第34話 私を助けにきてくれた彼は、やっぱりおかしい ※竜胆暁視点



「「「「「テ◯◯ク○ニィィィィィィィィ!!!!!」」」」」


「うぐっ!!!」


 五匹のドラゴンの口から噴き出てきた手が、一斉に二菜ちゃんを襲う。


 二菜ちゃんは、魔法で作り出した剣で、ものすごいスピードでドラゴンの手を切り裂いていく。


 しかし、手の増殖は勢いを増すばかりで、徐々に徐々に押されていく……ダメだ、やられる!


「ママ、逃げて!!」


 そう叫ぶと同時に、二菜ちゃんは手に飲み込まれていった。


「二菜ちゃん!!!!」


 私は手の渦に駆け寄り、剣を振り下ろす。


 ガキンッ!!!

 

 純正のミスリル鉱石を使ったミスリルソードがポロポロと欠けていく。

 それでも強引に振り回し続けていると隙間ができたので、すかさず剣を突っ込んで、テコの原理で穴を広げると、二菜ちゃんの姿が見えた。


「二菜ちゃん!!」


 私は彼女の身体を引っ張り出すのと同時に、回復魔法をかける。

 すると、二菜ちゃんが力のない目で、「ママ、逃げて……」と呟く。


「ママじゃ、あいつらに絶対に勝てない……お兄ちゃんが来てる、から、そこまで、逃げて」


「ああ、逃げる! 二菜ちゃんを連れてな!」


 私は二菜ちゃんをお姫様抱っこをして、駆け出そうとした、その時。


「竜胆」


「っ!!!」


 人間のものとは思えない無機質な声に、身体が勝手に止まる。

 やけに熱っぽい手に肩を掴まれ、無理やり振り返らせられた。


「りんどぉ……」


 二階堂くん……いや、二階堂が、裂けるくらいに大きく口を開けると、中からウネウネと手が這い出てくる。


「お前が手マ○◯○ニさせへんから、罪なき少女がこれから死ぬんやでぇ」


 ……なんで、関西弁なんだ?


「ふざ、けるな! 自分が何をしているのか、分かっているのか!?」


「ああ、分かっとる」


 二階堂は、無機質な瞳で私を見る。


「全員、全員殺すんやで。さくらちゃんはダンジョンの一階層にいる人間だけでいいと言ったが、ボキはこれから地上に出て、ボキを理不尽にバカにした人間どもを、全員皆殺しにするんやでぇ」


「……ほ、本気、なのか」


「ああ、本気や。さくらちゃんはボキの好きにしていいと言ってくれたんや……やけど」


 二階堂は口の中の手で、ペロリと舌舐めずりをした。


「お前が手マ◯◯◯ニさせてくれるのなら、考え直してやってもええでぇ……どうしまんの?」


「っっっっ……!!!」


 二菜ちゃんの言う通り、今の私では、二階堂どころか、二階堂が生み出した魔物一匹すら倒すことができないだろう。


 現に、ダンジョンでNo.2だった二菜ちゃんが、ここまで圧倒されてしまったんだ……だから、No.1の武蔵野くんが倒せるかすら、わからない。


 ここで拒否してしまえば……二階堂に殺される武蔵野くんを想像し、ぞくりと寒気が走る。


「……本当に、考え直して、くれるんだな」


「やでぇ」


「……わかっ、た」


 ……私一人の尊厳が失われる程度で、皆が救われる、なら。


「手ま……していいから」


「なんやて工藤? もういっぺん言ってみ?」


「工藤? ではないが……手マ○ク○ニ、すればいい。だから、頼む、これ以上悪行を重ねるのは、辞めてくれ」

 

「……くくく、くく、くくく」


 二階堂は、裂けた口をめいいっぱい吊り上げて笑うと、自分の配信カメラを指差し叫んだ。


「性的同意!! 性的同意!!! 性的同意!!!! 性的同意!!!! 性的同意!!!!! 性的同意いただきましたぁ!!!!! だからもう、誰も文句を言うな!!!! 俺を敬え!!!! お前らが一生手にできない女を手にする俺をなぁ!!!」


 そして、私の方に振り向くと、「いっぱい楽しませてやるんやでぇ……」とにちゃりと笑う。口の中の手が、ニョロニョロと私の方に伸びてきた。


 ……嫌だ。


 武蔵野くんの時とは違う、圧倒的な嫌悪感に、身が震える。

 それでも、耐えなくてはならない。皆を守るために……耐えなきゃ。


「きゃっ!?」

 

 二階堂の手が、私を押し倒す……ああ、無理だ、こんなの、耐えられない!


 助けて、武蔵野くん……。


「おい、お前ら、こんな場所で手マ○◯○ニしたら垢BANになっちゃうぜ? せめて家でやんないと」


 その感情に乏しい声が、今はとても優しげに聞こえた。


 二階堂の手がピタリと止まり、私は反射的に振り返った。そして、なぜかパンツ一丁の武蔵野くんの姿を見ると、安心からか、ぶわっと涙が溢れ出した。


「……武蔵野、くっ!?!?」


 しかし、髪の毛をぐいっと鷲掴みにされ、そのまま無理やり立ち上がらされたので、涙の意味合いが変わってくる。


「いた、イタタタタ!?!?!?!? 武蔵野くん何してるの離して!?」


「え? この程度で痛いのか? だったら、他に怪我はなさそうだな」


 ……怪我してるかの確認をしてくれたのなら、心配してくれてたってことなのか? でも、もうちょっとマシな確認方法があるんじゃないか!?


「ま、それなら妹に回復魔法でもかけといてやってくれ。で、あとは俺に任せて下がってろ」


「……うん!」


 でも、今はそんな疑問、些細なことだ。

 ついさっきまで、武蔵野くんでも勝てないんじゃないかと不安だったのが嘘みたいだ。


 武蔵野くんなら、二階堂を倒してくれる。


 私は二菜ちゃんを抱いて、武蔵野くんの後ろに控える。


 二階堂はと言うと、口から出ていた手を握り拳にして、ブンブンと子供が癇癪を起こしたかのように振り回した。


「貴様、武蔵野純一!! 俺の名誉を奪った上、俺の女まで奪うとは、お前それでも人間か!?!?!?」


 すると、その腕にボツボツと口が生まれ、その口が口々に「返せ! 返せ!」と言い始める。


「はは、わかったわかった。返してやるよ」


「そうだ!! よく言った武蔵野くん……えっ!?!?!?」


 当然武蔵野くんも同じようなことを言ってくれると思っていたので、フライング同意した後に、とんでもないことを言っててびっくりする。


 武蔵野くんは、「あ、ああ、安心しろ、竜胆」と笑顔で振り返ると、ポケットをゴソゴソし始める。


「二階堂が女に執着してるのは知っていた。そこで、だ」


 取り出したのは、歪な形をした魔石だった。


 なんだ、これ? 一見、ブサイクな魔物を模しているように見えるが、私はこんな魔物知らないぞ?


 すると、武蔵野くんは、ドヤ顔でこう言った。


「魔石で作ってきた。竜胆の等身大女◯◯だ!!」


「……はぁ!?!?!?!?!?」


 気づけば私は絶叫していた。いや、え、私のって、こんなのなのか?……いやいや、絶対こんなのじゃない!!! こんなのただの化け物じゃないか!!!


「これならあくまで本物じゃないから、垢BANの心配もない。好きなだけ使えるぞ!」


 武蔵野くんは、ニコニコ笑顔で二階堂にそのブツを差し出す。

 二階堂はマジマジとそれを眺める……あんまり、じっと見ないでくれないか!? いや、全然私のものとは違うんだけどなんか嫌だ!!!!


「ふざけるな!! こんなの女◯◯じゃない!! ただの化け物じゃないか!!」


「おいおい、そんなこと言ったら竜胆が可哀想だろ?」


「いやだから、私のはそんなんじゃないって!!!!」


 私の叫びに武蔵野くんは、「ま、確かに、そう言われたらちょっとブサイクか……仕方ないだろ、ダンジョンで美術なんて習わないんだしよ」と肩をすくめる


「ま、見た目なんて些細な話よ。なんで俺が、わざわざ魔石を使ったと思う。これ、魔道具なんだよ。ほら、見てな」


 武蔵野くんが、その魔石に魔力をこめる。すると、カチカチだったその魔道具が、うねうねと動き出す。


「うぼぼぼぼぼぼぼぼ……」


 そして、何やら奇怪な鳴き声を上げると、八足歩行で武蔵野くんの手のひらを歩き出した。


「どうだ、こうなったら竜胆そのものだろ?」


「絶対にちゃう!!! 絶対にちゃうもん!!!」


「え? なんで関西弁?」


「……わかんないけど、とにかくちゃうもん!! こんな黒ないし!!」


「アホ! 綺麗なピンクにしちまったら、もうそれは本物でしかないだろ。そしたら垢BANになっちまう。お前、ほんと非常識だな」


「武蔵野くんに言われたくない!……て、てか、綺麗、とか、そんなん言っても誤魔化されへんから!!」


「ああ? なんだそれ。綺麗なもんを綺麗って言ってるだけなのに、なんで怒られなくちゃいけないんだよ」


「……な、なんやねん、それ」


「……いい加減にしろよ」


 すると、二階堂が、もはや身体と言っていいのかわからないものを、ブルブルと震わせた。


「手◯◯もしたことのない俺の前で、イチャイチャイチャイチャしやがって……」


 二階堂が生み出したドラゴンたちが、「テマアアアアアアアアアァァァ!?!?!?」と悲鳴を上げながら、ずるずると二階堂の元へと引き寄せられていく。


 そして、ニュルニュルと二階堂の身体の中に戻っていくと、二階堂の身体が、ばごんっ、と十倍ほどに膨れ上がった。


 身体は膨張を続け、二階堂の身体からは、人を傷つけるためだけに作られたような鋭利すぎる指が、血を滴らせながら生えてきたのだった。


「俺もイチャイチャ、させろおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

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