第5話 恋とは突然の来訪者である。そして拒むことは難しい。
保健室でひと眠りすると気分はだいぶ良くなっていた。
……悩みは何も解決してないんだけど。
しかし先生に相談しても「惚気か!」か「はいはい、ごちそうさま」と返って来るだけの気がするので諦めた。
時間的には昼休みに入ったばかりなので先生にお礼を言って教室に戻った。
「…………ナニしてんの?」
教室に戻ると稲葉さんが俺の席に座っている。
俺の席は窓際の最後尾、いわゆるVIP席である。
そこに行儀よく座ってニコニコしている稲葉さん。
いつもは一緒にご飯を食べている取り巻きは傍にいない。稲葉さんも1人でご飯を食べているわけではない。
本当にナニやってんの?
「狩野君を待っていたんです」
「いつ戻るか分からないのに?」
「いつまでも待っています。待たされた分興奮しますので♡」
ダメだこいつ、早く何とかしないと。待たせたらダメになる。
「……そこ、俺の席なんですけど」
暗にどけと言ったのだが。
「もうここはわたしの席です」
…………これはどういうことだろうか?
単に俺の物は稲葉の物、という事になったのだろうか?
しかし稲葉のこれまでの言動を
『ここはわたしの席で、狩野君のこれからの席はわたしの膝の上です。さぁどうぞ♡』
だいぶ頭の悪い発想だがこれくらい来そうで稲葉の発言に構えていたら。
「席替えを行なったのです」
と極々ありふれた理由に肩透かしを食う。
「いつの話だよ」
「4限目です。担当の先生に急用が出来たので代わりにホームルームになりました」
「俺が居ないのに」
「みなさん合意の上で厳選なるくじ引きによる結果です」
そのみなさんに俺は入ってないんですよね。ハブですか、若干イジメ入ってますよ。
「そしてこの席はわたしが当てました」
そうですか。良ござんしたね、さらば俺のVIP席。
「それで、俺の席は何処よ?」
「狩野君のくじはわたしが代わりに引かせていただきまして、……見事私の隣になりました☆」
絶対に仕込みだろ!
そもそもこのタイミングで先生の急用で席替えになった、ってことから都合がよすぎるんだよ。
とは言え詮索するのもしんどいのでスルーすることにした。
「とりあえずメシにすっか」
今朝の登校中に買ったコンビニパンを探すも見つからない。
「あれ?俺のパンは?」
「それなら俺らが食ったぞ」
と席が離れた悪友2人が手をあげた。
「お・ま・え・ら」
勝手に人のメシを食うなんていじめじゃなくって犯罪だぞ。
それがヒトのやることかあああ!
「狩野君、狩野君」
俺が友人たちへの怒りで震えていると稲葉が背中をツンツンと突っついて来た。
「なに?」
「はい、これ」
そう言って差し出されたのは可愛らしいピンクの布にくるまれた四角い物体。
「ナニこれ?」
「わたしのお弁当です」
予想通りではある答えだった。女の子のお弁当にしては少々大きい様だが。
「これをどうしろと?」
「食べてください♡」
屈託なく笑って言われたので受け取ったが。
「稲葉のお昼は?」
これを俺が貰ったら稲葉のお弁当がなくなってしまうはずだ。
「そちらは家の者に用意してもらっていますから、遠慮せずに食べてください」
遠慮せずにって言うけど、すでに手を打ってあるなら計画ですよね。悪友共が俺のパンを勝手に食べたのもあなたの差し金ですよね。
どうしようか迷って助けを求めてクラスメイトを見るが、あからさまに目を逸らす奴、頷くやつ、笑顔で手を振るやつ。
俺の味方は誰も居ない。完全に稲葉が手を回して掌握済みのようだった。
「ソレデハイタダキマス」
「どうぞ召し上がれ」
観念して稲葉の隣になった自分の席に着いて机の上に貰った弁当を広げた。
「おっ、おぉ」
普通に美味しそうだった。
「どうですか?わたしの手作りなんですけど、……変なところないですよね?」
今朝まで名前も知らなかった相手に半日と経たずに告白、からのキスときてさらには手作り弁当までご馳走しますか?
無いでしょ。普通こんな急展開ありませんて。告白が速攻だとしてもキスとかその日の内にしません。こういうのは時間をかけてゆっくり行かないと、マンガだとかでは展開が早すぎて1巻で終わってしまうぞ。
ですが分かってしまいましたよ、この子は普通ではないのだ。こういう普通のイベントは、普通のイベント?はとりあえず駆け足で済ませちゃっても問題ないのだろう。……なにそれ、後が怖い。
なぜか自分の机を俺の机とくっつけながら感想を聞いてくる稲葉さん。
距離感が、あの顏が近いです。
「いや、そこまで五月蠅いつもりはないけれど、月並みな意見としては彩りがキレイだと思います」
少し顔を逸らしながら感想を言うと稲葉さんは喜んでくれた。
なにこれ、カワイイ。明らかに普通じゃない展開に内心ビクついたり文句言ってるのに、可愛い笑顔を向けられるだけでコロッとときめいちゃうんだから男って安いよね。
悲しいけど、俺って童貞なのよね。
…………なんかヤバイフラグを立てた気がする。
「……あの、食べてくれないのですか?」
俺がまだ見ぬ未来に遠い目を向けていると稲葉が不安そうに聞いて来た。
「食べます食べます。家族以外の異性から手作り弁当なんて初めてで感動していました」
「ふふふ、可笑しいの。————すぐにわたしも家族になるのに」
「ぐふっお!」
重い!ボディーブローが重い!
サラリときっつい一撃をお見舞いしてくれて、口に何か入れていたら確実に吐いていたぞ。
まだ何も食べていないのにお腹いっぱい、というか胃もたれを興しそうだ。
とはいえ、クールなのに期待を隠せていない稲葉さんの目を見たら食べないわけにはいかない。
「それではいざ―――」
「どうぞ♡」
「…………これ、変なの
またもや食べる瞬間にためらって、コントの天丼ネタみたいになってしまった。
だが稲葉には悪いが昨今の手作りと言えば警戒したくなるエピソードが満載なのだ。
誰だ、自分の体の一部を相手に食べさせれば恋が成就するとか一つになれるとかアホなデマ流しやがった奴は!信じる方も自分のこととして考えてみろ!そんなんされれば千年の恋も冷めるし絶対に傍に居たくないだろ?
俺達の純情ラブコメを返しやがれ!
と内心血の涙を流しながら稲葉の顔をうかがうと。
「もちろん入ってませんわ」
どうやら稲葉は常識的だったようだ。
「今回は急な話だったので仕込む時間がありませんでした」
「それなら安心—————」
出来るわけあるかああああああああ!
「お前今後は混入る気マンマンかよ!」
「当たり前です」
コイツ自信満々に宣言しやがった!
「アホか!髪の毛や爪とか……アレ、とかは食べ物じゃないんだ!そんなもの混入するな!」
「なっ、そんなことしません!狩野君はわたしを何だと思っているんですか」
顔を真っ赤にして叫ぶ稲葉に内心、頭のヤバイメンヘラ、と答えたのだが。
「入れるのは愛情♡です‼」
………………………………………………………………。
「……スミマセンデシタ」
どうやら稲葉は常識的……かどうかは置いといて、純情なヒロインだった。
ネットの情報に染まった俺が汚れていただけだったようだ。
反省した俺はその後大人しく稲葉のお弁当をご馳走になりました。
稲葉は俺に「あ~~ん」がしたいと言ったのでそれも大人しく食べさせてもらいました。
だから許してください。
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