第9話 絶体絶命

 メイとミコトが走って行った方向に、急ぎ足で歩を進めるセイとカバネ。

 ギクシャクとした二人の間に、会話はまるでなく、重苦しい空気が包み込む中、カバネが消え入りそうな声でこう言った。


「所詮、わたくしは屍……。何者にもなれない、束縛された愚陋ぐろうな亡骸……」

「ナニかイった? カバ――」


 沈黙がその場を支配する。


「カ、カ、カバ――」


 そこから先の言葉がどうしても出ない。


「どうしました、セイ……?」

「ふ、フりカエっちゃ、ダメだ……。ゆっくりこっちにキて……」

「……?」


 頭の上に疑問符を浮かべるカバネ。

 彼女は今そこにある危機に気付いていなかった。

 先ほどまでの険悪な雰囲気はどこへやら、セイはカバネに手を差し伸べる。


「セ、セイ?」

「いいから! ハヤくこっちにキて……!」


 ドギマギするカバネのすぐ真後ろには、上位三隊の座天使――、階級第三位の狂ったソロネが、その鋭く尖った牙のような歯を、糸を引かせてニンマリと剥き出しにしていた。

 ソロネは巨大なサメのような姿を擁している。

 セイの様子を窺うかのように、おずおずとその手を取るカバネ。

 瞬間、

 彼女はその手を思い切り引き寄せた。

 空を切る鋭利な歯刃はじん

 ギロチンのような、命を絶つその音は、カバネのすぐ真後ろで聞こえた。


「な、なんですの!?」

「テンシのコウゲキだよ! イマすぐこのバからニげなきゃ!」

「に、逃げるってどこへですの? 目の前の天使さんは上位の三隊の座天使ですわよ……!」

「それってつまり……?」

「上から三番目に偉い天使さんってことですわ。先ほどの大天使さんたちとは格が違いますわよ……」

「それでもニげなきゃダメだ……!」

 慌てふためくセイの手を、カバネは力強く握り返す。

「わたくしはセイに従います……! それがあなたの怨霊、わたくし屍でありますもの……!」

「それってどういう――」


 その時、

 轟音と爆音を立てて、光線銃のようなものが放たれる。


「な、なななな」


 突然の奇っ怪な攻撃。

 歯刃以上に恐ろしいその攻撃は、ソロネの口から放たれたものであった。


「座天使さんのエネルギーを凝縮したエネルギー波ですわね」

「ナニをオちツいてイってるのさ! あんなのをウってくるなんてシらなかった……! ここらへんにミをカクすモノはないし、いったいどうしたら……!」


『――そのまま北に走りな』


「えっ! ナニかイった、カバネ?」

「わたくしじゃないですわ! よく分かりませんが、北に走りましょう」

「ちょ! ちょっ!」


 おたおたしているセイの手を取ると、カバネは声がした方向に二人で走り出した。


『そこから北東に走りな』


 謎の声は再び二人を導く。

 正体不明の声に従って、全速力で走り続けるセイとカバネであったが、その後ろをソロネが猛スピードで追い掛けて来ている。


「このサキにナニがあるのさ!」

「分かりませんわ! でも、声がわたくしたちを導いてるのは確かです!」


『そこで北西に走りな』


 ソロネから逃げ続けて、そこそこの時間が流れた。

 謎の声が聞こえなくなった時、セイとカバネは、平野のど真ん中に二人ぽつんと立たされていた。


「こ、こんなところにナニがあるっていうのさ?」

「さぁ? ただ声は此処で止まっていますわ……」


 ここにきて、ソロネの数は、どんどん増していた。


「な、なんか、ソロネがフえてきてるんだけど……」

「……ですわね。このままでは、座天使さんのエサになる未来しか見えませんわ」

 

 三匹。

 四匹。

 五匹。


 やがてその数は十匹を超える。


「ちょちょちょ! こんなの……もうニげられないよ!」

「万事休すですわね……」


 そして、

 その時はやってきた。


 今この場に集まった全てのソロネが、セイとカバネを取り囲む。

 微動だに出来なくなったその瞬間、二人は、ギロチンのようなその歯刃に、粉々に噛み砕かれてしまった。


 ――と、思われた。

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