第42話 二階堂、連行


 軍人の中の一人が、二階堂を頭からつま先までジロジロ見て、首を捻った。


「こいつが、二階堂、か?」


「ああ。魔人の反応がある。彼で間違いない。連行する」


 どうやらこいつら、二階堂を捕まえにきたようだ。が、それは困る。


「ああ、ちょっと待て待て、こいつは猫耳妹属性ショタメガネレーシック包茎デカ巨根粗チン幼馴染メイド女に生まれ変わったんだ。勘弁してやってくんないか?」


「……一体何を言っているんだ、彼は?」


「さぁ?」


 聞かれても、俺もよくわかっていない。ただ言われた通りに作り変えただけだ。


 すると、いまだに縄梯子を伝ってゾロゾロ降りてきている軍人たちの中に、一人、スーツの男が混じった。


 その男はゆっくり縄梯子の先端まで辿り着くと、下を向いて、自分が着地する地面を確認すると、おっかなびっくりと言った様子で飛んだ。


 ぐぎり!


 そして、見事に足を捻ると、悲鳴をあげて尻餅をつく。そして、呆れ顔の軍人の肩を借りて立ち上がったところで、俺と目が合った。


「いやぁ、武蔵野純一さん、この度は二階堂晴人の確保にご協力いただき、ありがとうございます!」


 スーツメガネの男は、軍人たちの間に割って入り、「危ないです!」と止めに入った軍人を一瞥すると、俺に手を差し出した。


「ダンジョン庁の灰原麟太郎と申します」



”え?”

”!?”

”ダンジョン庁!?”

”お役人様がわざわざダンジョン災害地に来たのか!?!?”

”凄い度胸だな!!”

”いやいや、ダンジョン庁の人間なんで全員クズだろ!!”

”二階堂の汚職について今すぐ謝罪しろ!!”

”魔石採掘者に対する扱いの改善を求めます!!!”



「ああ、これはご丁寧に。武蔵野純一です」


 俺が握手で返すと、瞬間、灰原が異様な怪力で俺の手を握った。もちろんダメージはないが、彼は彼で手加減わしていそうだ。


 この一見間抜けそうな男が、この手練れ集団において圧倒的に強いことはわかっていたので、意外ではない。それこそ、ダンジョン学校でもトップ10には入ってきそうな強さだな。


「武蔵野純一さん、このたびは、二階堂晴人の逮捕にご協力いただきまして、ありがとうございます」


 まぁ、今はそんなことどうだっていいか。


「うーん、あのさ、俺、そいつと配信チャンネルをやる予定なんだ。だから、捕まえられちゃうと困るんだけどな」


「ああ、安心してください。これからでも、あなたにプロの探索者資格を発行しましょう」


「えっ」



”お、おおおおおおおおおおおおお!!!!”

”きたああああああああああああああああああ!!!”

”これは嬉しい!!!”

”あっさり!?!?”

”いや、当然だよ。偽善者ニキは二階堂の裏工作のせいで探索者試験を落とされたんだぞ。むしろダンジョン庁から謝罪されてしかるべき”

”マジで今まで釈明一つもしてないのおかしすぎるよな”

”なんでこいつ謝罪しないの?”

”てか、そんなのなかったとしても、ダンジョン災害を収めた男が探索者資格持ってないのおかしいし”

”探索者資格の前に国民栄誉賞与えろや”

”¥78800 ともかく偽善者ニキ、おめでとう!!”

”¥78800 おめでとう!”

”¥78800 おめでとう!”

”¥78800 おめでとう!”

”¥78800 おめでとう!”

”¥78800 おめでとう!”

”¥78800 めでたいなぁ!”

”¥78800 おめでとさん!”

”¥78800 グワッグワッ!”



「え、いいのか? ダンジョン探索者って試験に合格しないとなれないんだろ……あっ」


「はい。当然の権利ですし、何よりあなたは後輩ですから」


「後輩? あんた、武蔵野ダンジョン高校出身か?」


「ええ、それもあります」


「それも……?」


 それ以外になんかあるか? ダンジョン庁で働いているようなエリートが魔石採掘のバイトなんかやったことないだろうし……ああ、なるほど。


 こいつ、ダンジョン・チルドレンか。


「……ふふ」


 俺が気づいたことに気づいたんだろう。灰原は曖昧に微笑んだ。


 ママが深淵でダンジョン学校が開いてから、すでに三十年ほどが経過している。

 俺たち以外にも卒業生がいると考えるのは至極当然のことなのだが、ダンジョン庁に潜り込んでる奴がいるとはな。


「……今回の件、助かりました。どうやら暴走だったようなので」


「へぇー」


 やっぱさくらちゃんの暴走だったか。どうせならマッマの指令の方が、マッマを悔しがらせられたのになぁ……と残念がっていると、その男、灰原は、クイッとメガネをあげ、にこやかに俺に笑いかけた。


「ですが、反抗期は良くないですよ。マッマのことは大切にしないとね」


 笑顔は笑顔だが、どうやら怒っているようだ。マッマの手先としてはこう言う反応が普通なんだろう。


 しかし、笑いながら怒るなんて、すっかり地上に染まってるみたいだが、そんなお前は本当にダンチルと言えるんだろうか?


「それでは、一緒にダンジョン庁にお越しください。何せ一度ダンジョン探索者本試験に落ちた方を、プロとして認定するのは異例のことなので」


「……あー、それなんだけど、まぁ、いいわ」


「え?」



”え?”

”え?”

”え?”

”え?”

”え?”

”え?”



 灰原が首を傾げる。確かに、疑問に思って当然だろう。

 ついさっきまで二階堂を利用してまでダンジョン配信で利益をあげようとしていた男が、ダンジョン探索者になる機会を断る意味が分からない。


 と言うのも、このままではまずいことになると、ついさっき気づいたのだ。


「俺、そういう特別扱いは嫌なんだ。何せ俺はごくごく普通の一般人だからな」



”一般的!?”

”どこがだよ!?”

”……どこがだよ!?!?”

”まず間違いなく、世界でも有数の変人だよwwww”

”¥78800 お前が一般的じゃないって分からせてやる!! 一般人は満額スパチャなんて送られません!”

”¥78800 ナイスパ!”

”¥78800 食らえ! わからせスパチャだ!”

”¥78800 分からせスパチャお受け取りくださいませ”

”¥78800 分からせスパチャを食らえ!”

”¥78800 新たなスパチャの概念を生み出してて草なんだ”



 俺が人助けをするのは、あくまで金儲けとママへの嫌がらせのためだ。


 それなのに、さっきみたいに、俺が善意で人助けをしていると思われると……なんだか、ものすごくむず痒くって、たまらないというか、べ、別に、お前ら人間を助けたいとかそういうわけじゃないんだからね!


 ここで探索者になっちゃえば、俺なら人助けなんてしなくてもいくらでも稼げる。なのに人助けを選べば、視聴者は俺のことを完璧なる善人と思い込んでしまうだろう。


 これ以上、むず痒くなるのはどうしても避けたいから、探索者にはなれないのはもちろん、他のやつと組んで配信をやるのもダメだ……なんて、人からの評価を気にするとは、俺、どんどん人間らしくなってるなぁ。


「別に今すぐプロになる必要もないしね。次の探索者試験まで待つことにするわ」



”えええええええ……”

”そんなぁ”

”せめて配信だけは絶対にしてくれ”

”配信はプロ探じゃないとできないんだろ?”

”いや、配信はできる。収益化はできないけど”

”だったら、偽善者ニキはやってくんないだろうな……”

”どのみち次偽善者ニキにスパチャできるの、最短でも八ヶ月後…ってコト!?”

”¥78800 マジか!? 今のうちにスパチャしとかねと!!”

”¥78800 これ和泉のチャンネルなんだよな……偽善者ニキちゃんと和泉から収益受け取ってな!”

”¥78800 偽善者ニキ、なんだかんだ本当にありがとう!”

”¥78800 本当は二階堂殺して欲しかったけど、人間としての尊厳をしっかり奪ってくれたのでよかったです!”

”¥78800 偽善者ニキ好き! 結婚して!”

”¥78800 これからも純一様に貢ぎたいです。どうか口座番号を教えてください”

”¥78800 僕の故郷、武蔵野を救ってくれてありがとう!”

”¥78800 あなたがこのまま武蔵野をメインダンジョンにしてくれるのなら、あと三回満額スパチャします!”

”¥78800 アホ。そうやって見返りが確定するのを待つんじゃなくて、神社に賽銭を投げるようにスパチャをするんだ! 相手は神だぞ!”

”¥78880 パン、パン、パン!”

”¥78880 スパチャ払いながらセ◯クスしてんじゃないよ!”

”¥78800 手を打ったんだよwww”



「……そうですか。武蔵野さんがそうおっしゃるのなら、それでいいですが、二階堂はどのみち連行しますよ」


「うーん、ま、しゃあないっすね。あ、でも、未払いの謝礼金は絶対に払わせてくださいね」


「えっ!?っす」


 こうなってくると、二階堂はもはや邪魔でしかない。なんか気持ち悪いし、処理してくれるのなら何よりだ。


 しかし、二階堂はなぜか驚くと、俺を見て「ちょっとお兄ちゃん……いや、幼馴染だからお兄ちゃんじゃないっす。いやでも俺は妹属性だから……っす」と再び混乱し始めた。


「年下の幼馴染だったら、お兄ちゃんって呼んできても違和感ないぞ! ついでにショタってのともいい感じに整合性が取れてる!」


「なるほどっす! お兄ちゃんっす! 助けてくださいっす!」


「無茶言うな。相手は国家権力だぞ」


「そんなっす!?」


「あ、灰原さんの言うことはちゃんと聞けよ。じゃないと心臓止めるからな」


「酷いっす!?」


 俺は手を振って、魔道具によって拘束された二階堂が連行されていくのを見送ったのだった。


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