第3話 終国のカバネ

 煌びやかな青白い空間で、魔導列車が粛々と、次の世界へと走行している。

 セイは後部座席に座りながら、次なる世界に心躍らせていた。


「メイ、ツギはどんなセカイにイクんだい?」

「それは行ってからのお楽しみよ」


 この時――魔導列車は、『狭間』と呼ばれる特殊な空間を走行していた。

 

 狭間とは別名、『三途の川』という。

 三途の川とは、死んだ人が幽世へ行く途中に渡るという、驚くほど大きな川だ。

 狭間は天の川のような煌めきを持っていた。

 セイは車窓から、外の景色を眺める。

 外には綺羅星のような輝きが無数にあり、とても美しい景色を構成していた。

 車窓にかじり付いて、外の景色を見るセイだったが、ふとメイに話し掛けられる。


「セイ、狭間ではしゃいでいると、カバネに魅入られるわよ」

「カバネって?」

「天国にも地国にも行けない終国しゅうごくの住人よ。カバネに魅入られると、終国に引きずり込まれるという言い伝えがあるわ」


 終国とは生まれ変わることを許されない、大罪人が存在する世界だ。

 終国の住人たちは、幽世に向かう者たちを自分たちの世界へと誘う。

 その怨み辛みは、狭間の世界にまでも、侵食しているのだった。


「貴方たち『出立者』を、カバネは許さない。気を付けないと意識を持って行かれるわよ」


 メイがそう言った矢先、突然車内のどこからか呻き声が聞こえ出す。

 低くくぐもったその呻き声は、聞いていてとても不快だ。

 まさに怨念とも言うべきその呻き声は、やがて車内を埋め尽くす。

 死んで尚、怨徹骨髄えんてつこつずいを成したその怨みは、セイに恐ろしさを感じさせた。

 車内では――気付くと、半透明な人間が、何人も座席に座っていた。

 直感的にあれはカバネだと理解するセイ。

 カバネの呻き声は、どんどん数を増して行き、やがて車内の座席をすべて埋め尽くして行く。

 あまりの煩さに、耳を塞ぐセイとメイ。

 喧しさはやがて頂点に達し、そして、段々と静けさを取り戻して行く。

 しばらくして、二人は耳から手を離した。

 カバネの声は未だ聞こえていたが、それを打ち消す、セイの喚声かんせいが上がった。


「わわっ!」


 後部座席のセイの横には、一人の女性が座っていた。

 カバネが登場した後だった為、突然姿を現した女性に、セイは驚いてしまったようだった。

 穏やかな笑顔を見せる女性に、メイは警戒態勢を取る。

 それもそのはず、メイに女性との面識はなかった。


「……貴方はいったい誰?」


 尋ねるメイを無視し、女性はセイに抱き付いた。


「わっ! ナニをするんだ!?」


 素っ頓狂な声を上げるセイ。

 抱き付きながら、女性はセイの頭を撫でる。

 それに対し、セイは、落ち着きのない様子で、女性をバッと引き剥がす。 

 女性は何も言わず、ただ彼女に微笑むだけであった。

 セイは女性を凝視する。

 女性はメイよりも歳上だった。恐らく二十代前半だろう。

 二重瞼でパッチリとしたタレ目に、きれいで直線的な鼻梁、シュッとしたシャープな輪郭。

 適度に巨乳で、くびれのあるスマートな体は、健康的な女の色気を感じさせた。

 燃えるような真紅の髪の毛は、セミロングでカールがかかっている。

 その容姿は、女性をお姉さん然とさせていた。


「セイ、わたくしは、あなたと会って、お話がしてみたかったのです」


 女性は口に手を当て、ニヒヒと笑う。

 どこか小悪魔染みたその姿に、セイは緊張感が解け、ニコリと笑い返した。


「キミのナマエは?」

「そうね、わたくしの名前は『カバネ』。カバネのお姉さんで結構ですわ」


 突然の告白に、セイは大きく身構える。

 しかし、カバネはそんな様子を意にも介さず、セイの顔を引き寄せ、そして優しく口づけをした。


「いきなりナニをするんだ!」


 カバネの意味不明な行動にセイは戸惑いを見せる。

 初対面であるのにフレンドリーなカバネに、メイは訝しげな顔をし続けている。


「貴方、カバネってホント? カバネなら、何故実体があるの? カバネは終国の世界の住人。この世界にカバネの実体はないはずよ」

「うふふふ。なんででしょう? でも、きっとあなたは、わたくしのことを知ってらっしゃいますわ」

「は?」

「まぁ気になさらないで。三人で、いえ、『四人』で六つの世界を廻りましょう」

「四人? どういうこと? わたしが担当の出立者は、セイしかいないはずよ」

「いいからいいから。間もなく、『温泉の世界』に到着ですわね」

「わたしは死神。幽世の世界を知り尽くしてる。そのわたしが知らないって、いったい貴方は何者よ……」


 不穏な空気をもたらしながら、魔導列車は次なる世界へと走って行く。

 セイとメイの異世界旅行は、突如として風雲急を告げていた。

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