第2話:プロローグ2・心臓移植:佐藤繁一視点

「先生、俺の心臓を移植してくれ、頼む!」


「そんな事はできません!」


「俺が自殺したらいいのか、死んだら克也に移植してくれるのか?!」


「大きさが合わない、まだ十二歳の克也君にお爺さんの心臓は大き過ぎる。

 それ以前に遺伝子が合わないと無理です!

 ご両親が事故で亡くなられたとしても、誰に移植するのかは臓器移植コーディネーターが適切に決めるのです。

 提供者の想いを無視したりはしませんが、拒絶反応で失敗すると分かっていて、不適合者に移植する事はありません!」


「俺は克也の曾祖父だぞ、それなのに合わないと言うのか?!」


「全く遺伝子が違う訳ではありません。

 間違いなく克也君は繁一さんの曾孫さんです。

 ですが、免疫抑制剤を使っても危険なくらい不適合なのです。

 それに、ご家族に死を強要するような風潮は作れません!」


「お爺さん、先生の言われる通りですよ」


「くっ、どうしようもないのか、金さえあれば!」


「円安の関係で軽く7億円はかかりますからね……

 ですが、適合する心臓がいつ見つかるか分からないのも確かです。

 希望を捨てずに頑張りましょう」


「分かりました……もう一度ドナー登録を頼んで周ります」


 ★★★★★★


「お爺さん、どうでした?」


「光孝と戦友会を周ってきた、近衛騎兵連隊だけでは人数が少ないので、第1近衛師団や第2近衛師団で存命の者たちにも頼んできたが……」


「そうですね、そう簡単に克也と適合する方が亡くなられるとは限りませんよね」


「日本が負けていなければ、帝政のままだったら、戸田子爵家の力を使って探し出してもらえたのに!」


「お爺さん、日本が勝っていたら、家の豊之と翔子さんは結婚できていませんよ」


「……それもそうだな……ちょっとおかしくなっていたようだ」


 ★★★★★★


「お願いします、ドナー登録をお願いします!」


「募金をお願いします、心臓移植の募金をお願いします」


 親戚の縁も人情も薄い世の中になってしまった。

 昔は何があっても助け合うのが普通だったのに……

 

 不景気で自分たちが生きていくだけで精一杯というが、戦前戦中戦後の事を思えば、信じられないくらい豊かで自由だ。


 その自由が人情を無くしたというのなら、何と皮肉な事か。

 親戚付き合いが希薄になった曾孫や玄孫には、克也は他人も同然なのだろう。

 だが、それにしても、もう少し協力してもいいだろう!


 光孝の実家も敗戦で全ての財産を失い、縁を頼って何とか神職となったくらいだ。

 金の切れ目が縁の切れ目、頼れる所も減っている。


 先祖代々百姓だった儂も、農地解放でもらったブドウ畑を作って生きてきたが、大した金もなければ力もない。


 宗家は農地解放で結構な農地を手に入れたが、金に汚い奴らばかりで全く助けてくれない。


 儂の生まれた本家は、跡取りが貧乏人のお坊ちゃんで、見栄を張って、農地解放でもらった土地を全部失ってしまった。


 兄さんが生きていてくれたら、戦死していなければ、慶喜も少しはしっかりしていたのだろうが、兄を亡くした母が猫かわいがりし過ぎた。

 儂が厳しくすれば良かったのだろうが、父親を亡くした慶喜がかわいそうで……


 逆に波子の実家は農地解放で自作していたブドウ畑以外は全部小作に取られた。

 義兄さんや孝志が生きていてくれたら移植費用を貸してくれたのだろうが、好い奴ほど若死にしやがる。


「お婆さん、ここを任せても良いか?」


「どこか行かれるのですか?」


「もう一度親戚縁者、友人知人の所を全部周って来る。

 少しでも心臓移植の費用を貸してもらえないか、頼んで来る」


「分かりました、ここは任せてください。

 ですが、借りられなかったとしてもケンカしないでくださいよ。

 孫や曾孫たちにも家庭があるんですよ」


「分かっている、そんなことは分かっている、分かっているが……」

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