


 俺だって強くならなくちゃいけない。


 そのためには、戦わなくてはならない!



 目の前に現れた巨大なイノシシに恐怖心が刺激されるけれど、俺はクラフトの準備をするためにガントレットに手を当てる。


 その瞬間、ワイルドボアは突っ込んできた。


 


 さっき戦ったときは、たったひとりで、戦い方もわからず、クラフトだって使えなかった。


 しかし、何かあればきっとリアが助けてくれるだろうし、クラフトのコツも掴み、二回目の戦闘で少しは落ち着いている。


 これは大きな差だ。


 的確に奴の弱点を突いて、倒す……!



 ワイルドボアは猪突猛進。走り出したときの速度はおそろしく、リアのように躱しながら斬り付けることは俺にはできない。


 だが、動きを止めて方向転換しているときは、俺にだってチャンスがある。


 


 奴が突撃してきたので、俺は転がるように横へ飛び込み、奴の攻撃を躱す。


 そして、地面に伏せたまま「クラフト!」と叫んだ。



 俺のガントレットは、長い槍へと変化していった。


 元の素材が少ないために柄はかなり細くなり、扱い方によっては折れてしまいそう。


 だが、折れても問題ない。


 残っていれば、作り直せる!



 耐久力を犠牲にした代わりに、刃の部分の鋭く複雑にして殺傷力を高め、強力な槍へとクラフトした。


 すぐにその槍を持って駆け出す。


 奴は急ブレーキをかけて、振り向こうとするところだった。 



「……っ! ここだ!」



 ワイルドボアの顔を視界に収めた瞬間、奴の顎辺りがキラリと光るのが見えた。


 先ほど、リアたちに使用したことで少しコツを掴めた、〝観察眼〟の能力。


 あの光っているところは、おそらくワイルドボアの弱点だ!



「喰らえっ!」



 俺は光に誘われるように、槍を思い切り突き出した。


 鋭い切っ先は、見事にその光へと吸い込まれていく。


 確かな手応えとともに、肉を突き抜ける嫌な感触が手を覆う。


 それでもぐっと踏ん張って、さらに槍を突き入れるために前を踏み出す――!



 ワイルドボアは雄たけびを上げて、その場に倒れ伏す。


 そのまま、動かなくなった。


 俺は呆然とそれを見下ろしていたが、力が抜けた。



「ふ、ふう……」



 何とかワイルドボアを撃破することができ、俺はその場に尻もちをつく。


 からん、と槍が地面へと落ちた。


 た、倒せた……。



『す、すごい……! クラフトの能力で、ワイルドボアを撃破しました……! すごいですね、クウさん! 工夫と知恵の勝利ですよ!』


「ありがとうござます……」



 女神アリスが珍しく素直に褒めてくれたので、俺も素直に笑う。


 長くなった槍を再びガントレットに戻し、俺は立ち上がった。


 これだけ長い槍を持ち運ぶのは大変だが、戦闘のときだけ変形できるのだからかなり便利だ。


 すぐにリアのあとを追う。


 走りながら、女神アリスに己の考えを告げた。



「クラフトだって、素材さえあればダンジョンでも通用すると思うんです。〝観察眼〟で相手の弱点を見られるのも大きい。敵によって、ひとつの素材から様々な武器で戦えますから。クラフト師はダンジョン探索に向かないと言われてますけど、そこまでじゃないと思います」


『むむ……、確かに。これは認識を改めないといけないかもしれません……』



 女神アリスはパタパタと羽を動かしながら、腕を組んでうーんと唸っている。


 間もなく、リアには追い付いた。


 リアはオオネズミとの戦闘中。


 彼女は変わらず華麗な剣捌きで、あっという間にオオネズミ三体を葬った。


 その太刀筋の綺麗さ、一瞬で敵を倒してしまう速度に息を呑む。



『……剣の才能を受け取っていれば、あなたもあれくらいできたんですよ?』


「それは言わないでくださいよ……」



 女神アリスの余計な一言に、俺はため息を吐く。


 しかし、そこで気を抜いてしまったのかもしれない。



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