第12話



「中の繊維をスカスカにしてある。たぶん、思い切り叩きつけたら一回で折れて使い物にならない。これならいくら打たれても、ケガなんてしないと思う。これをあっちに使ってもらう。一回でもリアさんの身体に当たったら、勝ちってことにしてさ。別にあっちもケガをさせることは本意じゃないだろうし。これでどうだろう」


「それ、なら……」



 リアはあからさまにほっとした顔になる。


 まぁ相手が使うのが木刀かオモチャの剣か、って言われたら、後者のほうがいいに決まっていた。 



 俺は早速、その木刀をダードリーに届けに行く。


 彼は仲間たちと笑い合いながら、余裕の表情だ。


 しかし、俺の顔を見た途端、不愉快そうな表情へと戻る。


 低い声で、俺を刺してきた。



「何の用だ」


「武器の交渉だよ。あんたは鎧を付けていて、リアさんは魔法使い用の装備だ。普通の木刀ならケガをしてしまう。だから、これを使ってほしい。一発でもリアさんの身体に当てられたら、あんたの勝ちだ」



 木刀を差し出す。


 ダードリーは胡散臭そうな顔で受け取った。


 それをじろじろと怪しそうに見てから、俺を睨めつける。



「おかしな小細工をしてないだろうな」


「当たったら折れる強度にはしてあるけど、それ以外は特にないよ。俺はどうせ当たらないんだから普通の木刀でもいいって言ったんだけど、リアさんが万が一があるからって」



 俺の明らかな挑発に、ダードリーは再び憤怒の顔になる。


 そして、俺に対して強く指を差した。



「ふざけたことばかり言いやがって。大体、お前はなんなんだ? さっきからリアの影に隠れて言いたい放題言いやがって。女を戦わせて自分は見ているだけのくせに、偉そうな態度をするんじゃねえよ」


「…………………………………………………………」


『それはそう』


「うるさいですよ……」



 女神アリスが頷いたことで、俺はよりばつが悪くなる。


 分が悪くなったので、そこからさっさと退散した。


 リアの元に戻ると、彼女は自信なさそうに木刀を握りしめている。


 俺が戻ってくると、ほっとした表情になった。



「あっちも了承してくれたよ。これでケガの心配はなくなった。あとは君が、あいつにそれを叩きこめばいい。リアさんの才能なら絶対にできるから」


「う、うん……。やるだけやってみるけどさ……」



 浮かない顔は変わらなかったが、ケガの心配があるかないかは大きな問題だったのかもしれない。


 彼女はなんとか、前を向けるようになっていた。



 そして、勝負の時。


 すっかりギャラリーばかりになった広場は、熱気が起こっている。


 円形にぐるりと俺たちを囲い、「決闘だ!」「勝負だ!」「やれやれー!」「ぶっ殺せー!」となんとも下品な掛け声が上がっていた。



 双方、広場の中心にまでやってきて、お互いの姿を見やった。


 リアは相変わらず、自信がなさそうだ。


 明らかに魔法使いの装備である彼女の手に木刀が握られているのは、なんともミスマッチであった。


 その表情も相まって、とても戦えるには見えない。


 


 一方、鎧に身を包んだ屈強な男性、ダードリーも細い木刀は似合わなかった。だが、リアよりはよっぽどマシだろう。


 はたから見ていると、勝負するまでもないように見えてしまう。


 それはダードリーも同じことを考えているのだろう。にやにやしながら、リアを見下していた。


 リアに木刀を突きつけ、ふん、と鼻を鳴らす。



「確かに、お前には剣の才能があるかもしれないな。あんなクソな魔法を使うより、木刀でも握っていたほうがよっぽどいいぜ。俺はお前には随分イライラさせられたんだ。最後に一発殴らせてもらえるんだから、ありがたいくらいだよ。パーティに拾ってやった恩も忘れやがって」


「……………………」


「なんだ?」



 リアはキッと睨むが、ダードリーに睨み返されて項垂れてしまった。


 しょぼん、と肩を落としている。


 それを見て、女神アリスは呟いた。



『これは……、彼女にとって必要なことかもしれませんね。このままでは、彼女はあまりに……』


「はい」



 女神アリスの言いたいことがわかり、俺は小さく頷く。


 俺たちは、ただリアを見守る。


 そして、勝負の火蓋は切って落とされた。


 お互い木刀を握り、対峙している。


 その距離、二十メートルくらいだろうか。


 少し距離を詰めて木刀を振れば、すぐに届いてしまう距離感だ。



 ダードリーはにやにやした笑みを浮かべたまま、リアに向かって駆け出した。


 リアをナメているのか、とても全力で走っているとは思えない。


 それでも、彼の体格は十分なプレッシャーを放っていた。



「……っ!」



 リアはその勢いに押されたのか、後ろに飛び退いて距離を作ろうとする。


 だが。



「あっ!」



 慌てて地を蹴ったせいか、彼女はローブの裾を踏んづけてしまった。


 体勢が大きく崩れて、そのまま倒れそうになる。


 ダードリーはそれを見逃すはずがなく、あっという間に距離が詰まる。


 そして、大きく木刀を振り上げた。



「あっけなかったな! じゃあな、クソ魔法使い! これで引退しておけやッ!」



 ぶん、と振り下げられる木刀。


 その速度は凄まじいものがあったが――、俺は思わず、叫んでしまう。



「リアさんッ! 打ち込めッ! 自分の才能を信じてッ!」



 その声が届くのと、ダードリーの木刀がリアに届くのはほぼ同時であった――。




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