第20話 和気あいあい
外に出た三人は、その幻想的な光景に、思わず息を呑んだ。
三人がいるそこは『花畑の世界』という、天国でも五本指に入る特別美しい際立った世界であった。
どこまでもどこまでも、地平の彼方まで広がる、一面の花畑で――、色とりどりの花々たちが、狂ったように咲き乱れている。
宝石のように美しい、その花々たちは、筆舌に尽くし難く、まさに絶景の一言でしか語れない。
鼻孔をくすぐる、花々たちの甘い香りが、三人の意識を覚醒させた。
「凄い……。お花きれいだね……」
「あたし、ちょっと感動しちゃった。セイは?」
「ボクはなんだかナけてきちゃったよ……。きれいなケシキって、こんなにもココロをウつものなんだね……」
三人でしばらく花畑を眺めていると、リリーが急に渋い表情をし出した。
「いつまでも突っ立ってないで、そろそろ先に進もうよ……」
子供は飽きっぽいって本当だ。
「そうだね。イこう、ミコト」
セイはミコトの手を引っ掴む。
「ちょ! セイ! あまりはしゃぐと転ぶわよ!」
此処は死者の世界――、幽世だと言うのに、相も変わらず賑やかな面々なのであった。
五分。
十分。
十五分。
歩き出してから、僅かな時間が経った。
景色に見惚れながら、ぼんやりと歩いていたセイであったが、ここにきて、リリーの声でハッとする。
彼女は何かを発見したようだった。
「見える……?」
リリーが指差すその先には、古びた建築物があった。
白い石造りのそれは、大きさから考えて、恐らく死者の住居である。
「きっと、あそこでクらせってことだね」
三人は住居の前まで行くと、まず玄関をノックし、住人の有り無しを確認する。
誰もいないことが分かると、扉を開け、ゆっくりと中へと入って行くのであった。
住居の中はこぢんまりとしていた。
簡素で飾り気のない内装は、良く言えばシンプルだが、悪く言えば殺風景で、見た目の印象があまりよろしくない。
が、生活に必要な最低限の物は、ちゃんと全て揃っているようだった。
「少し埃っぽいけど、良いじゃないの」
「これがボクたちのイエ」
セイは
「さてと、せっかくだから、何か食べましょうか」
「えっ! ボクたちって、ショクジすることが出来たの!?」
「一応、ね。此処は天国。食の楽しみも娯楽の一つなのよ」
幽世とは奥が深い。
セイは驚いたような顔付きになる。
「ちなみに、料理を作るのは簡単よ。ここにある〝万能庫〟に、食べたい物を言うだけでいいの」
そう言って、ミコトが手を置いた先には、五十センチメートル四方の大きな箱があった。
「箱が何故、料理をって顔ね」
「そりゃそうだよ。このハコはいったいナンなんだい?」
「あたしも詳しくは分からないけど、とにかくどんな料理でも作ってくれる便利な箱なの!」
意味が分からず、セイは大きく首を傾げる。
「論より証拠ね。セイ、アナタは今何が食べたい?」
「えっ! そうだな……。ボクはイマ、ビーフジャーキーがタべたいかも」
「よしきた!」
ミコトは箱に手を伸ばすと、前面にあるスイッチを押す。
そして、箱に向かって、ビーフジャーキーと言った。
すると、しばらくして、箱から良い匂いが漂ってくる。
間を置いて、チーンという音が鳴った後――、箱の扉を開けると、中からは、皿に乗ったビーフジャーキーが出てきた。
「うわ! スゴい! ちゃんとビーフジャーキーがデてきた!」
「でしょ? あたしも最初見た時は驚いたものよ」
ミコトは得意げに笑う。
「でもなー、ショウジキボクは、ミコトのテリョウリがタべたかったよ……」
「うっ! そ、そんなこと言ったって、あたし、料理は出来ないわよ……」
困ったように、慌てふためくミコトであったが、リリーがポツリと口を開く。
「おにぎり……」
「「えっ?」」
「わたし、おにぎりが食べたい……」
おにぎりを作って。
瞳を潤ませながら、やや上向きの視線で、リリーはそう言った。
「そうだ! おにぎりなら、ミコトにもツクれるんじゃない? ただごハンをムスめば良いだけだし」
「失礼な言われ方ね。でも、確かに一理あるわ。おにぎりなら、あたしにも作れるかも!」
笑っているようで、笑っていない、複雑な表情を浮かべるミコトであったが、自分にも出来る料理があったことを知り、善は急げと、万能庫に〝塩〟と〝海苔〟と〝熱々のご飯〟と言う。
しばらくして、チーンという音が鳴ると、箱から〝三種の神器〟を取り出すミコト。
そして、おにぎりを作り始めた。
「ボクもテツダうよ」
せめて、自分の分はと、セイもおにぎりを作り始める。
僅かな間を置いて、三人分の塩おにぎりが出来上がった。
「ふぅ、リョウリなんてハジめてしたけど、ナカナカオモシロいもんだね」
「そうね。たまには自分で作るのも、悪くないと思ったわ」
セイとミコトは笑い合う。
「ねぇねぇ、おにぎりちょーだい……」
「あっ、ごめんね。はい、リリーの分よ」
「ありがとう……」
「ボクたちも食べようか」
三人は勢い良くおにぎりにパクつく。
「わぁ、美味しい……」
「ハジめてツクったワりには、ボクのもオイしくデキたよ」
「右に同じ」
息が合ったことに、三人は大きく笑い合う。
「「「ごちそうさまでした」」」
おにぎりはあっという間に、消えてなくなってしまった。
「食事なんて久し振りにしたけど、我ながら大満足だったわ」
「ヒサしブりのショクジは、ゴゾウロップにシみるね」
「アナタってたまに難しい言葉使うわよね。犬だったくせに」
「ハハハハハ。タブン、セイゼンのメイのエイキョウだね」
「まぁどうでもいいわ。食事もしたし、お風呂に入らない?」
「えっ!?」
「何よ?」
「オフロなら、ボクハイりたくない……」
「何でよ?」
「イヌだったキオクをトりモドしてから、なんかミズがコワいんだ……」
「そう言えば、犬とか猫って、水が嫌いだったわね……」
「そういうことだから、フタリだけでハイっておいでよ」
「そういうわけには行かないわ。アナタも入りなさい。いくら死神だからって、ずっと入らないのは、気持ち的に汚いでしょ」
「……ボクはゼッタイにハイらないよ」
セイが決意の眼差しで訴える。
しかし、
「もし一緒にお風呂に入ったら、ご褒美にとても良いことを教えてあげてもいいわよ」
ミコトが悪戯っぽくそう口にする。
「えっ!?」
「まぁでも、どうしても入りたくないみたいだから、二人だけで入ろっか、リリー」
ご褒美。
何を教えてくれるのか。気になって、セイはおろおろと狼狽える。
やがて、意を決したような表情になると、二人の後ろをのっそりと付いて行くのであった。
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