第22話 武蔵野家の事情



「ほら、今でもちょくちょくあるだろ。赤ん坊大量失踪事件」


「……あ、ああ。そうだな。痛ましい事件だ、が」


「あれ、ダンジョンの主がダンジョンに攫ってってんだよ」


「……へ?」


 竜胆がポカンと口を開く。ああ、なるほど、確かに説明不足だったな。


「正確に言えば、ダンジョンの主の従者だな。ダンジョンの主は、封印によってダンジョンに縛りつけられてるから、地上に出てくることができないんだ」


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、待ってくれ!」


 竜胆が手のひらを俺に向けて、言葉を止めるよう求めてきた。 

 俺が口を噤むと、竜胆は眉間に手を当てながら、ぶつぶつ言い出した。

 

「ダンジョンに、ダンジョンの主という、ダンジョンを自由自在に操る超常的な存在がいると言う噂は、確かに聞いたことがある。だが、そんなものはっ」


「ちょっと竜胆さん! サインの手を止めないで!」


 妹が竜胆の胸を鷲掴みにすると、竜胆が「ぁんっ!」と喘ぎ声をあげる。そして、顔を真っ赤にしながらも、何事もなかったように話を続ける。


「だが、そんなのは所詮は都市伝説だろう!? とてもじゃないが信じられない!」


「うーん、信じてくんないと話にならないな。俺たちの人生を語る上で、あの女を外すわけにはいかないからな。てか、他のダンジョンにも主はいるはずだが、本当に一人も特定されていないのか?」


「……ちょっ、ちょっと待ってくれ。あの女、ということは、武蔵野ダンジョンの主は女性!? 他、ということは、他のダンジョンにも主がいるということか!?」


「もう、竜胆さん落ち着いて!」


「あんっ♡」


 妹が竜胆の胸を握ると、竜胆が今度は誤魔化しようがないくらい大きな喘ぎ声をあげて、恥ずかしそうに顔を俯けた。まるで手綱を握られた馬みたいだな。


「少なくとも見た目は女だったな。で、あの女曰く、この世界にある五十八のダンジョンにはそれぞれダンジョンの主がいるらしいぞ。なんでそんなことをあの女が知っているかは謎だがな」


「……待ってくれ。あなたはダンジョンの主と知り合いなのか?」


 俺はサインを書きながら、少し笑ってしまった。


「知り合いも何も……マッマだよ」


「ま、ママ!?!?」


 竜胆が素っ頓狂な声を上げる。


 そういえばあの女も巨乳だったから、もしかしたら妹は、竜胆に母性とやらを感じているのか? となれば、竜胆を人質にとれば、妹を無力化できるかもしれないな。


「ああ、あいつがそう呼ばせてたんだ。生みの親ってことじゃなくて育ての親な」


 俺はサインの横に『一ばん星きらきら』と書いてから、もうたくさんだとサイン色紙を放り出した。


「十五年前、マッマの従者が深淵に攫ってった赤ん坊の中の一人。それが俺だ」


「………………」


 妹も「私も十年前に攫われたんですよー。でも、飛び級でお兄ちゃんと同じクラスになったんです! 褒めて褒めて!」と竜胆の胸を揉みしだくが、竜胆は反応しない。感度が薄くなるくらいショックを受けている様子だった。飲み込むのに時間がかかりそうだが、ま、嘘を疑われるよりかはマシか。


「腹が減ったな。何かあったっけか」


「あ、ソーセージがあるよ!」


「お、いいねぇ」


 俺は冷蔵庫を開き、立派なソーセージを取り出してフライパンの上に三本並べる。

 昔は見るだけで涎をダラダラ垂らしていたソーセージにも、そこまで感動を覚えなくなっていたので、調理しながら話を続けた。


「マッマは、自分を地中深くに封印した地上の人間たちに深い恨みを持ってる。武蔵野ダンジョンからちょくちょく魔物が湧き出てきたるするだろ? あれ、あの女がヒステリーを起こしてたんだよ」


 パチパチと肉汁を立てるソーセージ。こうなってくると涎も湧いてくるが、それは人間として非常に自然な反応だろう。


「だけど、結局結託した地上の人間に駆逐されるのが毎回のオチだ。それならばと、地上の赤ん坊を攫って、ダンジョンの深淵……あ、ダンジョンの最終層ってことな……で、兵士として鍛え上げ、卒業まで生き残ったものを地上に返す、”ダンジョン学校”なるもんを作ったんだ。俺もその2…二菜も、攫われてすぐ、その学校に所属させられたんだ」


「……なぜ、わざわざ人間を」


 竜胆が、絞り出すような声で聞いてくる。俺はソーセージを転がして焼き目をつけながら答えた。


「だからぁ、魔物なら、ちょっと地上を散歩するだけで通報されて、すぐにぶっ殺されちまうだろ? だが、俺たち人間なら、この社会にいて殺されるなんてそうそうない。そうやって俺たちダンジョンチルドレンをいっぱい地上に増やして、こっそり人間を殺させまくって、いずれは地上の人間を殲滅させるつもりなんだ」


「……つ、つまり、君たちは……私たちを、殺す、のか?」


「ああ、安心しろ。そんなの、とうの昔に諦めたから」


 ソーセージを転がすのに忙しいので適当に答えるが、竜胆の緊張は解けない。仕方がないので振り返った。


「確かに、地上の連中は、個としての戦闘能力は大したことがない。現に、個の最高戦力の極地であるS級のサーニャが、暗澹竜程度に苦戦するくらいだからな……だが、それでも、地上の人間の殲滅なんて無茶でしかない」


「なぜ、なぜだ? 君くらい強かったら……できるんじゃないのか?」

 

 俺は肩を竦める。どうも、地上の連中は、自分たちを過小評価してるよな。


「無理無理。まず単純に数が多すぎる」


「数?」


「ああ、数だ。こんな小さな島国に、一億七千万人もの人間がいる。そんないっぱい殺せるわけないじゃん」


「……な、なるほど、確かに」


 正確に言えば、そんないっぱい”こっそり”殺せるわけがないってとこだけど、まぁいいだろう。


「そして恐ろしいのは、地上には一億七千万人もの人間を消し炭にする手段があって、そのスイッチを何ならマッマより頭のおかしい連中が握ってるってことだ。その手段とやらも、一人の天才が生み出したように見えて、実際のところ数多くの凡才の屍があったからこそだ。結局のところ、数の力は偉大ってことだな」


 モンスターハウスの二階堂だってそうだ。本来はあんな雑魚に負ける探索者じゃないが、囲まれボコられた……っと、ああ、焼きすぎたせいで肉汁が溢れ出しちゃったよ。


「要は、ハナからマッマは負け戦を仕掛けていて、俺たちはそんなものに付き合うほどあの女を信奉していないってことだ。ていうか、普通に地上の暮らしの方が圧倒的にいいから、マッマに支配されるの勘弁って思ってるよ」


 俺は火を消して、最後に余熱を使って仕上げに入る。少し迷って、妹の言い訳を使うことにした。


「ただ、なんつーかな、子供の頃からずっと地上人間を殺すための教育を受けてきたから、その余波というか、影響からはどうも免れないんだ……そこで、俺たちは金を稼ぐことにした」


「あ、思いついたのは私なんですよ!」


 褒めて褒めてとばかりに竜胆に頭を突き出すが、竜胆は「……ど、どう言う意味だ?」と困惑している。妹はにっこり笑った。


「だって地上じゃ、お金って命より重いじゃないですか!」


「……な、何を言っているんだ。そんなことないよ」


「いやいや、そんなことあります! だって、私たちが地下にいた時は、一個のパンをめぐって殺し合いをしてたんですよ! それなのに、地上じゃあパンをお金とかいうただの紙切れで買えるじゃないですか! つまり、命≦パン=お金なので、つまりお金は命以上の価値を持ってるってことです!」


 俺としても、この地上では明らかに命よりも金の方が価値があると考えているので、とにかく金を稼ぐべきだという妹の意見には完全に同意だ。


「だから、地上で世界一のお金持ちになったら、それはもう、地上人間を全殺ししてるのと一緒じゃないですか!! だから私は世界一の転売ヤーになって、いっぱいお金を稼ぐんです!! どうですか、すごいでしょ!? もっと褒めてくれていいんですよぉ!」


「…………」


 竜胆は完全に言葉を失ってしまったようだ。おかげで俺は仕上げに集中することができ、なんとかソーセージを軌道修正できた。


 俺は火を消して三つの皿に一本ずつ飾り付ける。そして、まずお客さんの竜胆の前にソーセージを置いて、爪で先端に切れ込みを入れた。

 すると、ソーセージの先っぽからジュワッと肉汁が吹き出して、まるで射精したチ○ポだった。


 妹が、ぶぼばっと吹き出して、俺のチ○ポをボコスカ殴り始める。


「ちょwwwwお兄ちゃんwwwwソーセージがチ○ポみたくなってんじゃんwwwww」


「ああ、そうだよ。しかし、やっぱりチ○ポって面白いよなぁ。地下にいた頃はチ○ポと指スマしか面白いもんがなかったから、地上に出たらもっと面白いもんがあると思ってたけど、なんだかんだ地上でもチ○ポと指スマが一番面白いんだからなぁ……」


「マジそれな!!!!」


 そして俺たち二人は、腹を抱えて大爆笑。しかし、竜胆はただただソーセージを眺めているだけだ。


 やれやれ、チ○ポと似ているとはいえ、実情は肉の腸詰に発情するとは、こいつ、本当に性欲強いんだなぁ……呆れた。性加害で告発してやろうかな、最近流行ってるらしいし。



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