第11話 輝きを失った天使

 名無しの誘導により、地下世界を往く五人の面々。

 地下世界はとてつもなく入り組んでいて、名無しの誘導なしでは、進むことは不可能と言えるぐらい複雑難解であった。

 広大な迷路を進むかのように、五人は早足で歩を進めて行く。


 どれぐらいの時が流れただろう。


 メイとミコトの表情には、精神的苦痛が見て取れた。

 セイとカバネの足取りは、幽世に於いてもフラフラである。

 名無し以外の四人は、既にもう時間の感覚がなくなっていた。


「ね、ねぇ、天使がいるところにはまだ着かないの……?」


 いい加減うんざり。

 ミコトの表情には、それがありありと浮かんでいた。


「もう少しだえ」


 名無しのこの台詞は今回だけじゃなかった。

 尋ねる度にこの台詞なので、四人は精神的に酷く疲れ果てていた。

 ずっと地下世界で暮していた為か、名無しは、だいぶ色んな概念が狂ってしまっているようだった。


「はぁ。幽世がおかしくなってから、あたしたち歩き詰めだわね……」


 トボトボと歩きながら、ため息をつくミコト。

 ゲンナリとうな垂れるその姿は、どこかコミカルで、セイはクスリと笑ってしまう。


「何よ……? なんか文句でもあるわけ?」

「モンクなんかないよ。ただこんなキンパクしたジョウキョウカでも、ミコトはカわらないなぁとオモってさ」

「アナタ、あたしを馬鹿にしてる?」

「いやいや! その、なんかね、ミコトをちょっとカワイイとオモってしまった」


 はにかむように笑うセイを見て、ミコトの顔が真っ赤になる。


「ア、アアアアアナタ! ばっかじゃないの!?」

「セ、セイ……、貴方、ここにきて何か変な物でも食べた……!?」


 メイが真っ青な顔をして、セイに食って掛かる。


「ベツにナニもタべてないよ? あ、カンガえてみたら、カクリヨにキてから、ボク、ナニもタべてないや」


 肝心なことを思い出したと言わんばかりにセイはクスクスと笑う。


「わたくしはカバネ。自由と不自由の亡骸……。セイに憑り付けないのであれば、この〝××〟に憑り付くまでですわ……!」


 三人のじゃれ合う姿を見ていたカバネは、どこか儚げに不気味な笑みを浮かべる。


「――ん? ナニかイった、カバネ?」


 後ろの方で一人、ボソボソと何かを呟いていたカバネに、セイが不思議そうに尋ねる。


「何でもないですわ。それよりも、奥に何かが見えてきましたわよ!」


 セイがふと前方を見ると、確かに何かが見えることに気付いた。

 五人はそのまま早足で歩を進める。

 そして、辿り着いたその先は――、

 それはとてつもない大きさの空洞であった。

 広大無辺なその空洞は、驚くことに、たくさんの天使たちによって、あふれ返っていた。


「テ、テンシだ! テンシがこんなにたくさん! しかもみんなショウキをタモっているみたいだよ!」


 たくさんの天使を発見した。

 そのことが嬉しくて、セイは思わず大喜びをする。

 しかし、メイとミコトは、何故か浮かない顔をしていた。


「えっ! フタリともどうしたの……?」

「メイ、アナタも分かっているわよね……?」

「ええ、分かっているわ、ミコト……」


 せっかく天使を発見したというのに、メイとミコトは深いため息をついた。


「あのね、セイ? 気を落とさないで聞いて欲しいんだけど、この天使たちじゃ、わたしたちを助けられないの……」

「それはどうして……?」


 塞ぎ込んだ顔で、メイがその先を続ける。


「この天使たちは〝堕天使〟と呼ばれる存在だからよ」

「ダテンシ……?」

「あの天使たちの羽を見て。羽が真っ黒でしょ? あれは神様に見捨てられた、もしくは神様を裏切ったとされる、輝きを失った天使たちなの……」

「……そんな!」


 ここまで、出来る限り笑顔を絶やさないでいたセイの顔が、初めて大きな困惑の色に染まって行く。


「メのマエにショウキのテンシがいるんだよ!? とりあえずカレラにハナしカけてみようよ!」


 死神二人の『無駄よ』という一言を無視し、セイは堕天使たちに話し掛ける。


「あ、あの! ボクたち、イロイロキきたいことがあるんです! ダレかハナしをキいてくれませんか!?」


 メイとミコトが言ったように、セイの声に耳を傾けてくれる堕天使はいなかった。

 堕天使たちは、皆一様に塞ぎ込み、よく分からないことをボソボソと呟き、まるで微動だにしない。


「せっかくココまでキたのに……。そんなのってないよ……」


 堕天使の横で、彼女等と同じように、意気消沈し、塞ぎ込むセイ。

 そんな中、メイとミコトは、頭の上に疑問符を浮かべる。


「ねぇ、メイ? なんで堕天使たちは正気なのかしら?」

「分からないわ、ミコト。でも――」


 〝身動きの取れない死者たち〟


 〝狂った天使たち〟


 〝繋がった世界〟


「これはもしかしたら、神様に何かあったのかもしれないわ」


 メイは核心めいたことを呟き出す。


「それなら、カバネは何故動けているの?」

「カバネは恐らく、天国の死者と違って、神様の恩恵を受けていないからかもしれないわ」


 カバネは、生きているが生きていない、まさに屍のような存在。


「きっと、だから動けているんだわ」


 メイはさらに続ける。


「恐らく、堕天使が正気を保っているのも、同じ理由よ」


 ここにきて、セイの瞳に生気が宿る。


「それならナオのこと、ダテンシたちにセイメイセキのことをキかなきゃ!」

「……そうね。ここまで来たら、もうそれしかないわ」

「退路なんて最初からないしね」


 メイとミコトはセイに同意し、頷くと、近くにいた堕天使に話し掛け出した。


「おネガいです! どうかセイメイセキのことをオシえてください! それがないと、ボクたちずっとこのままなんです!」


 先ほどの堕天使は、話し掛けても微動だにしなかったが、今度の天使はピクリと反応を示した。


「ずっとこのまま……?」

「そうです! だから、おネガいです! どうかセイメイセキのことをオシえてください!」

「セイメイセキ……」


 堕天使の瞳に少しずつ生気が宿って行く。


「ずっとこのままは嫌だ……。セイメイセキは……!」


 あと少し。

 もう少しで、生命石のことが聞ける。


 そんな時、


 一匹の天使が現れた。


「なんてこった! こんなトキにテンシがアラワれるなんて!」


 巨大なナメクジのような姿を擁した、その天使は、下位三隊の階級第七位の天使だった。


「逃げるわよ、セイ!」

「名無し、道案内をよろしく頼むわ!」


 長年連れ添った夫婦のように、死神二人は、ここにきて呼吸がピッタリだ。

 セイは堕天使に肩を貸すと、引きずるように無理やり走らせた。


 〝権天使プリンシパリティ〟は、ナメクジのような姿を擁しているだけあって、動きがとても遅かった。

 しかし、天使である以上、油断は出来ない。

 そう思っていた矢先――、プリンシパリティは、その恐るべき攻撃方法を繰り出した。


「わわわわわわわーっ!」


 たまらず、セイが大きな悲鳴を上げる。

 プリンシパリティの攻撃は、その圧倒的吸引力にあった。

 強力な掃除機のように、近くにいた堕天使たちを、根こそぎ吸い込むと、バキバキと気色の悪い音を立て、ゆっくりと咀嚼する。


「イマまでで、イチバンアイテにしたくないテンシだ!」


 あまりの気持ち悪さに、怖気が走るセイであったが、堕天使以外は皆そうであった。


「権天使が捕食している間に、もっと遠くへ逃げましょう!」

「任せるでよ。この世界は複雑に入り組んでる。わっしでなければ、すぐ道に迷うでよ」


 名無しは焦った様子で、四人の面々を、終国の奥へと誘導して行く。

 やがて六人は、プリンシパリティの魔の手から、逃げ延びることに成功した。


 魔導列車のエネルギー源。

 生命石の在り処が、あと少しで分かろうとしている。

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