第9話
「そうなんだ……、参ったなぁ……。それならもう、いっそダンジョン探索は諦めて、この魔法で食っていこうかな……?」
俺が脱力しながらそう言うと、女神アリスが『ちょっとー!?』と声を荒らげる。
女神アリスには申し訳ないが、ここまでの詰み職業だったらどうしようもなくないか。
幸いなのは、普通に生きていく分にはこの能力はとても強力だということ。
「材料さえあれば、何でも作れるわけだし……。こう、大工さんや職人の代わりみたいな仕事ができないかな。俺はその工程をすっ飛ばせるわけだし」
材料さえ用意してくれたら、どんな家でもすぐさま作りますよ、なんて触れ込みをすれば、大儲けできるんじゃないだろうか。
もしも俺の世界にこの能力を持っていけば、食うのには全く困らないどころか、財を成すことすら容易だろう。
俺は異世界スローライフ物も好きだから……、とまったり生活を夢見ながらぽやぽやしていると、リアはきょとんとした顔をしていた。
「いや……、ダメに決まってるじゃない」
「え。なんで」
「魔法条例で決まってるから。クラフトの魔法を使用して金銭を受け取ってはならない。クラフトの魔法は個人の使用のみとする。常識でしょう……」
「え、な、なんでそんな条例があるの!?」
「ほかの職業の仕事を独占しちゃうからでしょう……。許されているのは、あくまで個人の使用だけ。……あなた、まさかそれ知らないのにクラフトの魔法を取得したの?」
疑いの目を向けられて、俺は焦る。
耳元で、女神アリスが『あなたの世界で言う、道路交通法くらい常識です』と囁いたからだ。
いやまぁ、道路交通法なら人によっては全然把握してないからアリか……? と思ったが、常識のない人間と判断されるのは避けたい。
「いや、もちろん冗談だけどさ、うん。わかってるわかってる」といかにもわかってなさそうなことを言って、ごまかしに徹した。
まぁ俺も突然、「自転車で高速道路って走っても大丈夫だよな?」と言われても冗談としか思えないので大丈夫だろ、たぶん。
「だから、クラフト師になる人は少ないのよ。習得が難しい割に、実利が少ないから。……あなたが努力して習得したのは、すごいと思うけれど」
俺のあまりにも暗い未来に同情してか、リアは慰めるようなことを言う。
実際、ショックではあった。
ダンジョンでも実生活でも使えないスキルって、だいぶ詰んでない?
これからどうやって生きていくの?
ううん……、と俺が悩んでいると、リアが続けて口を開く。
どこか自嘲的な、自暴自棄な声色だった。
「ねぇ。クラフト師っていうのは、〝観察眼〟ってスキルが使えると聞いたわ。それは、人間にも使えるって。人の才能を見ることができるって。それで、わたしの魔法の才能を見てくれない?」
俺が望んだ、『人を見る目』だ。
俺が剣や魔法の才能よりも欲した力を、彼女が使ってくれと言っている。
この力が人の役に立つのは嬉しいが、リアの言葉には引っ掛かるものがあった。
「それは……、さっきの人が言っていた、スカーティアがどうのっていう……?」
俺の問いに、リアはため息を吐く。
前に目を向けながら、静かに答えた。
「そう。わたしは、スカーティア家の――、あなた、もしかして、スカーティア家って知らない? ……そっか。スカーティア家っていうのは、北の大魔法使いの家系なの。偉大な魔法使いを何人も輩出した名門。代々魔法使いの家系で、わたしはそこの娘。幼い頃から魔法の才能があるものと育てられてきたけど――、わたしにはとても才能があるとは思えない……」
「………………」
それは、彼女の元パーティメンバーも言っていた。
大魔法使いの家系だから仲間にしたのに、魔法使いとしては実力不足。
だから、追放した、と。
「わたしより優秀な魔法使いはいくらでもいる。だから、すぐにパーティから外される……、仕方ないからスカーティアの名前を使うけれど、結果は同じ。期待されて、失望されて、最後は……。だからいっそ……、人から才能がないと断言されれば、諦めもつくかもしれない」
消え入りそうな声で、彼女は続ける。
リアはもしかしたら、やめるきっかけを探しているのかもしれない。
あんなふうに仲間から疎まれてまで、冒険者をやっていきたいかと言われれば……、そうではないんだろう。
あまり気は進まないが――、初めて俺の力が人の役に立つかもしれない。
どんなものにも、きっかけは必要だ。
「……わかった」
俺は、彼女を〝観察眼〟で見つめる。
その瞬間、彼女の情報が雪崩れ込んでくる。
基礎的な能力、彼女の長所、弱点――、人としての善性。
そして、素質。
洪水のように流れる情報の中で、彼女の魔法の才能を観た。
結果は、おそろしく単純で、冷酷なものだった。
「……見た。魔法の才能は、全くと言っていいほど、ない」
「……そっか」
彼女は力なく微笑むだけだった。
リア・スカーティアの魔法の才能は一欠片もない。断言できる。
むしろ魔法は、素質的には不得意と言っていいレベルだった。
それでも彼女は、基礎的な魔法はある程度使えるレベルに達している。
それは、どれほどの努力をしてきたのだろうか。
ここまでの努力をしたのに、あれほど疎まれれば、何もかも嫌になっても全くおかしくはなかった。
悲しい結末に、俺は肩を落としそうになり――。
「……ん? んん? んんんん?」
その異常性に、気付いた。
「……なに?」
「いや……、え、これおかしくない?」
俺はリアをじっと見つめたまま、その異常に困惑する。
ぱちぱちと瞬きしても、目を擦ってみても、それは変わらない。
もしかして、おかしくなったのか?
俺は念のため、女神アリスに真偽を問いかけると、彼女も戸惑いながら、『いえ……、これは……、おかしくありません……。間違いなく、彼女自身の才能です……』と口にした。
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