第3話 光と闇は裏表ではなく常に共にあるものだ。ようはそれが見えているかいないかでしかないのだ。

 俺が稲葉にファーストキスを奪われたところでチャイムが鳴っており、すぐに教師が入って来た。

「ん?なんだお前ら何か問題でも起きたのか」

 床に倒れた俺やそれを遠巻きに囲む女子、何か起きたことは明らかな光景だろう。

 だがその中心に立っていた稲葉は先ほどの俺を見る笑顔とは違うお行儀の良い笑顔を浮かべて。

「いいえ、何も問題なんてございませんよ先生。……ぇぇ、問題は」

 小さく俺に聞こえるくらいの含みのある言葉をつぶやいていたが、優等生と認識されてる稲葉の言葉に先生は疑うそぶりを見せない。

「それじゃあ皆さん、席に着きましょう」

 学園のアイドルとしての笑顔で稲葉が促すとみんな素直に従った。

 俺も席に着くために立ち上がろうとしたところに薄情な友人の文系の方が近づいて来て肩に手を置いた。

「オメデトウ。稲葉さんとキスした感想は?」

「泥水をくれ」

「いやいや、稲葉さんはディオか」

 混乱してるので良いも悪いも分からんがここはボケて置く。そうでもして誤魔化しておかないとだらしない顔をしてしまいそうだ。

 友人に手を差し伸べられて立ち上がって席に着くといつも通りに授業が始まった。

 しかしさっきのことで授業に集中できない。……いや、集中出来ないのは何時ものことか。

 しかしいつもは窓の外を見ながら何かに注目することもなかったのに、今は視線が教室の中に向いている。

 しかも1点、1人の人物に意識が向いていた。稲葉輝咲である。

 改めて注目してみると学園のアイドルっていうのもうなづける可愛さである。

 小柄でスレンダーなのだが背筋がピンッと伸びて姿勢が良く表情も真剣に授業を聞いているので幼さは感じられない。

 長くてさらっさらな亜麻色の髪。小顔だから身長が低いのに頭身が高くってスタイルが……うん、貧乳もステータスって言うし、ナイスバディだな。

 そして柔らかそうな頬や唇だが化粧っ気はなく、すっぴんでコレならばそりゃアイドルと持ち上げられるだろう。

 こんな美少女についさっき唇を奪われたと思うとドキドキ……と普通はするんだろうけど、彼女の突拍子無い言葉にキスそのものがなんか違う行為に思えて混乱してしまう。

 だというのに当の稲葉はごくごく真面目な女の子として授業を受けている。

 まるでさっきまでの変態的な稲葉は俺が見た夢か幻で俺達には何も接点はなかったかのようだ。


 ブブブッ!


 稲葉のことで頭が一杯だった俺の意識がスマホのヴァイブで引き戻された。

 今は授業中だったが元から集中できてなかったし教師に見つからないようにズボンのポケットからスマホを取り出してコッソリ確認した。


『ご主人様あなたの将来のパートナー(ペット)の稲葉輝咲です♡突然のメールに驚かれましたでしょうがお付き合いできることになって浮かれてしまいました。ご主人様もわたしに夢中になっておられるようで先ほどからの熱い視線で興奮してしまいそうです♡また後で沢山お話ししましょうね♡』


 スッッッッゲエ驚いています!驚いてスマホを危うく放り投げるところだったわ!

 慌てて稲葉の方を確認するが……変わらず真面目にノートを取っている。

 いつメールを打ったんだ。さっきからずっと見ていたがスマホを操作するそぶりなんて全くしていなかった。

 ……なにこれ、ホラー?

 マッジで怖いんですけど。

 何か得体の知れないモノが稲葉さんのふりをして俺に憑きまとっているのか?

 もしくは稲葉さんは実はサイボーグだったとか漫画とかにあるインプラント手術を受けているとかで、ツールを介さずにメディアにアクセスできるのかもしれない。

 その方がジャンル的に俺の精神にやさしい設定だ。

 現実的に考えるとすると、他の奴からのイタズラメールってことだ。

 いやそうだろ。なんで先にその可能性を思いつかないんだ。俺のアドレスを彼女には教えていないんだからメールを送ることは出来ないのだ。

 そうなると犯人は俺のアドレスを知っていて、かつ先ほどの光景を見ていたこの教室に居たものに限られる。

 そしてそいつは稲葉に釘付けだった俺を見ていたずらして楽しんでいるに違いない。

 そして容疑者は2人に絞られる。…………2人しか友達がいないだけなんだけどな。

 まぁ進学したてだからしょうがない、すぐに新しい友達が出来るさ。なんたって先ほど彼女が出来たんだから。

 …………………………………………………………………………………………………………………………って、ちっっが~~~~~う!何普通に付き合うことを受け入れているんだよ。

 状況は完全におかしいし、稲葉の頭も高確率でおかしい様だし悪友のどちらかだろうがメールの内容からもおかしくなっている。

「おい、狩野!」

 ………………

「おい、狩野!聞こえているか!?」

「あっ、はい!」

 やばい、先生に当てられた。まったく授業を聞いていなかった。

 急いで立ち上がり教科書を開くがどこのページをやっているのか分からない。

「……お前大丈夫か?」

「え?」

「さっきからお前おかしいぞ。急に飛び上がったり悶えたり、頭を抱えて机に頭突きを始めたり」

「……マジ?」

 全く自覚が無い。しかし確かにおでこがズキズキと痛む。

 どうやら自分からしておかしかったようである。

 これはいよいよもって幻覚説が濃厚だ。

「どうする?今日は保健室に犬山先生が居るが」

 犬山先生とはうちの学校のスクールカウンセラーだ。優しく包容力のある大人の女性(美人)なので多くの悩める生徒が相談に行っている。

 先生は相談に行くか早退するかどっちにする?と聞いているのだろう。

「それでは保健室に」

「1人で大丈夫か?」

「はい、それでしたら―――」

「わたしが付き添います」

 声の方を見ると稲葉さんがピンッと綺麗に手を上げていた。

 マジ?今は遠慮したいのですが。

「いいのか稲葉?」

「ハイ。彼女として授業より狩野君の方が大事ですから」

「うん……そうか、じゃあ任せる」

 稲葉はごくごく普通に当たり前のことを言っていますよ、という表情と口調であったがそれ故に有無を言わせぬプレッシャーがあり、そして先生はそれに逆らわなかった。

 いや止めてくれよ!

「さ、狩野君行きましょう」

 稲葉は俺に寄り添うと体を支えてくれた。

 それを抵抗感なく受け入れられるのは稲葉は普通に俺を気遣ってくれているのが分かるからだ。

 メールとかで勝手に俺が混乱してビビっているだけなんだから稲葉にあたったら悪い。

 むしろ美少女に接近出来てさらに密着も出来ているのだ。稲葉のシナモンのような甘い香りもするし喜ぶべきところだろう。

 友人たちの嫉妬の目が向けられるが気にしないでおこう。

「……ゴユックリ~~~」

 しねぇよ!

 教師が何を言ってんだ!

 別の意味で頭が痛くなりそうだがそれで保健室に行くということにしよう。稲葉に付き添われて廊下に出ると授業中なので俺達2人以外に人はいない。

「それでご主人様、どうなされたのですか?」

 稲葉さんは人目がなくなった途端に呼び方が変わっていらっしゃる。

 そこだよ!そういうところが状況をややこしくして混乱してしまうんだよ。

 もうほんと勘弁してくれ。

「なに、ちょっと友人の悪ふざけで混乱しただけだよ」

「そうなのですか?それって―――


 わたしがメールを送った直後ですよね」


 …………………………………………………………………………………………………………なん、……だと⁉

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