第4話 もう一人のいのち
降車口を出ると――そこはあちこちに温泉が湧いている、温かな水で満ちた世界だった。
心地良さを最大限まで味わえるその世界は、ゆったりとした時間が流れ、そして、常に満天の星空が顔を覗かせている。
湯けむりの間から照らされる星明りは、水面に反射して、まるで大宇宙にでも包まれているかのような神秘さがあった。
また、無数の温泉は、どれも豊かな自然に囲まれ、場所場所により、春の夜桜、夏の天の川、秋の落葉、冬に舞う牡丹雪など、四季折々の様々な風情を堪能することも出来る。
その情緒溢れるいくつもの温泉は、疲労回復やストレス解消など様々な効能を持ち、入浴した者は、極限まで身も心も癒されるという。
まさに素晴らしいものであった。
セイは着ている白装束を脱ぐと、メイに促されるまま、近くの温泉に入り、そしてゆっくりと足を伸ばす。
ふと、目の前を見ると、温泉には先客がいた。
先客は女の子で、歳は十四、五と言ったところだ。
少女は白粉を塗ったかのような真っ白い顔をしており、そのどこか異様な様子は、メイのそれと同じだった。
青緑色の長い髪を、黄色いリボンで結んで、ツーサイドアップにしているその姿は、少女の可愛さをグッと引き立てており、さらに団栗眼(どんぐりまなこ)なその瞳は、少女をまるで小動物のように思わせた。
「47951352! こんなところで何をしてるの!?」
驚いた様子で突如メイが声を荒げた。
「47951351、待ってたわよ。上からの命令で、今回の異世界旅行はあたしも付いていくことになったわ」
「上からの命令ってどういうこと? セイはわたしの担当よ!」
少女をまくし立てるメイ。
しかし、そんなメイを見ても、少女はどこ吹く風で、大きな屈伸をした。
「まあまあ、せっかく此処まで来たんだから、四人で温泉に入りましょう」
気が付くと、カバネは服を脱ぎ捨てていた。
髪はかきあげた状態で、温泉に入る準備は万端だ。
カバネの美しい肢体を見て、セイは胸の鼓動を高鳴らせる。
羞恥心で顔を真っ赤にしているセイだったが、それを見てメイは、怒ったように黒衣を脱ぎ出す。
やがて、裸になると、カバネと一緒に温泉に入った。
「どう? 気持ち良いでしょ、47951351?」
「そうね。気持ちいいわ、47951352」
先ほどまでの怒りはどこへやら。
メイは幸せそうに頷くと、大きく息を吐いた。
そして、メイと少女が二人で笑い合うと、それを見たカバネが、朗らかな笑みを浮かべ、これまた大きく息を吐いた。
「ねぇ、メイ。さっきからイってる、そのヘンなバンゴウってナニ?」
セイはふと疑問符を浮かべる。
「セイには言ってなかったわね。わたしたち死神は……、神に与えられた番号でしか名乗る事を許されないの。その理由は、最大の自己否定である、自死を選んでしまった為……。だから、わたしも47951352も番号で呼び合っているの」
「ジシ? メイはジブンでジブンをコロしたのかい……?」
「そうよ……。あの時、わたしはもう生きる意味を見出せなかった。だから……、わたしはわたしを終わらせることにしたの……。でも、まさか死んでからこんなことになるなんて……、思っても見なかった……。これも……、貴方という『××』を置いて行ってしまったせいね……」
「メイ、キミはいったい、ボクの……」
「47951351。さっきのメイって何?」
セイの言葉を遮って、47951352が話に割り込んでくる。
「セイが呼んでくれているわたしの名前よ」
「えっ、ズルい! あたしも番号なんてイヤ! アナタたち、これからあたしのことは、名前で呼びなさい!」
「名前って……、何を言ってるのよ、貴方……。そんなことしたら、神様に怒られるわよ……」
「いいの! どうせ神なんて、見たこともないし、話したこともないんだから! あたしの番号だって、天使が言伝してくれただけじゃない!」
47951352は、歯を出してキシシと笑うと、深く考え出す。
「そうね、アナタが『メイ』なら、あたしは『ミコト』にするわ。アナタたち、これからあたしのことはミコトと呼びなさい!」
「ワかったよ」
セイはそれを聞いて、にこやかに笑う。
カバネも楽しそうに笑っていた。
「さてと、そろそろ温泉から出ようかしら。これ以上、長く入ってたら、体がしわくちゃになっちゃう!」
そう言って、温泉から出ると、体を拭き、黒衣を着衣するミコト。
続いてメイも、温泉から出ると、体をよく拭き、黒衣を着衣した。
カバネとセイは、温泉から出ると、ろくに体も拭かず、びしょ濡れのまま白装束を着衣してしまった。
新たな仲間を連れ、セイは次なる世界へと旅立つ。
四人が入った温泉の後には、美しい桜の花びらが、ひらひらと、いくつも湯面に舞い降りていた。
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