第45話 ダンジョンチルドレン、おチ◯ポロンギヌス武蔵


「クソ、クソ、クソ、クソ、なんで誰も信じてくれないんだよ!!」


 俺は怒り任せに机を叩くのを、すんでのところで止める。引きこもりだと言うのに、自分の家を破壊するなんて愚行は、もう二度としないと誓ったからだ。


 しかし、このスレの連中も、どいつもこいつもバカばっかりだ! 何が


【英雄】国は一刻も早く偽善者ニキに国民栄誉賞を授与しろ!!!【国民栄誉賞】


 だ!


 あんなクズが、なんで国民栄誉賞なんか貰えるんだよ! 

 だったら引きこもりの俺の方が、よっぽどこの社会に貢献しているはずだろうが! 俺みたいな危険人物を、あえて部屋の中に閉じ込めてんだからよぉ!


 それに比べて、あいつはクズのくせに、地上の喜び知りやがって……。


 そう、あいつはクズだ。大して強くもないのに、なぜかママに気に入られていて、その1の座を俺から奪った……ことは、この際いい。


 それよりも許せないのは、俺たち三人が卒業して、今後地上で暮らしていく上で必要な設定を、すでに地上で暮らしているダンチルの野郎と決めている時のことだ。


 まずは各々の名前を決めることになったのだが、当時の俺にとって、名前というものがいまいちわかっていなかった。

 一応推奨されている苗字がいくつかあって、その中から選ぶことがほとんどらしい。


 俺は『武蔵野』がなんかいい感じがしたので、それにするつもりだった。しかし、その時……。


『別になんでもいいな。その2は何がいい?』


『うーん、じゃあ……「武蔵野」! 武蔵野がいい!』


『よし、それじゃあ俺もそれで』


 その1とその2がこんなことを言い出したのだ。

 当時の俺は、当然の疑問を口にした。


『おい待て、せっかくいろんな名字があんのに、おんなじのにすんのかよ? 勿体なくねぇか?』


『ん? ああ、俺たち、地上に出たら、兄と妹になる予定なんだよ』


『あ? アニとイモウト?』


『ああ、えーっと、所謂、家族ってやつだな。どうやら地上では、血のつながりがなくても家族になれるみたいなんだよ。正確に言えば、義理の家族ってことになるらしいがな』


『……あ、ふーん……』


(……え、俺、誘われてないんですけど!?!?!?)


 衝撃だった。俺たち三人は、ママや魔人たちから毎日のように”教育”を受けてきて、なんとか生き残った三人だ。

 殺し合いもしたが、そんなもんじゃ崩れようのない信頼関係があったはずだ……なのに、俺だけハブられた。


 もちろん、俺の方から『俺も家族にしてくれよ!』なんてダサいこと、言えるわけもない……ああ、そうだ、認めよう。すっごく悲しかった!


 苦楽……まぁ楽なんてなかったが、ともかく苦を共にした仲間に裏切られ、自暴自棄になった俺は、気づけばこう叫んでいた。


『俺の名前は、おチ○ポロンギヌス武蔵だ!!!』


「なんだよ、おチ○ポロンギヌス武蔵って……!!!」


 自暴自棄にもほどがあんだろ、俺ぇぇぇ!!!! 


 ……いや、当時の俺を責めることはできない。

 なぜなら地上で「名前」と言うものがこれほど重要なことも、本名が「おチ○ポロンギヌス武蔵」の男に、一つの居場所も用意されていないことも知らなかったんだ。


 地上に出てからと言うもの、俺はどこにいっても笑われるかドン引きされた。

 何度も殺そうと思ったが、地上では殺しはマナー違反という話は聞いていたから、どうすればいいかもわからなかった。


 そんな状況で、まともな人間関係が気づけるはずもなかったんだ……!!!


 やがて俺は、人間そのものに恐怖を抱くようになった。


 人間どもがうじゃうじゃいる地上が怖くて怖くて、ダンジョンに戻りたいと何度も思ったが、そんなことすればママに殺されてしまう。


 そして俺は、引きこもりになった。


「……もしあの時、その1が俺をハブらなかったら」


 そしたら俺の名前は、武蔵野ロンギヌス武蔵になっていたことだろう。

 キラキラネームの域を出ないその名なら、俺だって、もう少しまともな人間関係を築くことができていたに違いない。


 俺が引きこもりになったのは、全部、その1……いや、武蔵野純一のせいなんだ!!!


「許さんぞ、許さんぞ武蔵野純一!!!!」


 グゥ……。


 怒りすぎたせいで腹が減ったな、と時計を見て、驚愕する。


「十九時一分、だと……!?!?!?」


 瞬間、俺の怒りは最高潮に達し、ダンジョンチルドレンとしての習性から、即座に冷静な頭を取り戻した。


 俺が部屋のドアノブを握り、恐る恐るドアを開く。いつもなら夕食が置いてあるはずなのに、どこにも見当たらない。


「……はぁ」


 俺はため息を一つついて、恐る恐る部屋から出ると、階段を降りてリビングへと向かった。


 ぐつぐつと音を立てて煮えているのは、俺の大好きな大根と豆腐の味噌汁だ。火を止めようとして、キッチンにババアが倒れていることに気が付く。


「おい、何をしてやがる」


 俺はババアの髪を掴んで立ちあがたせる。すると、ババアが薄目を開き、痛みに「ぎゅあ」と汚い悲鳴をあげた。


「……あっ!? ごめ、ごめ、ごめんなさいいぅ。たた、体調が悪くてっ」


「おい、母親が子供を育てる際、そんな言い訳が通用すると思っているのか? もちろん通用しねぇから、今から家族として、お前に罰を与えることにする」


 すると、ただでさえ黄土色だったババアの顔色が、さらに悪くなっていく。

 俺としても、脆い人間に罰を与えるのはイライラしちまう。そのせいでこいつの夫も子供も殺しちまった。


 俺は右の中指をびゅるんと伸ばす。別に魔法でもなんでもなく、ただの進化だ。


「ほら、服を脱げ。今日は鞭打ちだ」


「……あ、あ、あ、あああああああ!!!」


 すると、ババアが自分の喉を掻きむしり始めながら叫び始めた。


 そして、まな板の上に置いてあった包丁を手に取ると、そのまま俺の腹を突き刺した。


「何が、何が家族よ!! あんたみたいな子供、私は産んだ覚えなんてない!!」

 

 そんな暴言を吐きながら、何度も何度も俺の腹に包丁を突き立てる。

 だいぶ太ってしまったせいで脂肪にはずさずさ突き刺さるが、その奥の筋肉には、当然一つの傷もつかない。


「はぁ? お前、知らないのか? 人間は、血のつながりがなくても家族になれんだよバカが」


「あんたは、私の家族を食べた!!! 人間は、家族を食べたりなんかしない!!! この化け物!!! 死ね!! 死ね!!!」


「……へぇ、そうなのか。知らんかったわ、次から気をつけるわ」


 バグッ!!!


 俺は口を思いっきり開いて、ババアの上半身を丸呑みにした。


「……ぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!?!?!?!?!??!?」


 血が飛び散っては後処理が面倒なので噛みきれずにいると、俺の口の中でババアが暴れ回る。

 俺は上を向いてから、ババアのジタバタ暴れる足を掴んで、そのまま力を込めてへし折った。


「ぎゃああああああああああああああああ!!!?!?!?」


 そして、そのままバキバキ折りながら口に含んでいく。丸呑みできたので、咀嚼を開始した。


 ボリボリボリボリと骨が砕ける音の間に、ババアの悲鳴が聞こえる。


 が、それもすぐに消え失せたので、快適にババアを味わうことができた。


「……げぷっ」


 俺は口の中に残ったババアの血を流すため、火にかけてあった味噌汁をそのまま飲み干した。うん、やっぱり味噌汁の方がうめぇな。

 

 人間は恐ろしい。でも、一つだけいいところをあげるとしたら、殺してしまえば黙ってくれるってことだ。


「チッ、新たな家族を探すことにするか……ああ、外でんの嫌だなぁ」


 ……いや、案外いい機会かもしんねぇ。


 今回の武蔵野純一の行動は、明らかなるママへの反抗だ。

 当然ママはブチギレてるだろうから、裏切りもんの武蔵野純一の生首を持っていけば、もう一回ダンジョンに住むことを許してもらえるかもしんねぇ。


 何より、あいつは家族じゃねぇが、それ以前にダンジョンチルドレンだ。あいつなら怖くないから、速攻で殺せるはずだ。


「ま、どのみち拠点は必要だ。今度は、若いがたくさんいる家族がいいぜ。ったく、政治家の連中は、少子化問題の解決に本腰入れろってんだよボケが」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る