第12話 おナカがスいた

 プリンシパリティの魔の手から、逃げ延びることに成功した六人の面々は、一息つけるちょうど良い休憩場所を見付ける。

 先ほど堕天使たちがいた、広大無辺な空洞よりは、圧倒的に狭いが、今いる此処もそこそこに広かった。


「……良かった。何とか撒けたみたいだわね」


 大きく安堵する五人の面々だが、連れてきた堕天使は、仏頂面で深いため息を吐いた。


「何ふて腐れてるのよ、このバカ! 助けてあげたあたしたちに感謝しなさい!」


 堕天使は『別に頼んでいないが』とそっぽを向いた。


「コイツ! なんか腹立つわね! アナタたちもなんか言ってやりなさいよ!」


 ミコトは癇癪を起したかのように、堕天使に向けて大きく地団駄を踏む。

 その姿はまるで小さな子供である。


「何故、私を助けた……? 私は他の仲間を見殺しにしてまで、生きたいとは思わなかった……!」


 『あの場で死なせてくれたら良かったのに』と、堕天使は激しく憤る。


「私のことは放っておいてくれ……」


 堕天使は再び塞ぎ込む。

 とても生命石のことを訊ける状態ではない。


「こんなこと言ってるけど、どうしたらいいのよ……?」


 当惑するミコトであったが、メイは断固たる決意で堕天使を見据える。


「そう言うわけには行かないわ! 貴方には元天使としての責務がある! 何としてでも生命石のことを教えてもらうわよ!」


 ここまで、どんな時も冷静だったメイが、堕天使に向けて怒声を浴びせる。

 それは事態の深刻さを意味していた。


「さあ! 生命石の在り処を教えなさい! そうしないと、この旅が終わらない! 旅が終わらないということは、セイの苦しみが終わらない!」


 セイはメイが何を言っているのか分からなかった。

 頭に疑問符を浮かべているのは、セイだけでなく、ミコトも同じである。


「これ以上、これ以上セイを苦しませないで!」


 薄っすらと涙を流しながら、堕天使に怒声を浴びせ掛けるメイ。

 しかし、メイが何と怒声を浴びせ掛けようが、堕天使はうんともすんとも反応を示さなくなってしまった。


「メ、メイ! ちょっと落ち着きなさいよ……!」


 ミコトに止められ、ハッとしたメイは、大きく深呼吸をする。

 そして、落ち着きを取り戻した。


「ご、ごめんなさい。迷惑掛けたわね、ミコト……」

「アナタ、セイのことになると、なんか変よ……。アナタにとって、セイっていったい……」


 取り乱したメイを、セイは呆然と見ていた。

 メイに語り掛ける、ミコトの言葉も、今のセイには聞こえていない。


「……ボクにはイモウトがいた。でも、イモウトはあるヒ、ボクのマエからスガタをケした……。それまでのタノしかったヒビは、ケムリのようにキえてしまった。そして、ボクは……!」


 そこから先の言葉が出ない。

 今、時は冷たく止まってしまっている。


「おナカがスいた……」


 セイは静かに、ポツリとそれを口にした。


「ごめんなさい、セイ……。旅はまだ終わらない。そこから先は、口にしては行けないわ……」


 メイはセイの身体を抱き締める。

 瞬間、時は再び動き出した。


「ま、また抱き合ってる! そういうのは、恋人同士じゃないと、しちゃ駄目なんだからね!」

「あれ? わたしとセイが恋人同士じゃないって、いつ言ったかしら?」

「えっ! アナタたちって、まさかやっぱり付き合ってるの!?」


 突然のカップル宣言に、ミコトは大きく動揺する。

 しかし、メイがすぐに舌を出して、『ごめん、嘘』と笑いながら言った。


「こ、この……! 大嘘つきがーーーーーーー!」


 顔を真っ赤にしながら、頬を膨らまし、メイに殴り掛かるミコト。

 その拳には結構な力が入っている。


「ちょ! 痛い! 痛いわよ、ミコト!」

「アナタみたいな大バカ者、馬に蹴られて飛んでっちゃえ!」

「……メイ」


 緊急下。

 こんな状態でも乳繰り合っている二人だったが、セイが真剣な面持ちで、メイを見据える。


「ボクはジブンがナニモノなのかシりたい。そして、メイ。キミがボクにとって、どういうジンブツなのかも」


 神妙な面持ちのセイを見て、メイは意味ありげな様子でこう言った。


「わたしのことを知って、嫌いになるかもしれない。でも、セイ。わたしには貴方しかいないの……。だから、この旅が終わるまで、どうかわたしと一緒にいて……」

「イッショにいてもナニも、ボクたちは、このタビがオわるまで、クラクをトモにするナカマじゃないか。ダイジョウブ、ボクはどこにもイきやしないよ」


 二人はそう言うと、互いに握手を交わし、大きな声で笑い合った。


「アナタたち、緊張感がないわね」

「さっきまでメイとチチクりアっていたミコトがそれをイう!?」


 ミコトの発言に驚きの声を上げるセイ。

 三人は顔を見合わせると、堰を切ったように、大きな声で笑い合った。


「なんか緊張の糸が切れちゃったわ。堕天使に訊くのが無理なら、また天使探しを始めましょうよ」


 そう言うミコトの顔は、一転の曇りもなく、爽やかに晴れ渡っていた。


「そうね。ミコトの言う通りだわ。また天使探しを再開しましょう」

「キュウにミライがアカるくなったね。やっぱりワラうことって、タイセツなことなんだなぁ」


 良かった良かったと、セイは首肯を繰り返す。


「名無し、他に天使がいるところを知ってる?」


 仲睦まじい三人を見て、微笑みを浮かべていた名無しに、メイが尋ねる。


「一応、知っておるでよ。けんど、あの天使たちは、多分もう……」

「いいからいいから! とりあえず行ってみましょうよ」


 言い渋る名無しの背中を押すミコト。

 いつもなら、『止めよう』と言ってもおかしくないのに、何故か乗り気だ。


「さぁさぁ、いつまでもこんなところにいないで、さっさと行きましょう」

「ちょっとマって! ダテンシをこのままにしておくわけにはイかないよ!」

「別にいいじゃない、そんな奴……」

「ミコト、そんなことイうと、オコるよ」

「ご、ごめん。じゃあ、セイが何とかしてよね!」

「ワかってるよ。さぁ、カタをカすから、タちアがって……」


 堕天使はセイに肩を貸され、ゆっくりと立ち上がった。


「そうイえば、キミのナマエをまだキいてなかった。ナマエはなんてイうんだい?」


 心の芯まで温まる、にこやかな笑みで、堕天使に名前を尋ねるセイ。

 すると、


「……ルシフェル」


 と、聞き取るのがやっとの声で、堕天使は名乗った。


「なんだい、立派な名前があるじゃないか」


 堕天使の名前を聞けたのが嬉しかったのか、名無しは微笑を浮かべる。


「いいかい? お前は仮にも天使なんだ。だったら、もっとしゃんとしてなきゃ駄目だよ」


 神の御使い。

 それをしっかりと胸に刻みなと、名無しは朗らかに笑う。

 しかし、堕天使は聞いていないような素振りを見せ、ただ黙るだけであった。


「はっはっは! 今はそれでもいいでよ。ただ、もしお前が変わりたいと思うのであれば、その時は、己の全存在を賭けて戦いな! それが、カバネとなったわっしが言える、たった一つの助言だでよ」


 名無しはそう言うと、ルシフェルの背中を、ポンポンと叩いた。

 歩みを進める六人であったが、ここにきて、新たな天使たちと遭遇してしまう。

 遭遇した天使は、中位三隊の能天使・パワーと、力天使・ヴァーチャーであった。


「ちょ、ちょっと! これがさっき言ってた天使たち……!? 希望を抱いたあたしがバカだったわ……!」


 再度訪れるまさかの事態――。

 ミコトは目を見張り、身体を大きく震わす。


「しかも、今度は二種類の天使が同時に……! 嫌な予感しかしないわ……!」


 圧倒的その恐怖に、堕天使以外の誰もが、背中に冷たいものが走った。


 ぞわぞわ。

 ぞわぞわ。

 ぞわぞわ。


 不愉快な音があたりに木霊する。

 ぞわぞわと天使が蠢く度、ミコトの顔が真っ青になって行く。


「ううっ! 勘弁してよ……! あたし、〝アレ〟が大の苦手なのよ……!」


 あまりの気持ち悪さに、天使たちを直視出来ないミコト。

 顔はほとんど半泣きだ。


 現れた二匹の天使たちは、〝蟲〟のような姿を擁していた。

 能天使・パワーは、巨大なキャタピラーのようであり、力天使・ヴァーチャーは、巨大なワームのようであった。


 天使たちからの攻撃に備え、身構える五人の面々。

 そこにルシフェルはいない。


 緊迫した状況の中、一人の悲鳴が上がった。

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