第13話

「リアさんッ! 打ち込めッ! 自分の才能を信じてッ!」



 その言葉が聞こえた瞬間、わたしはふざけんなよ、と思った。


 勝手にこんな勝負を引き受けて、いたずらに挑発して、あいつは一体なんなんだ。


 いや、本当になんなんだあいつ。


 クラフト師だし。


 そもそも知らないし。


 誰?



 大体、わたしは自分の才能を信じたことなんて一度もない。


 ずっとずっと、落ちこぼれだった。


 スカーティア家の魔法使いとして生を受けたのに、魔法はからっきし。周りの人間からは「なぜこんなにもできないんだ」という目で見られ続けた。


 親も困惑し、「お前はできるはずだ」と言い聞かせ続け、それでも全くできないわたしに涙する姿を何度見てきただろう。



 そんなわたしを可愛がってくれたのは、せいぜいおじいちゃんくらいで。


 それも結局、おじいちゃんもずっと肩身が狭い思いをしていたから、わたしを不憫に思っただけだ。


 もううんざりだった。


 何もかも。



 わたしは木刀を握ったまま、そのまま後ろに倒れ込みそうになる。


 それは、ダードリーの木刀を受けることが確定する。


 別に、勝負なんてどうでもいい。


 あの男が勝手に引き受けただけだ。



 でも、叶うなら。


 パーティでもずっとわたしのことを落ちこぼれだのなんだのと言い続けてきた、この性格の悪いダードリーという男を。


 少しでも、痛い目に合わせてやりたいと。


 願ってしまった。



「………………ッ!」



 わたしは、地面をぐっと踏みしめる。


 ダードリーの木刀が肩に当たる直前、わたしは奴に対して半身になることでギリギリのところでそれを躱した。


 一閃と化した木刀が、わたしの肩を掠りそうになりながら、地面へ吸い込まれる。


 わたしはその太刀筋を他人事のように見つめていた。


 見つめていた。


 なぜ、そんなふうに悠長に見ていられるのか。



 時間がゆっくりに感じていたのだ。


 ダードリーの木刀がのろのろと振り下ろされるのを横目に、わたしは木刀を握りしめる。


 そういえば。


 大昔。


 魔法の上達の遅いわたしが、泣きじゃくっていた頃。


 おじいちゃんが、剣の握り方を教えてくれたような――。



「――――ッ!」



 わたしは地面を蹴り飛ばし、一気にダードリーに接近する。


 奴は剣を振り下ろしたばかりで、驚くぐらいに隙だらけで、そして動きもまるで止まったようだった。


 わたしは、そこにただ剣を振るう――!




 凄まじい打撃音が広場にこだました。


 気付けば、リアがダードリーの背後に立っている。 


 腰を落とし、刀身を横にして、一文字に構えていた。


 ぴたりと、動きを止めている。


 打撃音はおそらく、五回。


 あまりにも速い太刀筋で、ダードリーの頭、首、胸、腰、足、それぞれ叩いたあと、すれ違うようにダードリーの背後へと走り抜けた。


 その早業に何が起こったかわからず、広場は静まり返っている。



 ダードリーがリアに向かって剣を振るったかと思うと、次の瞬間には互いにすれ違っていた。


 そうとしか見えなかった。


 俺もあとから、リアからどうやったかを聴いて、ようやく理解したくらいだった。


 まるで、先ほどの打撃音ですら幻聴だったんじゃないかと思った頃。



 ダードリーの巨体は、ぐらりと揺らめき、地面へと倒れ伏した。


 重い身体と鎧が地面にぶつかり、鈍い音を響き渡らせる。


 彼は完全に失神しており、泡を吹いていた。


 いくら鎧を身に着けているといえど、彼は兜までは付けていない。


 思い切り頭を木刀で叩かれて、そのあとついでとばかりに身体を四度も打ち込まれたのだ、無理はない。


 そうなってからようやく、リアは構えを解いて、威風堂々と胸を張る。



 次の瞬間、凄まじい歓声が上がった。


「すげー!?」「今のなんだよ、とんでもねえな!」「あの魔法使いの姉ちゃん、見た目で油断させやがったな!?」「とんでもねえ剣士じゃねえかよ!」と興奮した声が上がり、ダードリーのパーティメンバーは目を白黒とさせて、動けないようだった。



 それはリアも同じ。


 彼女は呆然と、己の手を見つめている。



「い、今の感覚……、なに……? 身体がこんなにも軽く……、う、うそでしょ……?」



 俺は思わず、彼女の元へと駆け寄る。



「リアさんっ! ほら、言ったでしょ! 君にはすごい才能があるって!」



 俺の言葉に、リアはハッと顔を上げた。


 上気した頬でこくこくと頷く。


 そのまま嬉しそうに両手を握ったまま、ぷるぷるとさせた。



「う、嬉しい……。こんなわたしにも、こんなすごい才能があるなんて……、ありがとう、クウ! あなたのおかげで、わたしは……っ!」


 


 彼女は目に涙まで溜めて、唇を震わせている。


 そして、リアは我慢ならない、とでも言うように、バッと両手を広げた。



「えっ……」



 そのまま、俺の身体に抱き着いてくる。


 そっと顔を寄せて、「本当にありがとう……」と震える声で呟いた。


 よ、喜んでもらえてなにより……。


 ただ、こちらは今まで女性とは縁のない人生を送っていたので、あまりそういった接触をされると意識してしまうので……、困る……、ような……、嬉しい、ような……。


 特にリアの服はゆったりとしたものなので、抱き着かれると女性特有のやわらかさが……。


 いや、女の子ってこんなに温かくてやわらかいんですね……。びっくりです……。



『……ここでやらしい気持ちになるのは、リアさんに失礼ですよ』



 俺のそばを飛んでいた女神アリスが、呆れたように言う。わかっていますとも……。


 嬉しさを表現しているだけで、彼女にそれ以上の意味はない。


 リアはそっと身体を離すと、泣き笑いのまま涙をぬぐった。



「ごめん、いきなり。でも、嬉しくて。ずっと落ちこぼれだって言われてたから。魔法使いとしてはやっていけないけど、剣士なら立派な冒険者になれそう。道が開けたみたいで、本当に嬉しい」


「それはよかった」



 才能がないことをずっとやり続けていて、自己肯定感が下がり切ったあとに、だけど君には別の才能があると言われれば、この喜びようは仕方がない。


 喜んでもらえて、よかった。


 報われてよかった。


 俺まで嬉しくなっていると、リアはぎゅっと両手を握った。



「こうしちゃいられない! わたしは今から剣士として生きるわ! 装備を整えないと……! クウ、あなたも付き合って!」


「え、俺も?」


「当たり前でしょう? パーティに誘ったのはあなたじゃない! いっしょにダンジョンを潜るんでしょう?」



 どうやら、リアは俺の誘いを覚えていてくれたらしい。


 これは本当にありがたい申し出だった。


 俺とリアが盛り上がっている中、ダードリーのパーティにも動きがあった。


 彼らは失神しているダードリーを介抱していたが、そのダードリーが意識を取り戻したらしい。


 仲間に肩を貸されながら、こちらにやってきた。


 ダードリーは頭を手で押さえながら、ゆっくりと言う。



「リア……、まさか、お前がこれほどの剣士の適性があるとは知らなかった……。どうだ、剣士としてパーティに戻ってこないか? その実力なら、俺たちのパーティでも十分にやっていける。歓迎してやる。どうだ? お前も元鞘に戻れて嬉しいだろ? な?」


「そうね。そうしたほうがあなたのためだと思う」


「うん。戻ってきなよ」



 ダードリーに肩を貸しているふたりが、うんうん、と頷いている。


 リアはそれに笑顔を作った。


 そのまま、人差し指をこめかみにあてる。


 それが彼女の返事だった。



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