第7話



「な、なんでよ! なんでわたしが追放されなきゃいけないの!?」



 胸に手を当てて訴えているのは、ローブに身を包んだ少女だった。


 綺麗な子だった。


 真っ赤な長い髪を頭の後ろでくくり、さらりと流している。


 切れ長の瞳も控えめな唇も、形のいい鼻もどれも品がいい。


 ローブによって体系は隠れているが、背は高く、背筋もピンと伸びている。


 そして、その声も鈴のような可憐さがあった。


 けれど今は、その綺麗な顔を困惑に歪めている。



「なんで、だって? お前、マジで理由がわかんないのか?」



 彼女の対面にいるのは、全身を鎧でかっちりと固めた、屈強な男性だ。


 背中に携えている大剣も派手なもので、なんとなく強そうに見える。


 おそらく、彼がリーダーなんだろう。


 ほかの男女は静かに、ふたりのやりとりを見守っていた。


 体格のいい男性は少女を指差し、声を張り上げる。



「お前がスカーティア家の魔法使いだって言うから、俺たちのパーティに入れてやったんだぞ!?」


「そ、それは事実じゃない! ギルドカードにだって、フルネームが書かれていたでしょう!?」


「あぁ、お前は確かにスカーティアの生まれかもしれない。だが、魔法使いとしてはてんで雑魚じゃねえか!」


「うっ……」



 少女は苦悶の表情で言葉に詰まる。


 男性のそばにいた数人が、そっとを目をそらしながら呟いた。



「詠唱も遅いし、威力もイマイチ。いくら何でも、うちじゃやっていけないよ」


「スカーティア家の名前で、これだとさすがに……」


「明らかにリアだけがうちの足を引っ張ってるんだ……。勘弁してくれ」


 


 様々な批判の声に、少女の顔がさらに歪む。


 その表情を見て、戦士の男性は吐き捨てるように告げた。



「このとおりだ。スカーティアを名乗っておきながら、魔法使いとしては役に立たねえ。こんなの詐欺だろう。むしろ、今まで面倒を見てやったことを感謝してほしいくらいだぜ。ほら、さっさと出ていけってんだよ!」


「う、うう……っ!」



 少女は歯を食いしばり、泣きそうな顔をする。


 彼女を擁護する人はだれもいない。


 彼女はすぐさま踵を返し、冒険者ギルドから立ち去っていった。


 男性はふん、と鼻を鳴らすと、「さ、新しい魔法使いを探さなきゃな」とご機嫌に周りに告げた。



「……嫌なものを見ちゃったなあ」



 つい追放という言葉に反応してしまったけれど、実際に目にするとなんとも嫌な気分になる。


 あんな言い方することないだろう、と思ってしまった。


 俺が胸を手で擦っていると、女神アリスがぽつりとこぼす。



『ですが、あの子はまだパーティを組めるだけ、救いがあるかもしれません』


「そうですかね……。……ん? あの、アリス様。それ、俺よりはマシって言い方してます? まだわかりませんからね?」



 女神アリスのキツイ言葉を躱しながら、俺はギルドから出ていった。


 その少女がまだいるかどうかはわからなかったが、それほど離れていない場所に彼女の姿を見つける。


 彼女は、木のそばに座り込んでうなだれていた。



 何かできると思って来たわけではない。


 だがなんとなく、見て見ぬふりはできなかった。


 少女は、ぽろぽろと涙をこぼしながら、杖をぎゅうっと握りしめている。



「わたしだって、わたしだって……、こ、この名前のせいで……、もうやだ……」



 そこは建物の陰になっていて、注意深く探さないと見つからない場所だ。


 彼女はそこで、人知れず涙を流している。


 俺は躊躇してしまうと話しかけられない気がしたので、何も考えずにとにかく声を掛けた。 



「あの……」


「っ!?」



 人がいるとは思ってなかったのか、少女はビクっと身体を揺らす。


 彼女は慌ててローブで涙を拭いてから、こちらをキッと睨んだ。



「なに……?」


「ええと……」



 なに、と警戒心丸出しの声で言われて、俺は迷う。


 何をしにきたのだろう。


 俺が答えに詰まっていると、女神アリスがううむ、と唸った。



『まぁ、ナンパとしか思えないですよね。弱った女性に付け込むタイプの』



 うるさいですよ。


 女神アリスに思わずそう言ってしまいそうになるが、彼女の手前何もできない。


 変わらず怪訝そうな目を向けてくる彼女に、俺はハッとする。


 そうだ、ナンパだ!



「あ、あの! 俺と、パーティを組みませんか?」


「は……?」


「俺もダンジョンを潜る仲間を探してて、でも張り紙には俺が入れるパーティがなかったから。君はさっき、パーティから外れたみたいだから、いっしょにどうかと思って」


「……………………」



 彼女は訝し気な表情を浮かべていたが、話を聞くつもりはあるらしい。


 ふう、とため息を吐いて、自分の隣に手を置いた。



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