第21話 発情したメスの臭い
「うわ、最悪だ!!!!」
二階堂と和泉を病院に届けて、いろいろな手続きを済ませたところで、俺は思わず頭を抱えてしまった。
竜胆にもらったサイン。一回目のワープの時においてきたのか、それとも二回目のワープの時、空に放り投げてしまったのか。ともかく手元にないのだ。
しかし、今から探すのは面倒すぎる。二階堂とサーニャから謝礼金も出るし、もうこのまま帰っちゃおうかな。
「ど、どうしたんだ?」
すると、俺に同行していた竜胆が、心配そうに顔を覗き込んでくる。
俺は馬鹿か。本人がいるんだから、今からでも書かせたらいい。
事情を説明すると、竜胆は「ああ、もちろん、何枚でも書かせてもらうよ。武蔵野くんのせいというのも多分にあるけど、何度も命を助けられたんだからね」と快諾してくれた。
「そうか、それじゃあ今から俺の家に来い」
「……え?」
「妹がサイン色紙を買い込んでるはずだからな」
「あ、そ、そうか。転売ヤー、なんだもんな」
「転売ヤー? 転売はわかるけど、ヤーってなんだ?」
「あ、いや、ものを売る人間のことをバイヤーというだろ? だから、転売と合わせて、転売してる人を転売ヤーと言う呼称が着いたんだよ」
「……ブフッ、フフフッ」
俺は思わず吹き出してしまった。
「なるほど、フヒッ、おま、お前、うま、上手いこと言うなぁっ!」
「え、あ、いや、別に私が呼称したわけではないんだが」
「ふふっ、ふふふっ、ふひっ、ぶひひっ」
「……そ、そんなに面白かったかな?」
「ひーっっっ!!!!!」
俺はしばらくの間腹を抱えて笑ってから、竜胆の肩をポンポンと叩いた。
「いやー笑った……ああそうだ、どうせなら泊まっていけよ」
「……ええ!?!?!?」
⁂
「おい妹、喜べ。お土産を持って帰ってきたぞー」
玄関先で鼻歌まじりに言うと、ドタドタ音を立てて妹が階段を降りてくる。
「ちょっとお兄ちゃん、今めちゃくちゃバズってる……って竜胆暁!!!」
妹は竜胆に駆け寄ると、そのまま勢い良く竜胆の胸を鷲掴みにした。
竜胆はまだ鎧を脱いでいなかったので、妹は「かたっ! 竜胆暁のおっぱいかたっ!」と言うと、ケラケラと笑った。
てっきり怒るものかと思っていたが、竜胆は少々戸惑いながらも、笑顔で応対する。
「えっと、武蔵野さん? 同性とはいえ、女の人の胸をいきなり触るのはよくないよ」
「え、なんで? 同級生の女の子は喜んでくれるよ?」
「……よっ、悦んでる!?!? 胸を触っただけでか!?!?」
「そうだよ〜。ま、お上がりなさいよ。あ、その前にお風呂に入ってね。そんなきったない格好であたしの家歩こうもんなら消しとばすからっ!」
妹はツカツカリビングに向かっていく。その後ろ姿をボケーっと眺める竜胆に、「どうしたんだ?」と聞くと、竜胆は躊躇いがちに口を開く。
「ああ、いや、その……かわいい妹さんだなと思ってな」
「ああ、あれだろ。俺と妹じゃ人種が全然違うから、おかしいなって思ってんだろ? 単純に血のつながりがないんだよ」
「あ、そうなんだな……いや、おかしいとは思ってないぞ? 家族の在り方は色々だし」
「らしいなぁ。助かってるよ……ま。そんなことはどうでもいい、まずは風呂に入るぞ。あいつ、マジで殺しにかかってくるからな。全く、昔は汚いダンジョンも平気だったくせに、今やすっかり潔癖症になりやがった」
「あ、うん、そうだな。それじゃあ、お先にどうぞ」
「あ? なんでだよ、一緒に入ったらいいだろ」
俺がそう言うと、竜胆の表情がピタッと固まる。そして、みるみるうちに顔が赤くなっていった。
「なっなっなっなっなっ、何を言ってるんだ!? いいわけないだろ、まだ二回しか会ってないんだぞ!!」
「ああ、そうなのか? まぁ別にいいけど」
ったく、客を待たせちゃいけないって俺の気遣いがわかんないのかね? 失礼なやつ。
俺は怒り任せに勢いよく魔法のスウェットを脱ぎ捨て、そのまま全裸になった。
「……デッッッッッッッ!?!?!?!?」
すると、竜胆は驚き飛び上がって、天井に頭をぶつけてたんこぶを作った。おいおい、ベタすぎんだろ。せっかくさっきは面白かったのになぁ。
「なっ、なっ、なっ、なんで服を脱いだ!?!?!? こ、この変態!!!!」
「はぁ? 当たり前だろ。服が汚れてんだから、そのまま家に上がっちゃったら意味ないだろうが」
「そ、そ、そ、そ、そ、それはそうなんだが、それじゃあせめて隠してくれ!! 女性の前で突如男性器を露出するなんて、私じゃなかったら訴えられているところだぞ!!」
「いや、見たくないならお前が目を閉じればいいだろうが。ガン見してるのが悪い」
「ガ、ガン見なんてしてないし!!」
竜胆がそういうと、慌てて目を手で覆うが、その隙間からばっちり俺のチ○ポを捉えている。全く、素直じゃないなぁ。
と、騒ぎを聞きつけた妹が、「ちょっと、何騒いでんの?」と戻ってくる。
「あれ、なんで竜胆さん脱いでないの? もしかして一人で脱げないわけ? もう、子供だなぁ」
妹が瞬時に竜胆の後ろに回り込むと、竜胆がハッと顔を強張らせる。
腐っても探索者をやってる自分が、あっさり背後を取られたことに驚いたのだろう。
妹は器用に胸当てを脱がすと、竜胆の首元をクンクン匂って、嬉しそうに叫んだ。
「あ、発情したメスの臭いがする!!」
「はっ、発情したメス!?!?!?」
「なんだ、やっぱり一緒に入りたいのか?」
「そんなわけないだろう!! 絶対絶対入らない!! ああ、妹ちゃん脱がさないで!!」
「竜胆さん何言ってんの!? 水道代がもったいないじゃん一緒に入って!」
「払う! いくらでも払うから、お願いだから一人で入らせてくれ!」
竜胆は、なんなら今日一番の悲痛な叫び声をあげたのだった。
⁂
「お風呂、ありがとう……ただ、その、もう少し大きい服はなかったのだろうか?」
リビングに入ってきた竜胆が、恥ずかしそうにTシャツの裾を引っ張りながら言う。
確かに随分とぴちぴちだ。胸がデカいのはわかってたが、ケツまでしっかりデカいので、元気な子供を産むことだろう。
「仕方ないだろ、妹のなんだから。ほら、そんなことよりお前も書いてくれ」
俺は、机の上に山積みにされていたサイン色紙を、竜胆の方に押しやった。竜胆は目を白黒させる。
「こ、これは、すごい数だな……」
「言っただろ、帰らしてもらえないってよ」
「あ、竜胆さん、宛名はかかないでね! 転売するんだから!」
妹に苦笑いしてから、竜胆は席に着くと、やけに真剣な眼差しで俺を見た。なんだ、まだチ○ポ見たいのか? こわぁ……。
「武蔵野くん、あなたは一体何者なんだ?」
「あ? 何者って……底辺ダンジョン労働者?」
俺の返答に、竜胆は静かに首を振った。
「あなたは、その……強すぎる、じゃないか」
「ふふ、当たり前じゃん! だってお兄ちゃん、一番だったんだよ! だから、ずっと”その1”の名前をもらってたんだ! 今の純一って名前も、そっから持ってきてるんだよ!」
妹は竜胆の膝の上に乗ると、竜胆の豊かな胸に顔を埋めた。
油断していたとはいえ、あれだけ簡単に背後を取れた相手だ。今や妹の中で竜胆は、胸のデカい愛玩動物といったところだろう。
しかし、竜胆は何を勘違いしたのか、少し笑って、妹の頭を撫でながらこう言った。
「えっと、その、失礼だが、武蔵野ダンジョン高校での成績は、そこまで良くなかったと聞いているが?」
妹はブフッと吹き出す。
「竜胆さん、私たちが言ってるのはね、ダンジョン学校の中で一番だった、って話だよ」
「……え?」
竜胆は黒漆を塗りつけたような瞳で俺を見る。俺は「その戸惑い、理解できるよ」と伝えるため、うんうんと頷く。
「あ、ちなみに、私はその2だったんだから! だから私は二菜って名前にしたんだ」
「やれやれ、それじゃ竜胆が理解できないだろ。これだからコミュ障は嫌なんだよ」
「はぁ? お兄ちゃんに言われたくないんですけど!? 友達一人もいないくせに!」
「……おい、お前、今一線超えたぞ。んなこと言ったらお前だって友達いないだろうが!!」
「はぁ!? 何言ってんの!? お兄ちゃんよりセフいるんですけど!!」
「そ、その、待ってくれ。ちゃんと説明してくれないか!?」
俺は理解力のない竜胆にため息をつきながら言った。
「要はな、俺たち、ダンジョンの深淵で育ったんだ」
「……え?」
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