第17話 深層へひとっ飛び


 ……ヒュン!


「うお、うまくいった! ラッキー!」


 ワープで深層に辿り着いた時にまず思ったことは、うまくいって良かったってことだ。


 雷鳴に空を見上げると、黒のキャンパスの上に黒を塗りたくったような漆黒の空を切り裂くように、青白い稲妻が走っているところだった。


 ダンジョンの階層の中には空間魔法によって、地中の中とは思えない世界が広がっている階層がある。


 中層、下層にもちょくちょくあるが、深層からはもはや地上の一つの国と同じような層が続いていくので、攻略難易度は飛躍的に上がるのだ。


 と言っても、俺から言わせたら、偽もんはいくら精巧でも偽もんでしかないんだがな。



”……ん?”

”え?”

”へ?”

”は?”

”ha?”

”WTF”

”ここって”

”おいおい”

”なんじゃこりゃ”

”え、ここ深層第三階!?”

”nande!?”

”やっぱフェイク動画だったか”

”そうだよな、フェイクだよな……フェイクなんだよな!?!?!?”

”もしかして:ワープ魔法”

”ないないwww”

”ははは、あり得ない”

”ワープ魔法って移動できても百メートルとかそんなんだろ!? 深層まで行けるワープ魔法とか世界変わるぞ!!”

”ミノタウロスを圧倒した偽善者ニキだったらなんかやってくれそうって思っちゃう”

”いやそれとこれとは話がちげぇだろ!!”

”そして視聴者は、考えるのをやめた”

”マジでそれが正解。俺ももう思考停止でただただ楽しむわ”

”いや、思考停止してる場合かよ!? 暁はどうすんだ!!”

”偽善者ニキ何してくれてんだよ!? 暁を地獄送りにするなんて!!”

”竜胆は自業自得でしょ!? なんでナナも来てるの!? ナナは深層行きたいって言ってないよね!?!?”

”てか、今ラッキーって言ってなかった!? もしかして失敗の可能性あったとかじゃないだろうな!?”

”武蔵野純一最強! 武蔵野純一最強!”



 はてさて、竜胆の反応はどうかなと伺うと、唖然としすぎてて、それ以外の何も読み取れなかった。ちょっと驚かせすぎたかな?


「……嘘、嘘っしょ!? マジで、マジで深層に来ちゃったわけ!? え、もしかして純一がやったの!?!?」


 その代わりに、和泉がマンキンのリアクションを見せる。俺が「ああ、ワープだよ」と頷くと、和泉は俺の胸ぐらを掴んだ。


「帰してよ!!」


「ん? いや、まあ用件が終わったらな」


「終わったらって……まさかマジで暗澹龍と戦うつもりじゃないでしょうね!?」


「ああ、戦うけど?」


 和泉の顔に嫌悪の感情が広がる。


「……信じらんない!! ナナだけもいいから早く帰してよ!!」


「うーん、ま、別に良いけど、もしかしたら死ぬかもだぞ?」


「……は?」


「今のワープ魔法なんだけどさ、もし座標を間違えて地上より下の地面とか、逆に空高くワープする可能性もある。そのリスクを負ってでもワープしたいなら、別に良いけどよ」



”!?”

”!?”

”!?!?!?”

”は?”

”はぁ!?!?”

”おいおい、嘘だろ”

”何言ってんの?”

”冗談って言ってくれ”

”そんな危険な魔法に暁や和泉を巻き込んだのか!?”

”ふざけんな!!!!”

”普通、彼女を深層に連れていく!? マジックテープの財布使ってる男並に最低じゃん!!!”

”マジックテープの財布ってそんなにもダメなの!?”

”当たり前だろ。マジックテープの財布使ってる男なんて人権ない……ビリビリビリビリビリビリビリビリ”

”お前の財布のマジックテープデカくね?”

”言ってる場合か!!!”

”偽善者ニキマジでイカれてんなwww”

”偽善者ニキのキャラ癖になってきたと思ったけど、ちょっと癖が強すぎるわwww”

”お前新参だな? この癖がクセになって抜け出せなくなるで”

”武蔵野純一流石に擁護できない! 武蔵野純一流石に擁護できない!”



 すると、和泉の化粧まみれの目から、ボロボロ涙が溢れ出した。


「やっぱり、あんたなんて大っ嫌い!!」


「えっ?」


「嫌い!! 嫌い!! 大っ嫌い!!!」


 和泉は俺の身体をグイグイ揺らしながら、地団駄を踏みはじめる。うわこわっ。


「情緒不安定だなぁ。ついさっきまで好き好きって言ってたくせに」


「誰のせいで不安定になってると思ってんのよ!! ナナのこと助けてくれる王子様かと思ったのにこんな地獄にか弱い女の子を無理やり連れてくるクズだったなんて!! 信じらんない!!」



”www”

”www”

”これは正論”

”そりゃ百年の恋も覚めるだろうなwww”

”草生やしてる場合か”

”マジどうすんだよこれ”

”まだあわわわわわわてるような時間じゃない”

”慌ててるやんけ”



「いいから帰して!! 帰してよ!!」


「おいおい、落ち着けって……っと」


 俺が和泉を軽く突き飛ばしたのとほぼ同時。


 びゅん!!


 俺と和泉の間を高速で吹き飛んでいったものが、山の切り立った崖にぶつかり、そのままぼこんと壁に埋まった。


 竜胆が、顔を真っ青にして叫んだ。


「サーニャさん!」



”なんだ!?”

”うお、マジでサーニャじゃねぇか!?”

”てことはここ深層確定かよ!!!?”

”サーニャのカメラも四人を捉えた!!!”

”はいAI説完全に消えた終わったあああああ!!”

”AIであれよクソが!!”

”頼むから今からでも全部ヤラセだってことにしてくれ!!! 怒らないから、ね、ね”

”ひょえええええええええええええええ!?!?!?”

”サーニャ死んだ!?!?”

”嘘って言ってくれ!!!”

”ああもう無理。一旦離脱します”


 

 コメント欄は阿鼻叫喚に包まれるが、流石にそれはS級を舐めすぎだ。


 ドガガガガガガガンッッッ!!!


 そんな音を立てて岩壁を破壊しながら飛び出てきたサーニャは、竜胆を見ると、ギョッと目を剥いた。


「そこの貴様、なぜうんこまみれなのじゃにゃん!」


「あ、え、っと……これには事情がありまして」


「ああ、気にしないで。彼女はうんこまみれになる主義なんです」


「えっ!?」


 説明に窮している竜胆の代わりに答えてやると、竜胆が目を剥いて俺を見る。おいおい、感謝の言葉は後にしてくれ!


「そうかそうか。流石変態大国ジャパンじゃにゃん! 奥が深いンゴねぇ!」



”おい、偽善者ニキ何言ってんだ!?”

”さらっと暁が変態にされてる……”

”うんこまみれにな(ってでも人を助け)る主義なんです、な!! 変な略し方するな!”

”サーニャの配信とか世界中の人間が見てんだぞ!? これじゃ暁がJapanese scatolo girlとしてネットミームになっちまう!!"

”スカトロは英語でscatologyやで”

”詳しいなおい”

”えへへ”

”言ってる場合か!!”

”竜胆暁スカト◯好き! 竜胆暁スカト◯好き!”



 しかし、知ってはいたが、本当に親日家なんだな。随分と日本語が上手だ。


 装備も、親日家らしく、日本の伝統的な衣装である着物と日本刀を身につけている…と言っても、その着方は伝統的とは程遠い。


 着物の前は大胆におっ広げており、その下は、いわゆるビキニアーマーという防御力皆無な装備だ。

 竜胆と比べるとあまりに貧相な身体をしているので、性的な意味でも効果的じゃない。


 そして、ついでに頭には獣の耳。当然本物ではないのだが、出来の悪い魔人みたいで気味が悪いな。



”でも良かった、サーニャと合流できて”

”てか全然ピンピンしてんじゃん!!!”

”流石S級探索者!!!”

”すげえええええええええええ!!!!”

”ネコ耳着物ビキニアーマー合法ロリとかいう属性過多のせいでネタキャラ扱いされてるけど、最年少でS級になった天才だから、なんだかんだ安心できる”

”日本が好きなのはありがたいんだけど、彼女のせいで日本がネコ耳着物ビキニアーマーの国だと思われてるのはとんでもない弊害だと思う”

”まぁ、Hentaiの国なのは間違いないので……”

”でも、Hentaiの質が違うからなぁ。日本はもっと繊細な変態だよ。こんなカリフォルニアロール的な大雑把な変態じゃない。コハダ的な粋なHentaiなんだ!”

”繊細な変態って韻踏んでんじゃねぇよ”

”うるせえNTRが人気ジャンルの時点で粋もクソもねえよ変態ども”

”それをいっちゃあおしまいよ!”

”サーニャ最強! サーニャ最強!”



「だがのぉ、変態行為をするのに深層は向いておらんぞ! 志村、後ろ後ろ!」


「え? 俺、志村じゃなくて武蔵野なんだけど」


「おんなじようなもんじゃ! ほら、後ろ後ろ!」


 おんなじようなもんかなぁ、と思いながら振り返ると、そこにいたのは、真っ黒な鱗に身体を包んだ体長30mほどの竜だった。


 暗澹龍。


 まるで冬場のススキみたいにスカスカの羽と、樹齢何百年の大樹かのように太い四本の脚。

 顔も真っ黒だが、口の中だけは真っ赤いけで、どうにも気持ち悪い。


 やつの周りにはドス黒い毒霧が充満しており、あれを吸うだけで鍛え方の甘い人間ならすぐに死んでしまう。


「……グガ」


 暗澹龍は、こちらを警戒してか、距離を詰めてはこない。


「…………っ」


 竜胆はというと、暗澹龍の姿を見た途端、完全に死を覚悟したようだ。悲鳴をあげることすらできず、直立不動で暗澹龍を見ている。


 こう言うのを見ると、生物として完全に狂ってる、ってわけでもないんだよなぁこいつ。特殊個体オークにもアホみたいにビビり倒してたし。


 ならば、人間として逸脱していると言うわけでもないってことなのか?……いかんいかん、一応敵の前だと言うのに、無駄に考えすぎてるな。


 ひゅん!!!


 すると、上から降ってきた水の塊が俺たちに落ちて、竜胆が「きゃぁっ!?」とただの女のような悲鳴をあげる。


「あやつはS級魔物じゃ! 貴様らが勝てる相手ではないにゃ! 今すぐ逃げるンゴ!」


 俺たちの頭上を飛び越え前に立ったサーニャ。彼女が水魔法メインなのは有名な話だ。映像見りゃいくらでも対策が立てられられちまうってのは、ダンジョン配信者として大きなデメリットだろうな。


 もちろん、本気を出せばこんな威力ではない。暗澹龍を前にぼーっとしている俺たちの目覚ましと、竜胆のうんこを流すためってのもあるだろう。

 竜胆も我に返ったようで、すぐに「回復魔法を!」と、サーニャを治療し始める。


 そんなお優しいS級探索者に、俺はこう言った。


「正気か? お前だけじゃあいつを殺すことはできないぜ?」


「むっ」



”!?”

”おい!?”

”偽善者ニキ!??!”

”S級探索者になんちゅう口の聞き方だよ!?”

”国際問題になったらどうすんだよ!!”

”頼む暁!! 偽善者ニキが失礼なこと言わないように注意してくれ”



「……正論にゃん。今の儂では、奴の討伐は無理ンゴ」



”え”

”え”

”え”

”!?!?!?”

”マジ!?!?!?”

”ええええええええええええええ!?!?!?”

”S級のサーニャで勝てないならもう無理じゃんwww!”

”終わったあああああああああああああああ”

”暁ああああああああああああああああああああ”

”嘘だと言ってよサーニィ”

”だったら今すぐ逃げろよ!!!!”

”ホンマそれ! 何悠長にくっちゃべってんだ!!!”

”ちょうど撒き餌(二階堂)もいるしな!!”

”wwwwwww”

”それは流石に酷すぎて草”

”しかし、そんな強くて凶暴な魔物が、なんで襲って来ないんだ……?”

”なんか知らんけどチャンスや!! とっとと逃げろ!!”



「もし、あんたがちゃんと謝礼を払ってくれるなら、あいつを殺す手助けをしてやってもいいけど?」


「……ふむ。悪い話ではないな。貴様、どうやら手練れのようだしのぉ」



”え”

”は?”

”マジ?”

”逃げねぇの!?”

”おい無茶すんな”

”いや、機動力バケモンのドラゴンから逃げるなんて無茶だから判断としては間違ってないけど……”

”偽善者ニキ、S級探索者に戦力として認められてるってことか!?”

”すげえええええええええ!!!!”

”いや、深層に来てる探索者だから当然強いって思ってるだろうけど、ちゃんと潜ってきたんじゃなくてワープで来てるんだからな!?”

”そうなんだよ。下手に戦力として見られてるこの現状の方がやばいって!!”

”誰かサーニャのチャンネルにコメントしてきてくれ”

”サーニャのチャンネルのコメント欄早すぎてすぐに流されちまう!”

”あと英語ができん!!! ハローアイムジャパニーズ偽善者ニキノーノー!!!”

”ジャパニーズイングリッシュにも程があんだろ!!!”

”暁だけでも逃げてくれよぉ!!!”



「了承ってことでいいな? よし、いくぞ」


 俺は、コメント欄の阿鼻叫喚を無視して、暗澹龍に向き直る。


「……グギャァ」


 しかし、なんともまぁ弱そうだ。ただでさえ弱い暗澹龍の中でもハズレ引いちゃったなぁ。



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