第7話 応援は時に相手を追い詰める。休ませるのも愛である。
「ごちそうさまでした!」
笑顔で手を合わせる稲葉を見ながらつい呟いた。
「やっぱアレ牛丼じゃないよな?」
「……ナニを言いますか、アレはれっきとした―――」
「ワサビ丼だよな?」
「……」
「なんか言えよ」
「……ノーコメントで」
はっきりと目線を逸らして言われたのでそれ以上の追及は避けた。
「……それではお嬢さま、お下げ致します。他、ご用命がございましたらメールにて―――」
「あぁぁっ!」
そこで大声をあげてしまった。
「忘れてた!メールだよ、メール!」
俺は稲葉に改めて顔を見つめて。
「なぁ稲葉、お前授業中にメール送ったって言ってたよな?」
「はい、確かに送りましたが」
「どうやってだよ、スマホをいじるそぶりなんてしてなかっただろ」
このせいで変な疑問で混乱をきたしたのだ。このままじゃ気になって夜に寝られない。……さっき保健室で寝てたが。
「それでしたらコレですわ」
そう言って髪をかき上げて耳の後ろを見せて来た。
おぉう、うなじフェチにはたまらない―――っじゃなくって。
「これは……絆創膏?」
そんな感じの白いモノが耳裏のラインに沿って張ってあった。
「これは最新の骨伝導マイクです」
「骨伝導ってたしか骨の振動で音を聞くやつだよな」
「はい、これは声に出さなくても顎の動きで言葉を伝えるためのマイクです」
「そんなのあるんだ」
「……試作品なのであまり公にしないでいただきたいのですが」
杏から俺への口止めとも稲葉への注意とも取れる補足が入った。
「ですので詳しくは言えませんが、これでスマホに入っている専用アプリを通して遠隔操作でメッセージを送れるのです」
「ふ~~ん」
納得した―――けど、問題はまだある。
「それで、俺のアドレスは何処で知ったんだ?」
「それは杏にお願いして転送してもらいました」
「……企業秘密です」
でお前はどうやったの?って気持ちを込めて杏を睨んでも澄まし顔で知らんぷりだった。
「そういう訳でわたしはまだ知りませんので、この機会に連絡先交換しちゃいましょう♡」
ちゃっかりしてるなぁ、と思ったが拒否しても勝手に調べられるのは分かっているので交換しておく。
「わーい♡」
そうはしゃぐ稲葉を見ていたら。
ピロン、とメールが届いた。
『これでいつでもお話しできますね♡』
いや、俺は骨伝導マイクもってねぇし。
今もニコニコ俺を見るだけでスマホを操作してなかった。
これからはこうやって一方的にメッセージが送らえてくるのだろう。
「そういや、5限目は体育だったけ」
杏が退室して授業のことに気が向いた。
「……見学させてもらおう」
そう思い担当の先生に相談しに行こうとしたら。
「そういえば午前中に体調を崩してましたものね」
稲葉さんや、心配してくれるのは嬉しいですが全て貴方のせいですよ。
特にさっきの目にワサビが1番ダメージがデカい。
「ではわたしを見てくださいね」
「無理だから」
そう言って職員室に行った。
うちの学校、というか昨今の高校は体育は男女別だから。
覗きに行くだけで停学になる学校もあるらしい。
「そうか、ちょうどいいオマエ女子の給水係やれ」
ところがどっこい女子の体育に付き合うことに成りました。
男女別だから担当も分かれるのだが、男子の体育教師顔負けの日焼けした健康ボディーを見せつける女教師によって指名された。
男子教師が逆らえないのに学生が逆らえるはずがない。
そういう訳で黙って従うことにした。
別に役得なんて思ってないんだからね。
「それじゃあ水持っていきますね」
確認を取って学校が用意した経口保水液の入ったクーラーボックスを校庭に運ぶ。重さは20㎏以上あるので台車に乗せてだが。
昔は運動中に水を飲むなという拷問みたいな授業が当たり前だったらしいが、今では脱水症状の危険性が認知されてむしろ水を飲ませようとする。
しかし不特定多数が使用する水場の水を直接飲むのは衛生的にどうなのか?という声により各自飲み水を持参することになった。
個人的には運動後に水と戯れる女の子が大好物なので残念なのだが。
それでこの学校では飲料用の配布も用意しているのだ。その配布係は生徒の持ち回りだが、今回みたいに軽い理由での見学者に回される。
それが出来ないほどなら保健室なり病院なりに行けという話。
そういう訳で校庭脇の日陰(こういうのも最近増えた)に陣取った俺は女子の体育風景を眺めることにした。
眼福、眼福。
と行きたいがもともと陰キャの俺がここぞとばかりにガン見する度胸などなく。
「———あ、ツバメだ」
空を見上げて夏の到来を感じていた。
「あ~~、狩野君だ~~」
そんな俺の意識を地上に引きずり下ろす声があった。
稲葉輝咲さんである。
昨日までこの学校に気さくに声をかけてくる女子など居なかった俺はドギマギしながら声の方に視線を向ける。
「どうしたの~、こっちで見学?」
「そんなとこ」
稲葉は学園のアイドルらしく多くの女子に囲まれているが、俺に向かって手を振る明るさですぐに判別できた。
うちの体操服は上下黒のシャツとショートパンツとなり、それにジャージがあるがお洒落なデザインでスポーツウェアと呼ぶ方がしっくりとする。
まだ少し涼しいので上にラッシュガードとして羽織っているが、下は履いてないので黒いハイソックスとショートパンツの間の太ももが――――まっ、眩しい!
いろんな意味で眩しくて顔を顔を背けると。
「照れちゃってカワイイ~~」
ちょっ、何言ってんの!
振り向くと稲葉はからかうように笑っていた。
てか周りの女子もニヤついてんじゃねぇ!さっきちょっと嫌そうな顔してただろうが!
「ほ~~ら授業始めんぞ~~」
教師の呼び声で校庭に出て来た女子たちは間隔を開けて準備運動を始めた。
「…………なんで俺の前を陣取るんだ?」
誰でしょう?もちろん稲葉さんです。
「んっ……ふっ!」
しかも見せつけるようにこっちを向いて屈伸運動。やめろ!アングルがヤバイ!めちゃくちゃ煽情的な構図なんですよ!ついつい見ちゃう俺は男の子。
と思っていると向こうを向いたので胸をなでおろしたら。
前屈運動を始めた。
コイツ絶対にわかっててやってやがる!
ようは尻だ!前屈姿勢になる時尻を見せつけてきてるのだ。
しかも稲葉さんは学園のアイドルだけあって自分を見せるのが上手い。
こっちの視線を意識して最適の構図に成るように位置取りをして柔軟を続ける。
一見痴女に見えかねない行為なのに、表情はいたって真面目なので健康的、時折こっちを見ては視線が合うと「ニコッ」とほほ笑む。
くっそ!かわえええなぁオイ!
「それじゃあ今日はグラウンドで持久走だ」
こっちはすでにフルマラソン後のような状態です。
とは言えこれで稲葉さんは離れてくれるだろうから一休みできそうだ。
「それじゃあ狩野君、見ててね♡応援してくれたらガンバちゃう」
……まだ走れと言いますか!
こっちの絶望などどこ吹く風。むしろ追い風にっているように稲葉は颯爽と走って行った。
まぁその後は体力的にしんどいことはなく、普通にゆっくり応援できた。
「…………稲葉ってやっぱ運動も得意なんだ」
小柄ながら細くしなやかな手足に綺麗な姿勢からそう予測していたが、余裕の顔で先頭を走っていた。
「ガンバレ~~」
おねだりされたし、せっかくだから応援なんかしちゃったり。
そしたら笑顔でこちに手を振る稲葉。
そしていい所見せようとしてかペースをあげた。
その可愛さについつい答えたくなって応援を続けた。
その度ペースは上がって行って。
10分後。
人間、どんな体力オバケでもオーバーペースを維持できるわけもなく。
「ぜぇぇ~~~~~、はぁぁ~~~~~」
稲葉は完全にバテていた。
表情も苦しそうで体もフラフラだった。
これは休ませた方がいい、と思い稲葉の元に走って行き肩を貸した。そのまま俺のいた日陰に連れて行き。
「ほら稲葉、水だ」
マッチポンプだが俺は自分の役目を果たそうと稲葉に水を差し出した。
「……初めて、名前を読んでくれた」
……お前、死ぬ気か?
心の中で2重のツッコミをした。
「ほら、ボケてないで飲め。それとも水をツッコまれたいか」
「飲ませて」
「はいはい」
突っ込むことはせず水を飲ませてやる。
「ごくごく」
目の前で水を嚥下する女の子の喉って色っぽい。うなじフェチとして何か目覚めそうだ。
「ふ~~~~、暑い~~~」
水を飲み終えた稲葉がラッシュガードをおもむろに脱ぎだした。
運動で上気した肌は汗に濡れ、今まで篭っていたのが目の前で解き放たれて。
うぉ!フェロモンが!
このままじゃ溺れる。
そう思った俺は。
ジャババ~~~!
残っていた水を稲葉の頭からぶっかけた。
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