第14話

 街中をリアとふたり、てくてくと歩いていく。


 彼女は懐から小さな巾着袋のようなものを取り出した。この世界での財布らしく、その中に何枚か硬貨が入っているのが見て取れる。



「うーん。勢い込んで出てきたはいいものの、装備を整えられるほど、お金はなかったわね……」


「装備ってそんなにお金掛かるの?」


「わたしはずっと魔法使いだったから。剣士として戦うなら、剣士としての防具や武具が必要になる。特に剣士は前衛だから鎧が重要で……、それがまた値段が張るのよ……。剣だってそう。この木刀じゃ限界があるし」



 彼女は木刀を握りながら、ううん、と唸る。


 ダードリーの木刀を回収して一本に戻したものの、剣士としての武器なら不十分と言えた。俺が持つ分にはちょうどいいんだけど。



 リアの格好は全身をローブで包んでいて、とても敵の攻撃を受けられそうにない。


 どう見ても魔法使い用の装備であり、剣士としては不釣り合いだ。


 まず、彼女の装備を整えたほうがいい。


 そう考えた俺は、そっと女神アリスに話しかける。



「アリス様。俺の財布ってないんですか」


『ありますよ。でも、お金はそんなに入ってないです』


「なぜ。せっかくならたくさんくれればいいのに」


『神様だからってなんでもできるわけじゃないんですよ。というか、神様にお金をせびらないでください』



 怒られてしまった。


 俺も手持ちを確認してみたが、本当にそれほど入っていなかった。


 それを虚しくチャラチャラ揺らしていると、女神アリスが囁く。


 


『あなたには、金銭よりも素晴らしい能力を与えたでしょう?』


「あ」



 それで思い出す。


 確かに俺は、女神アリスからもらっていたものがある。


 俺は、ダードリーが装備していた鉄の鎧を思い浮かべた。


 すると同時に、あの鎧を作るための素材もいっしょになって頭に浮かぶ。


 それをリアに伝えた。



「俺には〝クラフト〟の能力がある。材料を用意してくれれば、武器や防具を仕立てることはできると思う」


「あ」



 ぽん、と手を打つリア。


 そして、目を輝かせた。



「そっか。あなたがいれば、材料費だけで済むのか。これはすごくありがたい!」


「あ。でも、魔法条例で人のものを作るのはダメなんだっけ」


「見つかったら怒られるわね。でもまぁ、これくらいなら問題ないでしょ」



 リアがそう言うのだから、まぁ大丈夫なのだろう。


 俺たちは早速、防具屋ではなく、素材を売っている店に向かった。


 リアに必要な素材を伝えると、彼女の財布の中身でもなんとか足りたようだ。


 大っぴらに魔法条例に反するのはさすがにまずい、ということで、俺たちはこそこそと建物の影に素材を持って移動していく。



「クラフト!」



 鉄の塊を始めとした素材の数々に、俺は魔法をかける。


 すぐさま素材は混じり合い、姿を変えていった。



「わはっ」


 


 リアは両手を合わせて、ぴょんと跳ねる。


 そこには、木刀よりも一回り大きい鉄の剣と、上半身を守る鎧が横たわっていた



「すごいすごい! こういうときは、本当にクラフトって便利ね……!」



 リアは喜び勇んで、その剣を手に取る。


 俺は、鎧のほうに目を向けた。


 立派な鎧だ。


 だが、それも半分なのである。



「ダードリーは全身を鎧で固めていたけど、君は上半身だけでいいの?」


「えぇ。今まで鎧なんて付けてなかったわけだし、できるだけ軽くしたいし。かといって全く付けないってわけにもいかないから、せめて上半身は……、って感じね」



 リアが俺に用意させた鎧は、上半身部分しかなく、下は普通のスカートを履いている。


 彼女が鎧を装着すると、がっちり守った上半身と全くのノーガードの下半身でちぐはぐに見えるが、あまり重たいものを付けたくない、というのもわかる。


 ダードリーとの戦いでは、その身軽さこそが彼女の武器に思えた。


 ガチガチに守って剣を振るうよりも、その速度で敵を斬りつけるのが彼女のスタイルではないだろうか。



 それに俺も、大した防具を付けているわけではない。そこまで筋力のない俺では、大それた鎧を付けると動けなくなってしまう。


 女性であるリアが上半身だけでも鎧を付けても動けるのは、やはり基礎体力や筋肉量からして違うのだろう。


 彼女は腰に剣を携え、準備完了、といった感じだ。



「どう?」


「格好いい、格好いい。最初から剣士だったみたい」



 俺がぱちぱちと拍手すると、リアは照れくさそうに笑った。


 実際、彼女の姿は堂に入っていて、とても似合っている。


 魔法使いのときはどこか自信なさそうだったのが、今は胸を張っているから、というのもあるかもしれない。


 


「ん?」



 地面に鉄のインゴットが残っていた。


 どうやら、鎧と剣を作るうえで少しだけ余ったらしい。


 それほど大きくはなく、掴んでみるとずしっと重いが、持ち運べないほどではない。



「リアさん。これ、もらってもいい?」


「? 別にいいけど、何に使うの?」


「俺の武器にしようと思って」



 俺が持っているのはナイフと木刀。


 それに比べれば、この鉄のインゴットは無限の可能性がある。


 何度かクラフトを使ったおかげで、少しずつコツも掴めていた。


 俺はありがたく頂戴すると、早速クラフトを使う。


 あっという間に、俺の右腕を守るガントレットに変化した。


 リアはそれを見て、目を丸くする。



「おお……、でもそれ、防具じゃない?」


「持ち運ぶのに、こっちのほうが便利かなと思って。だいぶ薄くしてるから、防具としてはイマイチだよ」


「なるほど……、つくづく便利ね、クラフト……」



 リアは顎に手を当てて、ううむ、と唸っている。


 俺も便利だと思うけど、パーティの必須ポジションかと言われれば、いれば便利、に収まってしまいそうではある。



 さて、準備は整った。


 リアも同じことを感じていたのか、興奮気味に腰に手を当てる。



「よし。じゃあ早速、ダンジョンに潜ってみましょうか!」


「俺はいいけど、リアさんは大丈夫? 疲れてないの?」


「ぜんぜん! 今はむしろ、早く自分の腕を確かめたいわ! どれだけ自分が動けるのか、試しておきたいし!」



 リアは己の胸に手を当てて、かこん、と金属音を鳴らした。


 新たな装備を身に着けたら、試したくなるのは人の性。


 俺も彼女がどれだけ動けるのか、この目で見てみたい。



「わかった。じゃあ行こう、リアさん」


「えぇ」



 元気よく返事をすると、リアはスカートを翻して前を歩き始める。


 しかしそこで足を止めると、こちらに振り向いて指を差した。



「それと、わたしのことはリアでいいわ。さんはいらない!」



 そう言って笑う彼女は、とても眩しかった。

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