第5話
一目見た印象としては、イノシシ。イノシシに近い。
やたらと毛むくじゃらで牙が発達しており、明らかに殺傷力が高そうな見た目をしていることに加え――、何よりでかかった。
俺と目が合うくらいに。
つまり、170センチくらいの高さ。
全長は3メートルをゆうに超えていそうだ。
俺の世界のイノシシはもっともっと小さいが、それでも随分と危険だと聞いたことがある。大人でも襲われれば、大怪我をするくらいに。
それがこれだけの大きさ、そのうえこの巨大な牙……。
ヤバない?
『ヤバい』
とても女神とは思えない発言が聞こえた瞬間、イノシシは猛烈にこちらに突っ込んできた。
「うおおおおおおおおおッ!」
俺はすぐさま横に飛び跳ねて、無様に転がりながらなんとか回避する。
足音からしてヤバい! 速度もヤバい!
あんな奴の突撃を喰らったら、一発でまた死んでしまう!!
『ワイルドボア……。今のクウさんの力では、とても倒すことができない魔物です……』
「オオネズミと違って名前が本気すぎる……! た、倒せないの、こいつ……!?」
俺は木刀を握りしめて、ワイルドボアに目を向ける。
奴はこちらをまっすぐに見て、見るからに殺意を放っていた。
でかい。怖い。強そう。
確かに、こんな木刀で叩いたところで全く死にそうにない。ナイフも同じだ。突き刺したところで、致命傷にはなりえないのではないか……?
「……っ?」
そう思った瞬間、ワイルドボアの顎の下が小さく光った気がした。
だがその些細な違和感を確かめる前に、ワイルドボアが突っ込んでくる!
「ひいっ!」
ドドドドドッ! と足音を立てて突っ込んでくるワイルドボアを、必死に躱す。
俺は無様に地面に転がるが、頭の中は大騒ぎだった。
ど、どうしよう、どうしよう……!?
こんな奴相手に、どうすればいい!?
『だから、最初に冒険者ギルドに行ったほうがいいと言ったのに……』
「チュートリアルが諦めないで……!」
女神アリスのあんまりな言葉に、泣きそうな声で叫ぶ。
だが、このままではまずいのも確かだ。
しかし、俺はなすすべもなく――。
「ファイヤーボールッ!」
「ひいっ!」
突然、だれかの声が聞こえたかと思うと、目の前のワイルドボアが炎上した。
ネットで見慣れた炎上ではなく、本物の炎上である。
熱風が駆け抜け、目の前で火柱がすごい勢いで立ち上ぼる。
よっぽど火力が高いらしく、ワイルドボアの身体にあっという間に燃え移り、全身を炎が覆った。
絶命の声を上げる間もなく、地面へ倒れ込む。
焼き焦げたワイルドボアの前で呆然としていると、複数の足音が聞こえてきた。
「なんだなんだ。新米冒険者か?」
そう声を掛けてきたのは、若い男性だった。
立派な鎧に身を包み、腰にぶら下げた剣も実に名がありそうな立派なもの。
その後ろには魔法使いっぽい人や、盗賊っぽい人たちがぞろぞろと歩いている。
どうやら、彼のパーティらしい。
七人組の冒険者たちは装備も風格も十分なものがあって、尻もちをついている俺を見下ろしていた。
「あなた、大丈夫? なんだかまずそうだったから、つい撃っちゃったけど」
長い木の杖を持った魔法使い然とした女性に、声を掛けられる。
先ほど、ワイルドボアを一瞬で炎上させたのは彼女らしい。
「あ、ありがとうございます……、助かりました……」
「それはいいんだけど。君、ひとり? ダンジョンなんてひとりで潜るもんじゃないよ。装備も貧弱だし……、もしかして、観光?」
呆れたように言われてしまう。耳元で、『ほら。だから言ったのに』と女神アリスが呟く。うるさいですよ。
女神アリスに気を散りそうになりながら、俺は彼女らに答えた。
「いえ、俺も冒険者で……。初めてこの街に来たので、ダンジョンを見てみたいと思って……」
「やっぱり観光気分じゃない……。とにかく、そんな装備でひとりで潜る場所じゃないから。引き返したほうがいいよ」
「冒険者ギルドに行くといい。そこでパーティを組んで、改めて挑戦するといいさ」
彼らは親切にもそう助言してくれる。やさしい先輩たちだ。
なんこう、冒険者って「あァ!? お子ちゃまはママのミルクでも飲んでなゲハハハ!」みたいなモブを想像していたから、普通に親切にしてもらうと嬉しくなってしまう。
それに、彼らの助言はそのとおりだった。
こうして実際にやってきてわかったが、ダンジョン探索は確かにひとりで行うものじゃない。
彼らのようにパーティを組むべきだ、というのが身体で実感できた。
そこではっとする。
ここに頼りになるパーティがいるじゃないか!
「じゃ、じゃあ俺をこのパーティに入れてくれませんか!?」
俺は立ち上がり、自分の胸に手を置く。
彼らは面食らった表情で、「俺たちの?」と呟き、お互い顔を見合わせた。
そして魔法使いの女性が、こめかみに指を当てながら答える。
「ええと……。念のために聞くけど、君の職業はなに?」
「職業……、あ、クラフト師です」
「クラフト師!?」
七人がざわついて、再び顔を見合わせる。
俺ははっとして、すぐさまあのセリフを口にした。
「もしかして、俺なんかやっちゃいました?」
『違う。今じゃない。今じゃないです、そのセリフは。や、確かにやっちゃってるんですが……』
女神アリスが顔を手で覆って、ふるふると頭を振る。
それにかぶせたわけじゃないだろうが、剣士の彼が苦笑いを浮かべた。
「うちはクラフト師が必要になるようなパーティじゃない。それにおそらくだが、君とうちじゃレべルが違いすぎる。申し訳ないが……」
「そうですか……」
戦力にならなさそうだから、という至極真っ当な理由で断られてしまう。
それじゃあ、と告げて彼らはぞろぞろとその場を立ち去って行った。
歩き様、「わたし、ダンジョン内でクラフト師初めて見た」「俺も」「わたし、一回だけ大規模パーティに入ってるのを見たことあるよ」と人の職業を話の肴にしているのが聞こえる。
もしかして、クラフト師ってかなりのレア職業……?
いよいよ不安になってきたが、ここで口に出せば女神アリスに『だから初心者用の職業にすればよいと言ったのに……』と言われてしまいそうなので、黙り込む。
とりあえず、ダンジョンの下見は終わりだ。
彼らの言うとおり、冒険者ギルドに向かおう。
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