第23話 竜胆暁>>>>>くじら
俺たちの出自を明かされてからというもの、竜胆は心ここに在らず、と言った様子だった。
そこで俺と妹は、竜胆の胸の谷間にサイン色紙をずっぽずっぽ挿れて、『竜胆暁の谷間の汗つきサイン』として売り出すナイスアイデアを思いついた。
全てのサイン色紙に汗をつけた頃には、竜胆暁の谷間は真っ赤になり、外は真っ暗になっていた。
「暁ちゃん、当然泊まるよね! 私の部屋で一緒に寝よ!」
すっかり竜胆に懐いた妹は、竜胆の手を引き部屋へと連れていった。
しかし、それから数分もしないうちに、服が破られ放り出た胸を手で隠した竜胆が、涙目で俺の部屋に飛び込んできたのだった。
「助けてくれ!」
「おお、よく二菜から逃れられたなぁ」
ステータス自体は悪くないんだよな、こいつ。戦闘の経験が圧倒的に少なすぎるだけで、ちゃんと鍛えればダンジョンチルドレンの下位層くらいにはなれるかもしれない。
俺が感心していると、竜胆は愕然とした表情で俺を見る。
「逃れられたって……二菜ちゃんが私にあんな酷いことをすると知ってて私を見送ったのか!?」
「だから酷いことじゃないってぇ、こーゆーことしたら友達も友達のママも喜んでくれるもんっ」
「ひっ!?」
後ろから妹が現れると、竜胆は肩を揺らして飛び退く。すっかり捕食者に狙われた被食者だな。
しかし、今の時代、性行為に同意云々がなかったら罪に問われるらしい。
地下と比べたら刑務所なんていくらかマシだが、少なくともソーセージは焼けないだろう。
「おい妹、部屋に戻れ。しっしっ」
「……はーい」
俺に従い妹が部屋に帰っていくと、竜胆は深々とため息をつき、自分の格好を思い出したのか、俺のベッドに飛び込み、布団に潜り込んでグスグス泣き出した。
「ま、全く、彼女は私のことをなんだと思ってるんだ!?」
「そりゃ、舐められてんだよ。お前だって、犬や猫の愛玩動物なんか、そいつの意思関係なしに頭を撫で付けたりするだろう。同じようなもんだ」
「あ、愛玩動物!? 私はそんなエッチな存在ではない!!」
「え?」
「え?……あっ」
竜胆は顔を真っ赤にして俯く。全く、こいつの脳内は一体全体どうなってるんだ。
……まぁ、おかしなやつに決まってるか。何せ、俺たちの出自を知ってなお、この家に止まってるんだもん。
「しかし、よく泊まったもんだな」
俺の呟きに、竜胆ははてと首を捻る。いや、”はて”じゃないだろ。
「俺たちがお前ら地上人を殺すために育てられた存在と知ってなお、俺たちの近くにいたがる人間は、今までいなかったからな」
「ああ、それは……正直、半信半疑というのもあるが……君たちの言うことが事実だとしたら、君たちは被害者でしかないからな」
「被害者? 俺が?」
あまりに意外すぎる言葉に驚いてしまうが、竜胆は当然とばかりに頷いた。
「当たり前だ! 赤ん坊の頃にダンジョンの深淵に攫われて、ダンジョンの主の残虐な目標のために酷い教育を施された! これを被害者と言わずなんと言う!」
「……ふぅん」
確かに、まぁ、そう言われたらそうかもしれないな。この俺が”被害者”になる、なんて発想がなかったから気づかなかった。
竜胆は、鼻息を荒げながら続けた。
「そんな事情を知ってしまったら、見捨てるわけにはいかない! 話の性質上世間に公表できるものでもないんだから、私が君と二菜ちゃんが真っ当な人生を送れるよう、少しでも協力しなくちゃと思ってな!」
「おいおい、冗談だろ!?」
俺は思わず飛び上がってしまった。竜胆はすぐさま「あ、ああ、すまない。上から目線だったな」と頭を下げるが、そう簡単に許すつもりもない。
マッマを未だに敬愛する妹の手前、マッマに与えられた目標を諦めきれないフリはしておいたが、今や俺にそんなつもりは全くない。
あの狭い狭い教室の中じゃあ、その1である俺のルールが世界のルールだったが、このどデカい地上じゃあ、ちっぽけな俺が世界のルールに従う必要がある。
ルールから外れない、つまりは真っ当であることこそ、生存戦略として最良なのはどこでも変わらない摂理。
そう、俺は地上で生き残るために、金を稼いでいるんだ。
「俺ほど真っ当な人間はいないだろ。今回の件で俺は少なく見積もっても一千万は稼いだんだぞ? これほど真っ当なことがあるか?」
すると、竜胆は顔を顰める。
「悪いが、お金を稼いでいるから真っ当というのは、かなり間違った考えだと思うぞ。お金なんかよりも重要なものが、この世界にはいっぱいあるんだ」
「……はぁ」
なんともまぁ、よく聞く言葉だ。地上に出たての頃は、これが綺麗事と知らずに鵜呑みにした時期もあったが、そんなことを言うやつに限って、その人生の大半を金を稼ぐためにしたくもない仕事をしていたりする。
いわゆる”負け惜しみ”なんだと気づいた時には、むしろこういう連中がいることこそ、地上では金は何より重要であることの証左なのだと思うようになった。
しかし、こいつが言うと、そいつらとは説得力が違う。
こいつには、金以外のものを優先するところを何度も見せつけてきた。現に今だって、命を奪われるリスクを負いながら一銭にもならないのに俺たちのそばにいるのだ。
「それじゃあお前は、何を重要視して生きてんだよ」
「……非常に難しい問いだな」
竜胆はうーんうーんと唸り出す。こいつ、自分が半裸なこと忘れてないか?
「……私は、恥ずかしながら自愛の強い人間でな。だから、その時の自分の感情を大切にしたいと思っている。オークに襲われていた男性にしても、二階堂くんや和泉さんにしても、サーニャさんにしても、助けたいと思った。だから行動に移したんだ」
「……えぇ?」
こいつ、何を言ってんだ?
「待てよ。自己愛が強いなら自分が一番大切なはずだろ? だったら自分の命を懸けてまで他人を救いたいという感情が湧いてきている時点で矛盾している。不条理だ」
「へ? ああ、う、うぅん……ひ、ひとまず人間というのは不条理なものだから、そういうもんなんだよ! そういう不条理な自分を愛してるってことだ! とにかく気持ちだ気持ち! 自分の気持ちに従ってこそ人間なんだ!」
「おいおい、無茶苦茶だな……」
……しかし、本気で言っているようだし、せっかくこいつをそばに置いているんだから、あえてその理屈に乗っかってみるか。
地上の人間は自分の気持ちに従ってこそ、と言うなら、俺は従ってるよな。金を稼ぎたくて稼いでるし……いや、どうだろう。
俺はあくまで妹の理論に追随しただけで、それは、金を稼ぎたいという”感情”なのだろうか。
それよりも、どちらかといえば、労働はめんどくさいから嫌だって方が”感情”かもしれない。けど、だからって働かないってのも違うんだよなぁ。
……なんか、むしろモヤモヤが広がっちゃった感じするな。一旦放置しよう。今はそんなことより、重要なことがあるしな。
俺は椅子から立ち上がって、ベッドに腰掛けた。そして、竜胆を抱き寄せて言う。
「さて、それじゃあそろそろヤるか」
「……へ?」
竜胆があんぐりと口を開けているので、俺は布団を剥ぎ取る。
そして、半裸の竜胆を押し倒そうとすると、竜胆が俺の腹を蹴り上げた。70kgの俺の身体が吹き飛んだ。やはり、ステータス自体は悪くない。
「ま、ま、ま、待ってくれ! 二菜ちゃんから私を守ってくれたんじゃないのか!?!?」
「あ? 守っただろ。だから俺が抱くんだ」
「にゃっ、にゃにを言っている!?!?」
俺は思わずため息をつく。全く、地上は平和でよろしいが、ちょっと平和ボケしすぎじゃないか?
「今、お前は妹に手籠にされそうになっている。その女を奪えば、妹に屈辱を与えられる。逆に抱かなかったら妹に舐められるだろうが」
「……そ、そんな野生動物みたいな理由!?!?」
他の連中にいくら舐められたところで問題はないが、妹に舐められて「自分がその1だ!」なんて言い出されたら、殺し合いに発展してしまう。
せっかくできた妹をこの手で殺すのは、俺としてもできる限り避けたいところだ。
「そ、その、私、まだ、そう言ったことはしたことがなくって、まだ会って一週間も経っていないというのに、その……挿入はダメだ!!!」
「えぇ……」
「なんで引いてるんだ!?!?!?」
「いやだって、俺、お前の命を何回も救ってんのに、お前から何一つ与えられてないんだが」
「うっ……それは、そうかもしれないけど、でも、流石に……」
竜胆はもじもじとして、なかなか同意しようとしない。仕方ない、妥協するか。
「わかったわかった。それじゃあ手○○な」
「手○○!?!?!?!?」
竜胆が素っ頓狂な声を上げる。
おいおい、あんま大きな声を出すなよ。妹に事前の打ち合わせを聞かれたら恥ずかしいだろうが。
「お前の声が妹の部屋まで響けばいい。挿入がダメっつっても、指の挿入はいいんだろ? まさか、自慰の一つもしたことないとか言い出さないだろうな」
「…………」
良かった。流石にそんな無茶な嘘はつくつもりはなかったようだ。
「……わか、わかった。それじゃあその、私が……えっちをしてるふりをするから、それで勘弁してくれ!」
「ほぉ。確かにそれが上手くいったら、わざわざセックスする必要もないな。ほら、やってみろ」
「わ、わかった、けど、恥ずかしいから耳を塞いでくれっ」
「はいはい」
耳を塞いだが、この程度で俺の聴力は制限されない。
竜胆がごほんと咳払いをすると、顔を真っ赤にして喘いでみせた。
「あ、あーん、あーんあんあん」
「マグロにも程があんだろ。そっちの方が舐められるわ」
その後、竜胆のせいでびしょびしょになったベッドのシーツを交換する羽目になった。
なんぼこいつが善人か知らないが、少なくとも俺には迷惑としょんべんくらいしかかけてないんだよなぁ。
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