第2話 天使

 降車口を出ると――そこは雲の上だった。

 雲と言っても、普通の雲ではない。

 遊戯の世界独特の――マシュマロのような桃色の雲だ。

 この世界の雲は、様々な形に変化させることが出来、その上、触れた人の意志で、硬軟を操ることも出来る。

 また、ブロックのように自由自在に組み立てられるそれは、遊戯の世界の住人たちによって、巨大なアスレチック施設へと造り替えられていた。

 アスレチック施設では、幼い少年少女たちが、無邪気な面持ちで、愉快そうに雀躍こおどりしながら遊び回っている。

 何から何まで遊具へと変化させられるその世界は、まるで一見ふざけているかのように見えるが、実際のところはそうでない。

 何故ならこの世界には規律があるからだ。


「メイ、あそこにいるヒトたちはナンなんだい?」


 セイが指を差したその先には――幾人もの女性――いや、女性もどきがいた。

 不可思議な佇まいのその女性たちは、皆、金属のような銀色しろがねいろの体をしており、背中には金色こんじきに輝く二枚の羽が生えている。

 監視者のように、少年少女たちを見張るその姿は、どこか異常者のようであった。


「あの人たちは、天使。幽世かくりよの番人よ」


 天使は少年少女たちが喧嘩をしないようにか、ギラギラと目を光らせている。

 その光景はあからさまに異様だった。

 天使が目を光らせている中、遊戯の世界の住人である少年少女たちは、目を輝かせながら、夢中になって其処彼処そこかしこを走り回っている。

 最初は怪訝そうに、その場の様子を見ていたセイだったが、少年少女たちのあまりのはしゃぎっぷりに、思わず自分も遊びたくなってしまう。


「我慢しないでいいのよ。貴方もたくさん遊んでいらっしゃいな。此処はそういうところなのだから」


 少年少女たちが大はしゃぎで遊んでいる中、セイも大喜びで、遊園地のような大型複合遊具へと足を運ぶ。

 途中、転びそうになるも、セイは――とてつもなく大きな滑り台に、急ぎ足で上って行く。

 そして、頂上まで辿り着くと、笑いながら、一気に滑り降りた。

 一回では飽き足らず、セイは何度も何度も、滑り台から滑り降りた。

 何回も楽しんだ末、セイはメイに尋ねる。


「メイ。ボクはスベリダイがスきかもしれない」

「滑り台だけじゃないわ。貴方は遊ぶことがとっても好きだった」

「ねぇ、もっとアソんできてもいいかな?」

「気の済むまで遊びなさい。此処での時間は無いに等しいのだから」


 そう言われ、セイは雲で出来たジャングルジムや雲梯うんてい、ターザンロープやトランポリンに足を進める。

 過ぎ去る時間を完全に忘れ、様々な遊具で夢中になって遊ぶセイだが、やがてアスレチック施設の中心にあるブランコへと足を進める。

 ブランコはたくさんあるが、その中でも一際異彩を放っている至上のブランコがあった。

 巨大な雲の支柱で造られたそれは、何もかもが規格外で、その高さと言ったら、六百メートルは優に超えていた。

 セイの胸中は驚きと喜びで、ワクワクが止まらなかった。

 はやる気持ちを抑えながら、セイはゆっくりと、ブランコの座板に腰を掛ける。


 ゆらり。

 ゆらり。


 電動振り子のように、勢いよく無心でブランコを漕いでいると、ある一つの記憶が蘇った。


「……ボクにはたったヒトリのイモウトがいた」


 それを聞いたメイが、微かに身体を震わせる。


「セイ、次の世界に行きましょう。貴方は思い出しては行けないことを思い出しているわ」


 顎に手をやりながら、深く考え込んでいるセイを横目に、メイはそそくさと魔導列車の中に入って行く。

 メイはどこか伏し目がちに、セイを手招いた。


「早く乗りなさい。旅はまだ始まったばかりよ」


 魔導列車の警笛が大きく鳴り響く。

 慌てて魔導列車に乗車するセイだったが、胸のシコリは残ったままであった。


 セイにとってのメイとは。

 メイにとってのセイとは。


 全ての真実は、この旅の終着地点にある。

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