パラメシウムラブ

阿僧祇

パラメシウムラブ

「ゾウリムシは、性別が48個あるんだって!」


 霞は月明かりしかない暗闇で、橙色に輝く手持ち花火をくるくると回しながら、そう言った。


「知ってた? 


 ものしりの天翔でも知らなかったんじゃない?」

「知ってるよ!


 ……今、噂のやつだろ?」

「そうそう、パラメシウムウイルス……だっけ?


 人の性別を48個に分けるんだってね。


 ゾウリムシの研究者がかかって広まったらしいよ。」

「ゾウリムシの研究者が感染したけど、接合子が48個に別れるだけだから、見た目や体調の変化は無い。


 だから、世界中のほとんどが感染した頃にやっと調査が始まった。結局、やけに子供が産まれないなと思った頃には、人類の99%がパラメシウムウイルスに感染してた。


 感染したら、治療法もないから、お手上げだってテレビで何度もやってたな。」

「そうそう!


 こんなど田舎でもほとんど全員が感染してるしね。


 でもさー、なんで性別が沢山あると、子供が減っちゃうの?」


 霞は純真無垢な目で、その理由を尋ねてくる。


 霞は天翔と同じく10歳だ。知らない可能性はある。


 天翔は霞の質問の答えを知っていた。


 それゆえに、霞の質問を誤魔化す方法を考えた。


「霞の親に聞けばいいんじゃない?」

「お父さんも、お母さんも教えてくれる訳ないじゃん。」


 天翔は言葉に詰まる。


 天翔は5歳年上の兄からそう言うことは沢山教えてもらった。


 だから、一から十まで理由を説明することができる。


 でも、それは……


 天翔は頬を赤らめた。


「何?


 天翔でも知らないの?」

「しっ、知ってるよ!


 ……魔法だよ。魔法。」

「魔法?」


 天翔は頭の中で言葉を変えて説明した。


「人は2人で魔法を使うと、新しい人を増やせるんだ。


 でも、魔法を使う2人には相性があって、昔は2個だったけど、今はウイルスのせいで、48個になっちゃったの。


 48個の相性の組み合わせはかなり限られているから、魔法で新しく人を増やせないんだよ。」

「なるほど〜!」


 天翔は納得した霞を見て、胸を撫で下ろした。


「……そんなことより、ほら!」


 天翔は線香花火を霞に手渡した。


「これが最後?」

「そうだよ。」

「もう少し花火したかったな。」

「これ以上、花火してたら、親にバレちゃうよ。」

「火なんか使っちゃいけません!


 火傷したらどうするの?


 そもそも夜中に子供1人で出歩いちゃいけません!


 ……とか言うだろうね。


 怒られる言葉がいくらでも思いちゃう。」


 霞は自分の親のモノマネをして、そう言った。


「霞のお母さんにそっくりだね。」

「そうでしょう。」


 霞は満面の笑みを浮かべた。


 天翔は霞の笑顔に照れながら、仏壇からくすねて来たマッチを取り出し、霞の線香花火に火をつける。


 線香花火の先の紙が燃え、紙から火薬に火が移ると、太陽のような火の玉がパチパチと音を立てて燃えた。


 霞はその小さな火の玉を見つめていた。


「……いつか、2人でここから抜け出そうね。」


 霞は線香花火をじっと見つめて、そう言った。


「こそこそ隠れて、花火をやらなくても済むような遠い所まで逃げよう。


 何もしなきゃ、私達、この村から出られない。」


 霞は真剣な顔でそう言った。子供ながらに、この世界に違和感を覚えているのだろう。


「うん、そうしよう。」


 天翔は霞に同意した。


「夜空にどてがい打ち上げ花火咲かせても、怒られないほど遠くの国へ行こう。」

「うん!


 そして、逃げられたら、天翔が私に魔法をかけて、2人の子供をつくってね!」


 霞は恥ずかしげも無くそう言った。


 天翔は線香花火よりも顔を赤くして照れた。


「……性別がどうなるか分かんないよ!」

「大丈夫だよ!


 私と天翔は相性がいいよ!


 きっといい魔法がかけられる!」

「そう?」

「そうよ!」


 霞がそう言い終わると、線香花火の火の玉は地面にぽとりと落ちてしまった。


 霞はその地面に落ちた花火を見つめていた。明るかった火の玉が冷めていき、だんだんと黒いすすへと変わった。


 霞は少し寂しそうに、それを見つめた。


「……じゃあ、天翔、考えておいてね!


 2人で逃げる国!」


 霞はそう言って、微笑んだ。


 天翔はこの時、淡い恋心が心の中で燃えているのが分かった。




_______________________________________





「逃げられなかったね。」


 霞は作り笑顔でそう言った。天翔は車のハンドルを握り締めて、悔しさを露わにする。車の外は真っ暗だった。


 2人とも相手の顔はよく見えなかったが、それは幸いだったのかもしれない。


 天翔は落ち着くと、諦めたように語り始める。


「……昔、パラメシウムウイルスが無くて、性別が2つだけだった頃の話だ。


 その頃は、多様性やトランスジェンダーなんていう精神上の性別が重要視されていたらしい。


 生殖上の性別は男と女の2つだったのに、心の性別を主張して、性別を複雑化していったらしい。


 聞いた話だと、精神上の性別は58種類あって、今の性別よりも多かったんだってさ。


 でも、その考えはすぐに廃れた。


 パラメシウムウイルスが出て来て、生殖上の性別が48種類になった。


 そして、段々と生まれる子供の数が減っていくと、精神上の性別なんて考える暇はなくなっていった。


 なぜなら、生殖上の性別を強制的にペアリングしないと、人は滅びてしまうからだ。


 世界の人口が半分以上減った時、世界は人権を捨てた。


 人の気持ちなんて関係無く、ただその人の性別が何かというだけで、勝手に結婚相手を決めた。


 自由恋愛なんて無い。


 ただ効率的な人口増加のために、生殖を強いられるシステム化された社会。


 そうなってから、人々は気づいた。


 精神上の性別を主張できたのは、余裕があったからだ。


 そんな精神上の性別を主張しても、人々を脅かす恐怖が無かった。


 だから、一部の人々が精神上の性別を主張しようと、それ以外の人々がなんとかしてくれるから、この先は大丈夫だろう。


 だから、そういう人達に構ってやろうと大丈夫だと感じていた。


 そして、そういう人達を受け入れてやろうという余裕があった。


 さらに、そういう人達を受け入れることは、人類のステータスだという常識も出来上がった。


 そんな精神的自由が認められた世界だった。





 ……俺もそういう世界で生きたかった。」


 天翔が絞り出すようにそう呟いた。


 天翔と霞のいる車内に静寂が生まれる。


「でも、まさか私がクイーンで、天翔がキングなんてね。」


 霞は少し明るい口調で言った。


「そうだな。」


 天翔は霞のように明るく答えることはできなかった。


 天翔にとって、その事実は残酷すぎたからだ。


 48種類の性別は大きく男と女に24種類ずつに分けられる。


 ほとんどの性別は1種類の性別としか生殖出来ないのに、キングは女性の24種類と、クイーンは男性の24種類と生殖可能になる。


 しかし、キングとクイーンは1億人に1人の確率でしか産まれない。


 そうなれば、キングは種馬、クイーンは孕み袋。


 人間じゃなくて、希少品となる。


 天翔と霞が性別検査をした後、天翔は研究室に隔離されかけたし、霞はどっかの国の富豪に買われてた。


 天翔は研究のモルモット、霞は金持ちの遺伝子残す道具だった。


 はなから人間として見られてない。




「だから、逃げ出したんだがな……。」


 天翔はそう言うと、ハンドルから手を離し、車の外へ出た。


「……霞、後ろの席に移ろう。


 見せたいものがある。」



________________________




「ちゃんとドア閉めたか?」

「ええ、ばっちりよ。」

「……そうか。」


 天翔は霞側のドアに手をかける。ドアはしっかりと閉まっていた。


 天翔はそれを確認すると、車の後ろから大きな旅行カバンを取り出した。


「……俺らが逃げようって決めた時、霞は日本を出て、海外で身を隠そうって言ったよな。」

「…うん。」

「俺はそれを聞いた時、そうしようって言った。


 そして、旅行カバンに大事な物全部詰めて、海外へ逃げる準備をした。


 けれど、俺はそれと同時に、もう1つの旅行カバンを作った。


 きっとこうなることも分かっていたんだと思う。」


 そう言って、天翔は旅行カバンを開け、中身を漁った。


「あった、あった。


 線香花火。」


 天翔はそう言って、カバンから取り出した線香花火を霞に渡した。


「……懐かしい。」

「そうだろう。


 10年以上前かな。親に隠れて、花火をした。」


 天翔はそう言うと、準備を始めた。


「じゃあ、他に燃え移るといけないから、この上でしよう。」

「火は?」


 霞がそう言うと、天翔はマッチを取り出して、火をつけた。


 その火を霞の持つ線香花火の先の紙を燃やした。


 その火が火薬に燃え移ると、小さな火の玉がパチパチと音を立てながら、稲妻のような火を吐いている。


 天翔は線香花火を持つ霞の手に、自分の手を重ねた。


「……ねぇ、その昔の花火の時、私が天翔に頼んだこと覚えてる?」

「覚えてるよ。


 こんなとこ抜け出して、どこか遠い国に行こう。だから、逃げる国を考えておいて。


 だろ。」

「私は天翔がどこに連れていってくれるのか楽しみだったんだよね。


 海の向こうにあるアメリカ、地球の裏側のブラジル、砂漠のあるエジプト、雪国がお好みならロシアかも。


 なんてことをつい最近まで考えてた。」


 2人で持った線香花火は、まだ橙色に燃え盛っている。


「俺もそんな国を考えていたさ。


 ……でも、今から行く国は、


 この世界の誰も行ったことのないほど遠い国さ。


 きっと、2人だけの国。」


 天翔がそう言うと、太陽のように輝いていた線香花火が燃え尽きて、下に落ちる。


 落ちた線香花火は、下にあった新聞紙を燃やした。


 線香花火の火の玉は、新聞紙を真ん中から穴を開けるように燃やしていった。


 そして、新聞紙を虫食いのように燃やして大きくなった火は、炭に燃え移った。


 炭は段々と赤く光り、モクモクと煙を出した。


「その国は、自殺じゃ行くことはできないって聞いたけど?」

「地獄の反対は、天国だろ? 


 ……それとも、ここが天国だったか?」


 霞は吹き出すように笑った。それにつられて、天翔を笑い声を上げる。


「そうね。 


 きっといい国だわ。この世界のどの国よりも。」

「そうだろう?」


 そう言うと、天翔は煙が出る煉炭の中を見た。


「フライトまで、まだ時間があるらしい。」

「……そう。」


 霞は暗い顔をしていた。


「怖いのか?」

「……怖いよ。」


 そう言って、霞は天翔の手を握る。霞の手は冷たかった。


 天翔はその霞の手を握り返した。


「なら、魔法をかけようか?」


 霞はその言葉の意味を理解すると、顔を赤くする。


「なんだよ。


 今回はそっちが顔を赤くするのか?」

「ち、違うわよ! 


 炭燃やしてるから、暑くなっただけ!」

「……ふーん。」


 霞は手の握り方を変えながら、居心地悪そうにしている。


「じゃあ、暑くなったら、どうすればいいか知ってるか?」

「……分からないけど?」


 霞はそう答えた。霞は煙を吸い込んでしまったらしく、大きく咳き込んだ。


 そんな霞に向かって、天翔は質問の答えを言う。


「……分かってるだろ?



 服を脱ぐんだよ。」


 天翔はそう言って、霞を押し倒し、服に手をかけた。


 霞は抵抗せず、むしろ服を脱ぎやすいようにばんざいをした。


 天翔は霞のきめ細かいお腹の柔肌を指でなぞりながら、服をゆっくりと剥いでゆく。


 服を脱いだ後の霞の顔は、のぼせたように真っ赤だった。


 その恥ずかしがる霞の顔を目に焼き付けたかったが、車に煙が充満していたので、天翔の視界がぼやけていた。


 いや、煙を吸って、自分の意識がぼんやりしているのかもしれない。


 天翔は霞と同じく服を脱ぐ。



 そして、天翔は思った。




 この時間だけは、2人だけの世界だ。


 誰かを気にする必要はなく、誰にも支配されない魔法の世界。




 天翔と霞はそんな魔法の世界を楽しみながら、ゆっくりと旅立っていった。

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