第24話 輪廻転生

 家に帰って来て、リリーは夜空を眺めていた。

 鼻歌交じりの天体観測はとても至福そうだ。


「ごキゲンだね、リリー」

「あ、セイママ……! 今日はお星様がきれいなんだぁ……。セイママも一緒に見る……?」

「ミるミる!」

「わたし、お星様のことはよく分からないけど、夜空を見上げるのは大好き……!」

「サイキンはミてなかったけど、ボクもヨゾラをミアげるのはダイスきだよ。ムカシ、ヒトバンジュウナガめていたこともあったなぁ……」

「そうなんだ……!」

「リリーはヨゾラのどんなところがスき?」

「そうだなぁ……。手が届かない高い高いところが好き……! セイママは夜空のどんなところが好き……?」

「ボクはね、タイセツなヒトとアえるところがスきかな」

「大切な人と会う……?」

「リリーにはちょっとムズしいかもしれないけど、ヨゾラであれば、もうニドとアえなくなってしまったタイセツなヒトとでも、またアうことがデキるんだ」

「ふーん……。わたしには分からない……!」

「アハハハ! テンタイカンソクは人それぞれ、イロんなタノしみカタがあるってことさ」

「何なに、何の話?」


 セイとリリーの会話に、突如ミコトが割り込んでくる。


「イマ、リリーとテンタイカンソクのハナシをしてたんだ」

「なぁに、ロマンチックなことしてるじゃないの」

「ミコトは、テンタイカンソクって、スキ?」

「あたしはそんなに好きじゃないかな。天体観測なんかしたら、秒で寝る自信があるわ」

「うわー……、オンナのコとはオモえないハツゲン……」


 ドン引き――とまでは行かないが、セイは軽く引いたような素振りを見せる。


「何よ、文句ある?」

「いや、ベツにないけどさ……。マエからオモってたけど、ミコトってヘンにガサツだよね」

「ふん! 余計なお世話よ!」

「せっかくカワイいのにもったいない……」


 あーだのこーだのと言い合う二人であったが、実際のところは単なるイチャつきでしかなく、リリーは呆れたように大きな溜め息をつく。

 しかし、次の瞬間、

 不意にリリーは、こぼれんばかりの笑みを浮かべた。


「わたし、セイママとミコトママみたいになりたいな……」


 突如放たれた耳を疑うかのような発言。

 あまりの驚きに、セイとミコトは、目を丸くしている。


「えっ! そ、それって、どういう……?」


 間違いであってくれ。

 そう念じながら、セイはその先を促す。


「わたしも子供を作って、家族が持ちたいなって思ったの……」


 それ以上聞きたくない。

 セイとミコトは耳を塞ぎそうになる。


「もしカゾクをモってしまったら、ボクたちのカンケイはこれでオわりだよ……。リリーとボクたちは、ニドとアえなくなってしまうんだ……」

「そうなの……?」

「イヤだけど、そういうキまりなんだ」

「とっても辛い決まりだね……」

「でしょ!? だから――!」

「それでも、いつかわたしは、自分の家族が持ちたいな……」


 『えへへ……』と、笑いながら、リリーは目を輝かせる。


「セイ、来る時が来たのよ……。この子に、全てを伝えてあげましょう……」


 グッと押し黙っているセイに、ミコトは決意の眼差しを向ける。

 今、至福の時が終わりを迎えようとしていた。


「リリー、あのね。アナタは既に死んでるの。アナタが家族を持つには、神様に頼んで、生まれ変わりをしなければいけないのよ……」

「生まれ変わりって……?」

「さっきセイも言ってたけど、あたしたちとは二度と会えない、遠い遠い世界に行くってこと……」

「もしかして、家族を持つって寂しいことなの……?」

「リリー、誤解しないで。家族を持つことは、決して寂しいことなんかじゃないわ。むしろ、今よりももっと幸せになる大事なことなのよ」

「でも……」

「あたしたちがリリーと一緒にいて、少しでも悲しそうにしていた時があった?」

「ない……!」

「じゃあ、つまりはそういうことよ」


 リリーとミコトのあいだに、微笑ましい柔らかな空気が流れた。


「わたし、今よりももっと幸せになりたい……!」

「それはつまり、生まれ変わりたいということ?」

「うん……!」


 大きく首肯するリリー。

 その一言は、一切の迷いがなく、はっきりとした意思の固さが見て取れた。


「ねぇ、聞いた?」


 神を相手に、ミコトが呼び掛ける。


「リリーはこう言ってるけど、どうするの?」


 何もない空間がぐにゃりと歪む。

 僅かな間を置いて、カバネの姿をした神が現れた。


「お二人共、お久し振りですわね」

「挨拶はいいわ。それよりも、リリーをどうするの?」

「本人が望むのであれば、もちろん生まれ変わりを許可しますわ」


 神はにこやかに笑う。


「……じゃあ、よろしくお願いするわ」


 何が何だか分からない。

 心の底から驚いた表情で、リリーはぽかんと立ち尽くしている。 


「リリー……」


 ここにきて、セイはようやく口を開く。


「キミとデアってから、どれほどのジカンがナガれたかワからないけど、キミとデアったトキのことは、イマでもセンメイにオボえているよ。サイショデアったトキのキミは、オトナしくて、ボクはナカヨくなれるかちょっとシンパイだった。ショウジキイうと、ボクはキミのことがニガテだったんだ。それがツキヒをカサねるウチに、キミはボクのコトを、ママとヨんでくれるようになった。イマまでたくさんのツラいことがあったけど、キミがボクをママとヨんでくれるタビ、ボクは……、ココロのソコから『ああ、ウまれてきてヨかったな』ってオモえるようになったんだ」

「セイママ……!」


 セイはリリーを思いっ切り抱き締める。


「スきだよ、リリー」


 二人のやり取りを見ていたミコトは、まるで、糸が切れたかのようにわんわんと泣き出す。


「あたしも……! あたしもよ、リリー……!」


 泣きじゃくるミコトを見て、リリーはもらい泣きをする。


「ミコトママ……!」


 三人はしばらく抱き合うと、やがて誰からともなく離れる。


「そろそろいいかしら?」


 神がそう言うと、セイとミコトは、名残惜しそうに口をつぐむ。

 しかし、間を置いて、はっきりと大きく頷いた。


「セイママ……! ミコトママ……!」


 リリーは二人の名前を大きく叫ぶ。


「リリー。愛しいリリー。どうか来世でも幸せになって」

「ボクたちはいつまでも、ココからキミのことをミマモっているよ」


 数瞬後、神はその至上の力を使った。

 徐々にリリーの身体が半透明になって行く。


「セイママとミコトママに愛してもらって、わたし、とってもとっても幸せだったよ……! 今まで本当にありがとう……! セイママとミコトママも幸せになって……!」


 泣きながら、セイとミコトに、大きく手を振るリリー。

 セイとミコトも、リリーに手を振り続ける。

 ここまで、セイはずっと神妙な面持ちだった。

 が、リリーの泣き笑いを見ていて、このままじゃ駄目だと思い、朗らかに笑う。

 ミコトはその横で、涙が止まらない様子だった。


「またね、リリー」

「アナタの前途に祝福がありますように」


 セイとミコトがそう言うと、リリーは輪廻の輪へと加わって行った。


 〝いつかまた〟


 終わりのない輪廻転生の中で、再び出会うことを信じて、セイとミコトは、いつまでも手を振り続けるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る