第6話 見知らぬ世界

 ――無音。

 無音――。

 

 耳が痛くなるほどの静寂な世界で、魔導列車は盛大に横転していた。

 そんな中、まず最初にセイが目を覚ます。

 続いて、メイ、ミコト、カバネと後に続いた。

 四人とも、魔導列車が横転した際、頭を強くぶつけたようで、痛そうにさすさすと触っている。

 やがて、それぞれの頭の痛みが治まると、メイが口を開いた。


「魔導列車はいったいどうしたの……?」


 続いて、ミコトが口を開く。


「どうやら、どこかの世界で横転しているみたいよ……」


 メイは立ち上がると、ゆっくりと車外に出た。

 それに続いて、残りの三人も車外に出る。

 最初に車外に出たメイは、あたりを見回して、ぽかんと口を開けている。

 その様子は吃驚が見て取れた。

 魔導列車から降りた、メイの第一声は困惑だった。


「ここは……いったい何処なの……」


 その一言でミコトも困惑する。


「この世界って、あたしたちが回ろうとしていた世界じゃないの……?」


 メイは深刻な面持ちで、首を横に振った。


「ちょ! どういうこと!? あたしたちは今いったいどこの世界にいるのよ!?」

「本当ならわたしたちは、飽食の世界、音楽の世界、幻夢の世界、草花の世界と、残り四つの世界を回る予定だった……。でも、今いるこの世界は、その内のどれでもないわ……」

「つまりはどういうことよ……」

「わたしにも分からないわ……」


 困惑する二人を横目に、セイもあたりを見回す。


 今、彼女等がいる謎の世界は、とにかく空気が重たかった。

 普通にしているのに、何故か呼吸はしづらく、言いようのない息苦しさは、全身に倦怠感をのしかからせた。

 先ほどセイが回った、幸福に満ちた世界とは、まるで様子が違っている。 

 あたりには、薄っすらと霧が出ており、見通しはとても悪く、ジメッとした妙な肌寒さは、手足に纏わりついて、この上なく不快だ。


 セイはさらにあたりを見回す。


 薄霧に覆われたこの世界には、人気はなく、白い石造りの建築物が多かった。

 建築物は、博物館のように大きな物もあれば、住居のように小さな物もあり、そのどれもが崩れ掛けていた。

 崩れた断面は、まだ真新しさがあり、長い年月を掛けて風化したというよりは、ごく最近崩れた感じである。

 草木は生気がなく、朽ち果てているのが分かる。


 ここにきて、セイは初めて口を開く。


「これからどうするんだい?」


 魔導列車が横転して動かない今、セイたち四人は、此処で立ち往生ということになる。

 しかし、メイが『大丈夫よ』と言って、ニコリと笑った。


「天使たちに連絡しましょう。幸いにもわたしは、天使と交信出来る『虹笛』を持っているわ。これを使えば、きっとすぐさま天使が駆けつけて来てくれるはず」


 それを聞いたミコトは、安心したように、ほっと一息ついた。


「良かった。何とかなるのね! じゃあ、早く天使を呼んでよ! こんな不気味な世界、少しでも早く出たいわ!」


 苛立った様子で、メイを急き立てるミコト。

 この世界が本当に嫌なようであった。

 ミコトに急き立てられたメイは、大慌てで懐から虹笛を取り出す。

 そして、虹笛に口をつけると、勢いよくそれを吹いた。

 虹笛から軽やかなメロディが流れ出す。

 それは、心安らぐ、極上のヒーリングミュージックであった。


 メイが虹笛を吹いて、しばしの時が流れた。


 結構な長い時間吹いていたのに、天使からの交信はなく、四人は未だ取り残されたままだ。

 ここにきて、セイが再び口を開く。


「メイ、ケッキョクこのセカイはナンなんだい? ユウギのセカイとかオンセンのセカイとか、ぼくにはさっぱりワからないよ」

「ちょっと、セイに何も話してないの? そういうのは良くないわよ」


 訝しげにメイを睨むと、ミコトは代わりに自分が話すと言った。


「セイ、アナタがいるこの世界はね、幽世よ。今いるこの世界も、アナタが回った遊戯の世界も温泉の世界も、全ては死後の世界なの。メイは言いにくかったかもしれないけど、アナタは死んだのよ」


 何となく、自分が死んだことに気付いていたセイは、驚きもせず、ただ一言『そうなんだ』と頷いた。

 ミコトはさらに続ける。


「今更だけど、アナタが乗っていた魔導列車は、正しくは『魔道列車』というの。あの列車は死者を運ぶ列車なのよ」


 再び、淡白に頷くセイ。

 自分はやっぱり死んだのかと、まるで他人事のように、小さく呟いた。


「まぁでも、今はその話は置いておいて、これからどうするかよ!」


 三人を見据えて、ミコトが深く考え込む。


「この世界を出るには、魔導列車は必要不可欠。となると、魔導列車の修理が必要ね。魔導列車は『生命石』と呼ばれる物をエネルギー源としている、生きる乗り物。魔導列車が横転したってことは、きっと生命石に何かあったんだと思うわ。とりあえず、生命石を見に行きましょう」


 メイがそう言うと、三人は魔導列車の先頭車両へと移動した。



 先頭車両には、様々な計器類がひしめいており、そして、その中心には、真紅の丸石が鎮座していた。

 しかし、丸石は――、ものの見事に真っ二つに割れてしまっている。

 魔導列車の異常は、やはり生命石にあった。


「ちょっとちょっと! これ、どうするのよ!? こんなに真っ二つに割れてたら、どうしようもないじゃない!」


 為す術もない緊急事態に、ミコトは大焦りになる。

 すると、今まで黙っていたカバネが、突然口を開いた。


「皆さん、思ったのですが、天使さんなら壊れている生命石もどうにか出来るんじゃないかしら?」

「でも、虹笛を吹いても、天使は駆けつけてくれなかったじゃない」


 怪訝そうにカバネを見据えるミコト。

 その表情には少々の苛立ちが見え隠れしている。


「それだったら、こちらから会いに行けば良いのでは? 此処は幽世。死者がいるところには、天使は必ずいるものですわ」


 メイとミコトはハッとする。

 向こうから来なければ、こちらから行けば良いのだと、二人は簡単なことに気付かなかった。

 二人の様子を見て、カバネはころころと笑う。


「皆さん、天使さんたちを探しに行きましょう。探せばきっと見つかるはずですわ」

 三人は大きく頷く。


 一縷の望みを抱いて――四人の天使探しの旅が今始まろうとしている。


「旅に出る前にちょっと」


 そう言うとメイは、不可思議な力で魔導列車をブレスレットにし、左腕ひだりうでに装着した。


「さぁ、行きましょう」


 三人が頷いたのを確認すると、先頭を切って、大きな一歩に歩み出るメイ。

 最後列では、カバネが嫣然えんぜんと笑っていた。

 その視線の先は、セイにある。


(わたくしは屍。何者にも縛られない自由な亡骸……)

 

 この時、カバネの心中に気付く者は、まだ誰一人としていなかった。

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