第10話 世界のこたえ

「いてててててて……。いったいナニがオきたの……」

「……此処は?」


 二人は困惑した様子であたりを見回す。

 あたりはいくつもの大きな穴が空いており、壁全体から不思議な光が発せられている。

 セイとカバネは、どうやら穴に落ちたらしかった。

 思い掛けない展開に当惑し、オロオロする二人であったが、やがて一人の死者が現れたことにより、次第にその落ち着きを取り戻して行く。


「お前たち、大丈夫だったかい……?」


 セイとカバネの安否を気遣う、その死者は、外見が真っ黒であり、まるで影のようであった。


「キミは?」

「わっしのことはいい。それよりも、お前たちの仲間がこっちで待っておるでよ」


 目の前の死者は、声からして、若い女性ということが窺えたが、それ以上は何も分からなかった。

 複雑に入り組んだ謎の地下世界を三人は進む。

 用途不明のその地下世界は、とにかく深く、広大で、まるで果てなどないかのように思えた。

 無数の穴は、ところどころが崩落していて、通路は塞がっているところが多い。

 死者の後を付いて行って、しばらくすると、そこにはメイとミコトがいた。


「セイ!」


 心配そうにセイに抱き付くメイ。

 それを見たミコトは、恥ずかしそうに手で目を隠した。


「ア、アナタたち! そんなことして、赤ちゃんが出来ても知らないんだからっ!」


 セイに抱き付いたメイは泣いていた。


「ご、ごめんね、メイ……!」

「いいのいいの! ただ貴方が無事だっただけで!」


 抱き付いて離れないメイの頭を、セイはぽんぽんと優しく撫でる。


「……それで、アナタはいったい何なの?」


 死者を指さして、ミコトが核心をつく。


「それをお前たちが言うのかえ?」

「どういうこと?」

「わっしを此処に連れてきたのは、お前たち死神じゃないかえ……」

「此処? それじゃ、もしかして、やっぱり此処は……!」


 陽の当たらない地下の世界。

 幽世にそんな世界は一つしかない。

 ここにきてミコトが頭に思い浮かべたのは――、


「終国ね」


 いつのまにやら泣き止んでいたメイが、ポツリとそれを口にした。


「薄々勘付いていたけど、やっぱり此処は終国なのね……」

「恐らく、今わたしたちがいるこの世界は終国。でも、わたしたちがさっきまでいたあの世界は――」

「なんか分かってきたわ。今の幽世は、天国と終国が混在してるわけね」

「そういうこと。もしかしたら、地国と神国も混在している可能性があるわ」


 口に手を当て、思慮深い口調で、メイはそう言った。


「……そう言えば、此処に来る途中、ソロネに襲われたんだけど、中世ヨーロッパ風の建物が見えたわ。確かあれは神国の建物よ。多分、メイの推測は当たっているわ」


 メイとミコトは、さらにうんうんと考え込む。


「それにしても、いったいなんでこんなことになったのかしら……。アナタ……、ええと、名前を訊いてなかったわね」


 死者に視線を送り、名前を尋ねるミコト。

 すると、死者は困ったような素振りを見せ、そして、それを口にした。


「……名無し。自分の名前はもう忘れたでよ。わっしのことは、ただ名無しと呼んでくれたら、それでいい」

「分かったわ。それで、名無し。アナタはこの異変に何か気付いたことはあるかしら?」


 ミコトに質問を受けて、名無しは静かに語り出した。


『終国に突然大きな揺れが起こったこと』


『地下世界に地上世界が生まれたこと』


『それに気付いたカバネたちが、みんな地上世界に飛び出して行ったこと』


『暴動のようなそれは、とにかく恐ろしくて仕方がなかったこと』


 僅かに声を震わせながら、名無しは、自分が気付いたこと、知っていることを、全て順を追って話して行く。

 声の抑揚から言って、名無しが嘘を付いているとは思えなかった。


「オオきなユれ……。マドウレッシャがオウテンしたのとカンケイがあるかもね」

 四人の面々は、それを信じることにする。

「……なるほどね。でも、一つだけ疑問があるわ。アナタは何故、その暴動の波に乗らなかったの?」


 有無を言わさぬ真剣な眼差しで、名無しを見据えるミコト。

 その表情には、死神の威厳が見て取れる。

 いつものおちゃらけた印象はまるでない。


「わっしは自分の犯した罪の重さを悔いておるでな……。此処がわっしの在るべき場所だと思っておるよ……。」


 元気のない落ち込んだ声で、名無しはそう言った。


「……変わったカバネね」


 メイは驚いたような顔で、まじまじと名無しを見た。


「でも、変わったカバネは貴方もか」


 溜め息をつくように、メイはカバネの方を見る。


「えっ! アナタもカバネだったの!? おかしな名前だと思ったわ……」


 突然の暴露に吃驚し、目を丸くするミコトだったが、カバネはただ笑うだけだった。


「ふと思ったのだけど、天国の死者たちは身動きが取れなかったのに、何故カバネたちは動けるのかしら?」


 不思議そうに顎に手をやるミコト。

 ここにきて、謎はさらに深まる。


「分からない……。けど、何か理由があるのかもね」


 そう言って、メイは、頭を悩ませる。


「ねぇ、上級三位の天使が狂っていたってことは、残りの二位と一位も怪しくない……?」


 今にも泣きそうな面持ちで、ミコトがそれを口にすると、メイは怒ったように、彼女の頭をゲンコツでポカリと殴った。


「痛いっ!」

「みんなを不安にさせない!」


 ミコトが口にしたそれを、メイも薄々勘付いてはいた。

 しかし、死神である自分が、弱気になるのは良くないと、口にしないでいたのだ。


「ホントに貴方って人はもう!」


 〝天使が全員狂っている〟


 まだ推測の域は出ていないが、メイの心中は不安でいっぱいだった。


「あたしたち、いったいどうすればいいの……?」


 自分たちの希望の火は消されたかもしれない。


 〝出口の見えない闇〟


 四人は今まさに、そんな苦境に立たされていた。


 〝先行きはまったくの不透明〟


 ただただ不安が募る、そんな中、セイは精一杯の笑顔で、こう言った。


「ここまでキたら、もうジョウキュウテンシにカけるしかないよ。きっとカナラず、ショウキのテンシはいるはずさ! メイもミコトもゲンキをダして……!」


 〝予測不能〟。


 〝ありえないことの連続〟


 圧倒的絶望が続くこの状況下で、セイは尚も笑って見せる。


 塞ぎ込んでいたメイとミコトであったが、こんな時でも希望を捨てないセイに、驚いたような顔を見せ、そして少しずつ元気を取り戻して行く。


「……そうね。まだ二位と一位の上級天使がいる。それに賭けるしかないわ」


 セイの笑顔に釣られたのか、メイは含み笑いを浮かべる。


「名無し。アナタは羽がいっぱい生えた天使がいる場所を知ってる?」


 メイに続いて、元気を取り戻したミコトが、名無しに尋ねる。


「あるでよ。けんども、あれは……」

「いいから、天使がいる場所に案内して……!」


 〝覚悟は決まった〟


 四人の顔付きは、まさにそれだった。


「地下世界から安全に上級天使の許に行きましょう。名無し、道案内をよろしく頼むわ」

「任せるでよ。これで自分の罪が少しでも軽くなるのなら、わっしは喜んで案内するでよ」


 名無しに誘導されて、地下世界を往く五人の面々。

 その先で待ち受ける、過酷な運命を、五人はまだ知らなかった。

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