第46話 世界的アイドルダンスグループ『MoMs』


『偽善者ニキ、世界的アイドルダンスグループ、”MoMs”のスパチャ額を超える!』


「……チッ」


 私は、スマホの電源を切って、目頭を押さえて深々とため息をついた。


 ここは、日本最大のインフルエンサー探索者事務所、『武蔵野MoM』の代表取締役社長室だ。

 

 三億円。ライブを『DunTube』で配信することに対して批判の声もあったけど、それでもやって価値があったと思えるほどの偉業だった。それなのに……。


「私の『MoMs』の記録が抜かれるなんて……」


 『MoMs』。私が地上から出てきて十年で手がけてきたインフルエンサー系探索者の中で、まず間違いなく最高傑作。


 全員が一流探索者で、その身体能力ステータスと魔法を使ったパフォーマンスは、そこらのアイドルには絶対に真似ができない。

 メンバーも十代前半〜二十代前半と若く、これからさらに伸びていくことが確定的なグループだ。


 その伝説の一ページを、汚された。それも、私たちと同じ、ダンジョンチルドレンに。


 コンコン。


 ノックの音に、「入りなさい」と答える。


 現れたのは、『MoMs』のセンターで、唯一のダンジョンチルドレンである加藤麻里奈。


 画面越しにも伝わる派手なルックスとプロポーションは、彼女がダンジョンチルドレンじゃなくても間違いなくスカウトしていたと言い切れるほどの逸材だ。


「麻里奈、遅いわよ。他のメンバーの様子は?」


「あ、うん。今、一生懸命練習中」


「そう……」

 

 記録が抜かれたことを気にしていないわけがないけど、その感情に引っ張られることなく努力を重ねる彼女たちは、すっかりプロになったというわけね。


 彼女たちのデビュー前の姿を思い出し、感傷に浸ったのは数刻。


 両肘をつき、身を乗り出して麻里奈を視線で射抜く。


「あの武蔵野純一という男、このままにしてはおけないわ」


「えぇ? 別にほっとけば良くない? 何、社長は、私たちがインフルエンサーとして負けちゃうって思ってるわけ?」


 可愛らしく頬を膨らませる麻里奈。

 私は「そんなわけないじゃない」と肩を竦めるが、内心は違っていた。


 正直に言えば、このまま武蔵野純一が人助けを続ければ、その影響力は『MoMs』を超えてしまうだろう。

 しかし、だから奴を抹殺する、なんて言ってしまえば、麻里奈はしばらく口を聞いてくれなくなってしまうだろう。


「あの男は、マッマを裏切ったのよ? ダンジョンチルドレンとして、放っておけるわけがないじゃない」


「……む」


 マッマの名前を出されたことで、頬の膨らみこそ治ったが、肯定的とまではいかないようだ。


「じゃあさ、どうすんの? ぶっちゃけ、あたしじゃ絶対勝てないよ。生配信見たっしょ? あたしたちのトラウマ、さくらちゃんをビビらせるような男だよ?」


 同じ学校に通っていたけど、世代が違うもの同士の話題として、”怖かった先生”ほど盛り上がるものもない。ダンジョンチルドレンにとっての”さくらちゃん”はそう言った存在だった。


 当然、そんなさくらちゃんと、さくらちゃんの魔物因子を取り込んだ二階堂相手にあの大立ち回りを見せた武蔵野純一と、大切な商売道具を戦わせるわけがない。


「安心して。あんたはあくまで”餌”よ」


「えさ!?」


 麻里奈は叫ぶと、自分の大きな胸を覆い隠す。

 いえ、そういう意味でいったわけじゃないんだけど……それはそれでアリかもね。


「ええ。総フォロワー数一億の超一流パフォーマーのあなたが久々にダンジョン配信をするとなったら、スパチャは低く見積もっても一億は集まるわ。その最中にあなたがピンチに陥れば、まず間違いなくあの金汚い男はやってくるに違いないわ」


「……うーん、そりゃそうかもだけど。それじゃあ結局、偽善者ニキは誰が倒すわけ? 暗澹龍でも一発で殺されちゃったから、獄炎龍とか?」


 少し機嫌が良くなった麻里奈に対して、私はため息まじりに言った。


「『武藏』を使うわ」


 すると、麻里奈が今度はあからさまな顰めっ面になる。

 もう、人前でしちゃダメな表情は、プライベートでもするなといつも注意してるのに。


「……社長。今の時代、あんな反社連中と付き合ってる方が、よっぽどまずいって! バレたら事務所潰れちゃうよ!」 


「仕方ないでしょ。同じダンジョンチルドレンの仲間なんだもの。大体、芸能事務所なんて大抵反社がバックについてるもんなのよ!」


 まぁ、正直言って、そこんじょそこらの反社なら、私のインフルエンサー探索者たちに傷ひとつつけられないでしょう。

 そんなことより、『武藏』と敵対しないこと、というのが、何より重要なのよね。


「仲間っていうなら、偽善者ニキだってそうじゃん!」


「言ったでしょ? ママを裏切った時点で、仲間でもなんでもないのよ」


「……でも、ママからの指令は何にもないんだよね? だったらむしろ、あたしたちが勝手にやったら怒らせちゃうんじゃない?」


「それは今、武藏の連中が確認に行ってる」


「行ってるって……深淵ってこと?」


 私が頷くと、麻里奈は大袈裟に肩を竦める。


「ほんと、常軌逸してるね武藏の連中。あたし、深淵とか絶対に帰りたくないんだけど」


「麻里奈!!!」


 私が怒鳴ると、麻里奈はビクッと肩を揺らし、「ご、ごめんなさい」と謝る。私は咳払いをして、「いえ、こちらこそ、怒鳴って悪かったわ」と首を振る。


「あなたはただダンジョンに潜って、後は全部あいつらに任せればいい……麻里奈、お願い」


「……ん、わかった」


 麻里奈は頷くと、「じゃ、練習に戻るね」と、社長室から出て行った。

 麻里奈の足音が聞こえなくなるまで遠ざかると、私は深々とため息をついた。


「本当にダメな社長ね、私は」


 怒ってしまったのは、正直、私も麻里奈の気持ちがわかってしまうから。

 

 ダンジョン学校を卒業して十年も経つというのに、未だに怯えているだなんて……いえ、きっと、この平和な地上での時間が、私を徐々に”ダンジョンチルドレン”から”地上人”に変えていったのだろう。


 だからこそ、未だにダンジョン学校で受けた”教育”を思い出すと、震えが止まらなくなってしまう。


 そんな深淵に平然と戻れる奴らは、根っからの”ダンジョンチルドレン”なんでしょうね。


「縁、切りたいわねぇ……」


 私は、もう一度、深々とため息をついたのだった。

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