第33話 違和感
「ううっ!」
人質に取られた連中は、解放されて地面に落ちたことに対する悲鳴こそあったが、それ以上の痛みを訴えるものはいない。うん、うまくいったみたいだ。
俺はその中の一人の女に手を差し伸ばしながら、声をかけた。
「ほら、痛くなかったろ?」
「は、はい……」
その女は俺の手を取ると、途端にボロボロと泣き始めた。
「ありがとう……ありがとう、ございます」
「え、ああ、うん」
「……ありがとう!! 偽善者ニキ!!」
「本当にありがとう!」
「最高だよあんた!!!」
「これから一生応援するぜ!!!」
その女の言葉が契機になったのか、助けた連中が口々に感謝の言葉を俺に投げかけてくる。
”うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!”
”すげえええええええええええええええ!!!!”
”絶望的な状況から、全員救いやがった!!!!!”
”やりやがった‼︎ マジかよ偽善者ニキッ、やりやがったッ‼︎ 偽善者ニキすげぇッ”
”スーパースローでも残像しか見えねぇくらい速い!!”
”次のコマには空いた穴が塞がってやがる!!”
”こりゃ、貫かれた方も全く気づかねぇわ!!!”
”いやいやいや、それでもダメだろ。身体に穴は開けてんだから”
”それじゃあどうやって助けんだよ。批判ばっかしてないで代案出せや”
”やられた本人たちが感謝してんだから、これでよかったんやろ”
”ホンマそれ。こんなことが起こってる今も空調の効いた部屋で快適に生きてんだろ。外野は黙ってろよ”
”¥20000 よかったああああああああああああああ”
”¥78800 これだけで何人救ったよ!? 国民栄誉賞もんだろ!”
”¥78800 今あなたが助けてくださったうちの一人は私の友人です! 本当にありがとうございます!!”
”¥8000 少ないですが、どうかお納めください!!!!”
”¥30000 偽善者ニキ本当にありがとう!!”
”¥20000 偽善者ニキ大好き!!”
”¥78800 あなたは神だ!! これから一生応援します!!”
”武蔵野純一最強! 武蔵野純一最強!”
それに呼応するようにコメント欄も異様な盛り上がりを見せ、とんでもない額のスパチャが飛び交う。
「そうだ、偽善者ニキを胴上げしようぜ!」
と、救助者の中の一人がこんなことを言い出した。
救助者どもは賛同の声をあげ、俺を取り囲い身体を勝手に持って、胴上げを始めたのだった。
「わっしょい! わっしょい!」
俺が人を救助したいと願ってここにきたのなら、これほど理想的な展開もない。俺は実際に人を救い、そして賞賛を浴びているのだから。
「……うぅん」
しかし、予想と違い、俺は宙に舞いながら、なんとも言えない感情に襲われていた。
”え、偽善者ニキ、なんかすごい複雑そうな顔してる!?”
”なんでや、素直に喜べや!?”
”ほんまは嬉しいのに恥ずかしいから我慢してるんやろ”
”偽善者ニキやっぱツンデレやなwww”
”偽善者ニキ萌えキャラすぎるwww”
”¥30000 可愛すぎ♡”
”¥20000 もう一生推します!”
”武蔵野純一かわいい! 武蔵野純一かわいい!”
いや、嬉しくないと言ったら嘘になるだろう。そんな感情を俺が覚えていること自体、なかなかの快挙なのだが……なんだろう、すっきりしないというか。
少なくとも、俺の人生の目的が、ただ単純に人助けをしたいということにされたら、それこそ不快に感じてしまう。この胴上げはそれを強要されている気がして、どうも素直に喜べないんだ。
”あっ”
”おいマジか”
”おい、褐色美少女やられちゃったぞ!?”
”まずいだろこれ!!”
”そうだ、忘れてた! まだ解決したわけじゃねぇ!”
”胴上げなんてされてる場合じゃないぞ偽善者ニキ!!”
”¥10000 偽善者ニキ、一刻も早く入り口前に行ってくれ!!”
”竜胆が手マ◯されちゃうよ!!”
”¥78800 正直見たいから偽善者ニキ来ないで!!”
”ふざけんな”
”ぶっ殺すぞテメェ”
”まぁ別に良くね? すでに偽善者ニキに手マ○されてんだし”
”おい、それを言うな。せっかく忘れられてたのに……”
「おっ」
俺は宙に舞いながら、スマホで二階堂のチャンネルを確認する。
さくらちゃんは依然として戦闘に参加していない。にもかかわらず、二菜は二階堂と指ドラゴンたちに随分と押されているようだった
「おいおい、どうしたんだあいつ。調子悪いなぁ」
そういやあいつ、昔からさくらちゃんのことめちゃくちゃ苦手だったもんなぁ。にしても酷すぎるけど。
10%のコンディションなら、それを前提とした殺し方をしなくてはいけないのに、そんな基本中の基本もわかってないとは、ちょっとあいつを過大評価していたのかもしれないな。
「よし、和泉、あとは頼んだぞ。あ、カメラは借りてくからな!」
俺は胴上げされたのと同時に、そのまま宙返りをして地面に着地する。そして、猛ダッシュで竜胆の元へと走る……前に、落ちていた魔石を拾い上げた。
孔明がハンカチを噛みながら悔しがるレベルの、とんでもない名案を思いついてしまった。これで二階堂との決着はあまりにあっさりとつくことだろう。
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