幕間②

 これより始まるは、死神となった少女の、悲しき生前の記憶。

 悲痛絶望な彼女の叫びを、この時のセイはまだ知らない。


 一通りの少ない学校のトイレで、メイが多数の女生徒たちに取り囲まれている。

 メイは伏し目がちに身体を震わせており、その瞳には薄っすらと涙が溜まっていた。


「……おい、なに勝手に下を向いてんだぁ?」


 女生徒たちの一人が口を開く。

 口を開いたのは、リーダー格の少女であった。


「お前、生意気なんだよ」


 リーダー格の少女は、メイの頭を掴み上げると、頬に平手打ちをした。

 怯えた様子のメイは、何も答えることが出来ず、ただただ涙を流すだけだった。

 嘲笑があたりを包み込む。 

 リーダー格の少女は、下卑た笑いを浮かべると、床に置かれていたバケツを指差す。


「アレに水を入れろ……」


 女生徒の一人が、バケツに水を入れるよう、指示される。

 コクコクと焦ったように頷く女生徒であったが、仕事は非常にテキパキとしていた。

 バケツはあっという間に水でいっぱいになる。


「……よし」


 なみなみと入れられたそれを見て、リーダー格の少女は、ニンマリと邪悪な笑みを浮かべた。

 何をされるのか、薄々勘付いているメイであったが、震えは一向に止まらない。

 口はギュッと、強く結ばれている。

 ガタガタと大きく震えるメイを見て、リーダー格の少女は、笑いが止まらない様子だった。

 必死で恐怖を堪えるメイであったが、無情にもその時は訪れる。

 バケツに入れられた水は、勢いよく、メイに思いっ切りぶち撒けられた。

 びしょ濡れのメイを見て、女生徒たちは大笑い。

 リーダー格の少女に限っては、バケツをメイの頭に被せる始末であった。


「お前にはその姿がお似合いだよ」


 あざ笑いながら、リーダー格の少女がそう言うと、女生徒たちに、さらなる笑いが巻き起こる。


 ゲラゲラゲラ。

 ゲラゲラゲラ。

 

 とてつもない悪意が渦巻く中、リーダー格の少女は、メイの脇腹に力いっぱい蹴りを入れた。

 蹴りの衝撃で、壁に叩き付けられたメイは、その場で深くうずくまる。


「こんなんで済むと思うなよ……。お前にはたっぷりと生き地獄を味わわせてやる……!」


 何故ここまでのことをされなければ行けないのか。

 自分が何をしたのか。

 メイにはもう考える力が残っていなかった。

 

 セイに会いたいな。


 ふと脳裏を過ったのは、最愛の家族だった。

 ここまで、日々を死んだように生きてきたメイであったが、不意に家族が恋しくなる。


 お父さん、お母さん。


 メイは泣きながら、両親の顔を思い浮かべる。

 彼女の限界は、もはや目前だった。


          *


 その日の夕方。


 メイはふらふらと学校の屋上に向かっていた。

 連日続く女生徒たちからの過酷なイジメは、メイに正常な判断を出来なくしていた。

 今日も一日中、女生徒たちから、酷いイジメを受けていたところである。

 メイの精神はもう限界であった。

 屋上の前まで着くと、ゆっくりとドアノブに手を伸ばす。

 屋上は気持ちの良い風が吹いていた。

 どこか虚ろな表情で、メイはフェンスに手を掛ける。

 彼女の心中には、疑問が浮かんでいた。

 人間って、死んだら、どこへ行くのだろう。

 その答えは誰も知らない。

 が、だからこそ、彼女はその答えを知りたかった。

 此処じゃないどこかへ行きたい。

 メイの願い。

 それは生きることからの解放だった。


 ――セイ。


 家族の名前を呟き、一歩ずつフェンスを登る。


 ――お父さん。


 家族の名前を呟き、一歩ずつフェンスを登る。


 ――お母さん。


 家族の名前を呟き、一歩ずつフェンスを登る。


 繰り返し繰り返し、家族の名前を呟き、そして、フェンスを超えると、覚束ない足取りで、パラペットの上に立つ。


 ――ごめんなさい。


 メイの口から漏れたそれは、誰に投げ掛けたか分からない、心底からの謝罪の言葉だった。

 やがて、メイは――、

 ゆっくりと、その一歩を踏み出した。

 もしも、生まれ変わったら、


『またセイの横にいたいな』


 数瞬後、彼女の姿は――、

 無残な形で衆人環視に晒されるのであった。

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