第13話 名無し

「きゃあっ!」


 悲鳴を上げたのはミコトであった。

 それもそのはず、ヴァーチャーの初手攻撃対象は、一番近くで震えていたミコトであった。


 ガチガチと歯音しおんを鳴らしながら、全てを食い尽くさんと迫る、掘削機のようなヴァーチャーの攻撃。


 ヴァーチャーの大きな特徴。

 それは、ドリルの集合体のような、その口にあった。


 当たれば即致命傷のその攻撃を、ミコトは辛うじて躱すことに成功する。

 しかし、めちゃくちゃに削り取られた岩場を見て、ミコトは、半泣きから大泣きへと変わった。


「あんなの! 一回でも当たれば、そこでもう終わりじゃない! どうするの!? どうしたら、良いの!?」


 焦燥感に駆られるミコトだが、続いて、パワーも攻撃に打って出る。

 パワーの大きな特徴。


 それは、鋼のような硬い体にあった。

 パワーは鉄球のように丸くなると、勢いよく六人の面々に転がって来る。

 そして、六人を壁まで追い込むと、大きく手足を広げて、一気に襲い掛かった。


「コイツめ! これでも食らいなさい!」


 近くの岩場から、岩石を引っこ抜くと、メイはすかさず反撃に打って出る。

 手に取った拳大のそれは、武器として十分に使用可能な物であった。

 岩石はパワー目掛けて、思いっ切り、力を込めて振り下ろされる。

 が、その攻撃は無駄に終わる。

 岩石を口で受け止めたパワーは、一瞬動きが止まったが、ガリゴリと嫌な音を立て、一息にそれを飲み込んだ。


「いよいよ以って、ヤバイわね……」


 頬を伝う冷たい汗。

 メイは今までにない、激しい手詰まり感を感じていた。

 絶体絶命の窮地の中、

 パワーとヴァーチャーは、突然ルシフェルの方に視線を向ける。


「オマエ……、カリニモテンシトイウソンザイダッタモノガ……、イッタイココデナニヲシテイル……!」

「テンシハイレギュラーヲハイジョスルソンザイ……。イマスグソイツラヲハイジョシロ……!」


 まるっきり片言だが、突如喋り出した二匹の天使たちに、驚きの声を上げる五人の面々。

 そんな時でも、相変わらずルシフェルに反応はない。

 パワーとヴァーチャーは、どういう訳か、何故か自我があった。


「私は堕天した身だ……。イレギュラーの排除など……、もはや関係ない……。お前らで勝手にしていろ……」


 ルシフェルは、二匹の天使たちに目もくれず、唾を吐くように、それを言い捨てた。

 すると、


「ソウカ……。ナラバオマエモ……、イレギュラートシテハイジョシヨウ……!」


 ヴァーチャーはピンボールのプランジャーのような姿勢を取る。


「アイツら、いったい何をするつもりよ……!」


 不安におののくミコトであったが、それはルシフェル以外の誰もがそうであった。

 パワーは体を丸めて、鉄球のような姿勢を取る。

 そして、次に――、ヴァーチャーの前まで転がった。

 ここまできて、メイはハッとする。


 これはそう、ピンボールだ。


 分かったところで、意味はなし。

 ルシフェルを襲うその攻撃を、メイたちは見ていることしか出来なかった。

 ヴァーチャー・プランジャーで、何度も発射されるパワー・ボール。


「…………ッ!!」


 天使たちの恐るべき攻撃。

 ピンボール・クラッシャーを身に受けても、まるで声に出さず、痛みに耐えるルシフェル。

 その一気呵成の猛攻撃は、ルシフェルを、何度も壁に叩き付けた。


「……ガハッ!」


 ルシフェルが血反吐のような物を吐く。


「オワリダ……。コノバカラキエテナクナレ……!」


 天使たちが最後の攻撃に打って出たその瞬間、

 名無しが天使たちの前に立ち塞がる。


「何をやっている……? どけ! お前は死者……! 幽世で死ねば、待っているのは〝無〟だけだぞ……!」


 先ほどまでの無表情とは打って変わって、焦りの表情を見せるルシフェル。

 しかし、その思いは空しく、ピンボール・クラッシャーは、名無しに目掛けて直撃する。

 地面に倒れ伏す名無しに、勢いよく駆け寄るルシフェル。

 その表情には、驚きが満ちていた。


「馬鹿がッ! 何故、私なんかを庇ったッ……!? 私は堕天使だぞ! この世に於いて、必要のない存在なのにッ……!」


 今にも泣き出しそうな、ルシフェルの顔を見て、名無しはこう言った。


「なに、言ってるんだでよ……。わっしが助けたのは、お前の為じゃない……。自分の為だでよ……。自分の罪を少しでも軽くしたいから、お前を庇った……。ただ、それだけのことだでよ……。だから、気にする必要なんてまったくない……。わっしはカバネ……。こうあって、然るべき存在なんだでよ……」

「もういいッ……! 消えるのが早まるぞッ……!」

「ルシフェル、いいかい? お前は仮にも天使なんだ……。堕天した身でも、きっとたくさんの人を救える……。だから、お願いだでよ……。そこにいる四人を助けてやってはくれないかい……?」


 自分が消えようとしている今この時に、セイたちのことを案じてくれている名無しに、四人は声にならない声を上げる。

 名無しの願いに、ルシフェルは小さく頷いた。

 そして、その時は来る。


「ああ、良かった……。これで、少しは体が軽くなったってもんだよ……」


 名無しの身体が――、音もなく、ゆっくりと消滅して行く。

 声を震わせながら、残された五人は泣いた。

 あれだけ表情を変えなかったルシフェルまでもが、声を震わせながら大きな声で泣いている。


「分かったぞ、名無し。残された四人のことは私に任せろ」


 ルシフェルの身体が銀色しろがねいろの光に包まれて行く。

 やがて、光の中から現れたルシフェルは、金色に輝く、十六枚の羽を大きく羽ばたかせた。


 堕天使ルシフェルとは。

 上位三隊の智天使、階級第二位のケルビムであった。


「いざ行くぞ、狂った天使共よ!」


 ルシフェルの周囲に、金色に輝く、無数の短剣が浮かび上がる。

 ルシフェルは、一度堕天した身の為、天使となっても、正気を失うことはなかった。


「食らえ! ソード・バレット!」


 ルシフェルの合図と共に、金色に輝く無数の短剣は、パワーとヴァーチャーを串刺しにする。

 あれほど恐怖心を覚えた、二匹の天使たちは、ルシフェルによって、呆気なく倒されてしまった。

 四人の面々は声に出して喜び合う。


「お前たち、先刻尋ねてきた〝生命石〟のことだが――」

「えっ! 在り処を知ってるの!?」


 突然のことに、ミコトが目を丸くする。


「生命石とは、神が〝息吹を吹き込んだ石〟だ。よって、〝神の間〟に行かなければ、手に入らない」

「それはアルいてイけるところなの?」

「残念だが、歩いて行けるようなところではない」

「そんな! 魔導列車もないのに、そんなところどうやって行けば……!」


 八方塞がりの現状に、メイは困惑の表情を見せる。

 不安げな四人に、ルシフェルは、笑ってこう言った。


「お前たちが神の間に行きたいのであれば、私が今から連れて行ってやろう」

「ホントかい!?」


 ミコトに続いて、セイも驚きの声を上げる。


「現在の状況を鑑みるに、神に何か異変があった可能性が高い。私も神と会って、話がしたいと思っていたところだ。本来ならば、神との謁見は、上位三隊の熾天使、階級第一位のセラフィムにしか許されないが、こんな事態だ。何とかなるだろう」


 神との謁見。

 四人の長かった旅も、いよいよ佳境に差し迫っていた。

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