第4話

 カツカツカツ、と石段を下りていくと、間もなく広い場所へと出た。


 ぞくりと肌が粟立つ。


 明らかに空気が変わった。ひんやりとした風が髪をわずかに揺らし、緊張感が身体を固くする。


 階段を下りた先にあったのは、広い洞窟だ。むき出しの岩だけで形成された、完全な自然の産物。


 これがあれだけ栄えている街のすぐ真下にあるとは、にわかに信じがたい。


 そして、人の姿もなかった。


 自分の息遣いさえ聞こえそうな静けさの中で、俺はゆっくりと足を踏み出す。



『気を付けてください。ここからは、魔物が出ます』


「……っ」


  


 女神アリスの忠告に従い、俺はそっと腰のナイフを右手で抜いた。


 ゆっくりとゆっくりと、洞窟の中を歩いていく。


 すると、それは突然現れた。



「うわあっ!」


 


 目の前に飛び出してきたのは、大きなネズミ――、現実世界で見るネズミより何倍も大きい、中型犬くらいの大きさのネズミだった。


 異常に歯が肥大化しており、それが鋭い武器だとわかる。



『オオネズミです! あの鋭い歯で攻撃してきますから、気を付けてください!』


「じょ、情報が増えない……っ! 全部見たままですね、こいつ……!」



 女神アリスのアドバイスを聴きながら、ナイフを構える。


 ナイフの使い方なんてわからないが、相手も生き物。


 とにかく、斬れば倒せるはず……!


 名前といい容姿といい、そこまで強くなさそうだ。もしも、俺が倒せないような強敵なら、女神アリスが止めてくれるだろう。



 俺は腰を落として、オオネズミの出方を窺う。


 奴は素早い動きでこちらに突進してきた!



「こ、こわっ!」



 がぱりと口を開けて飛び掛かってくるオオネズミに、俺はとにかくナイフを振るう。


 それが偶然、オオネズミの身体にヒットした。


 すれ違いざまにオオネズミの身体を引き裂き、どうやら当たり所もよかったらしい。


 飛び掛かったオオネズミはそのまま地面に転がり、血を噴き出しながら絶命した。



「ふ、ふう……」



 動かなくなったオオネズミを見て、汗を拭う。 


 まだ心臓がバクバクしている。危なかったし、怖かった……。


 けれどとにかく、一体目のモンスターを仕留めた。初白星だ。


 たまたま倒すことができた……、という感じだが、それでも勝利できてよかった。


 俺はしばらく動けず、その死体を見下ろしていた。


 そこで、なんとなく首を傾げる。


 さっき、身体が少し光ったような……?


 俺が注意深くオオネズミの死体を見ていると、そばに何かが落ちていることに気付く。



「これは……? 木材……?」


『あ。魔物がアイテムをドロップしたんです。よかったですね』



 女神アリスが手を合わせて喜ぶ。言い方のせいでなんとも俗っぽいというかゲームっぽくなってしまうが、魔物が何か物を持っていたらしい。


 それがこの木材、というわけだ。


 何の変哲もない、ただの木材だ。何かの役に立つとも思えない。


 しかし、女神アリスは嬉しそうに声を上げた。



『それで早速、アイテムをクラフトしてみましょう』


「あっ」



 忘れていた。


 俺はクラフト師。アイテムをクラフトできる力を持っているのだ。



『では早速、武器を作ってみましょうか。木刀とかいかがでしょう』


「アリス様、本当にチュートリアルみたいですね」


『うるさいですよ。わたしが言わなきゃ、クラフトの存在だって忘れていたでしょうに』



 まぁそれはそうなんだけど。


 俺は地面に落ちていた木材を拾い上げ、それをしげしげと見つめる。


 すると不思議なことに、頭の中にぼんやりと木刀の形が浮かび上がった。



『そうですそうです。そのまま木刀の形をイメージしたまま、〝クラフト!〟と口にしてみてください』


「はい……。クラフト!」



 言われたとおりに、俺が叫ぶ。


 すると、木材はすぐさま光り輝き、あっという間に想像したとおりの形へと変化した。


 しっかりと握れる、およそ一メートルくらいの木刀だ。



「おお……」


 


 ただの木材が武器へ変化して、俺はにわかに興奮する。


 ぶんぶん、と振ってみるが、ちゃんとした木刀だ。おかしなところはない。


 クラフトは成功したようだ。


 ちゃんと武器として使える。これで先ほどのオオネズミを叩けば、ひとたまりもないだろう。


 


「これはいいかもしれない……。ナイフと使い分けることもできそう……」



 素早いオオネズミ相手には、ナイフより木刀のほうがよさそうだ。


 ナイフは殺傷能力が高いが、リーチは短い。木刀はその逆。


 できれば剣を使ってみたいが、実際の剣は重くて振り回すのも難しいと聞く。俺にはこういった軽量の武器が合っているような気がした。



「……っと。お?」



 木刀を振っていると、わずかに眩暈がした。本当に一瞬だが、くらっとしたのだ。


 首を傾げていると、女神アリスが説明してくれる。



『クラフトは魔法の一種なんです。魔力を使って使用するので、初めてなら眩暈を覚えてもおかしくありません。慣れればそんなことありませんし、使っていれば魔力の総量も増えていきますので、積極的に使って鍛えてください。最初はクラっとするでしょうが』


「クラフトだけに?」


『は?』



 怒られてしまった。


 俺は聞こえなかったふりをして、一旦ナイフを鞘に戻す。


 木刀なら両手で握りたい。


 やはりリーチがあることと、武器! という感じがなんとも頼もしい。


 さっきのオオネズミが来ても、何とかなりそうに思えた。



 その瞬間、何やら気配がしてそちらに目を向ける。



「よし、こい! オオネズ……、ミ……?」



 俺は木刀を握りなおして敵と対峙するが、そこにいたのはオオネズミではなかった。

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